自分と真逆の存在を知る
時々、私というものがわからなくなる。
ある日急に物悲しくなったり、思い切り何かに腹を立てたり、感情のブレが自分でも理解できない時がある。それを何かに理由づけて納得できればいいが、苛立ちの原因をうまく言い訳できるような賢さもない。
もっと自分を知りたい。
自分と対極の位置にいる存在を知れば、自分というものをもっと深く知ることができるかもしれない。
自分と真逆の存在、それを調べられるサイトがある。
アキネーターだ。
アキネーターで自分のことと全て逆に答えれば、自分と真逆の存在を知ることができるはずだ。
早速アキネーターを開いてみる。質問に対して「はい」「いいえ」「わからない」などの返答を繰り返し、私と真逆の存在に近づいていくのだ。
Q1.女性?
Yes
これで私は女性になった。まあ人物当てクイズをするときに性別を限定していくことは定石だ。アキネーターも基本は抑えてくる。
Q2.セクシーなビデオに出演したことがある?
Yes
これで私はセクシービデオに出演歴のある女性になった。2問目の質問とは思えない、かなり乱暴なアキネーターである。現実にこんな男がいたら最悪である。出会いの場で女性にすぐセクシービデオに出演したかを尋ねたがる。おそらくアキネーターはモテない。まだ相手のことを何も知らないのに、セクシュアルな部分について聞きたがる。たまにこういう想像力の欠如した男性に出会って辟易する。
モテない割に性欲が強く、欲望丸出しで教養のない男。年齢は30から50代でハゲ頭。モテない理由がその外見と内面にあるのに、それを改善しようとしない。Youtubeに転がる「ナンパ必勝法」みたいな動画を見漁って、それを実戦に移そうとする浅はかな男だ。
いけないいけない。私自身のことを知りたくてアキネーターを開いたのに、気がつくとアキネーターのプロファイリングを始めてしまっている。
こんな男とは話しているのも嫌だが、自分を知るためだから仕方がない。男には渋々「Yes」と答える。私はセクシービデオに出演していないのに。私の返答に鼻の下を伸ばすアキネーターに腹が立ってくる。iPhoneを片手にこそこそとトイレに立った男。ふん、その検索結果に私は存在しない。
Q3.ソ連産ピカチュウですか?
Yes
ソ連産ピカチュウというものが何かわからないが、私はセクシービデオに出演歴のあるソ連産ピカチュウ(♀)となった。
男にはますます腹が立ってくる。初めて出会った人に、三つ目の質問で「ソ連産ピカチュウですか」なんて訳のわからない質問をするだろうか。そもそもピカチュウなら会話が成り立たない。「ピカピカァ」と鳴けばピカチュウだし、これまでのように「Yes」と返答すれば、それはピカチュウではない。ましてやソ連産のピカチュウではない。ソ連産ってなんだ。ピカチュウは日本産しかいない。
けれど、文句ばかり言っていたって仕方がない。私は自分を知るためにこの男と話しているのだ。もう少し辛抱しよう。男の頭の中では、私と真逆の存在に少しずつ近づいてくれているのだから。
私と真逆の存在が、セクシービデオに出演歴のあるソ連産のピカチュウ(♀)・・・。私という存在がますますわからなくなりそうだ。
Q4.ラップを作りますか?
Yes
これで私はセクシービデオに出演歴があり、ラッパーでもあるソ連産ピカチュウ(♀)となった。
アキネーターは私という存在をある程度確定したようで、ここにきて職業を詰めてこようとしている。しかし、職業を詰めるなら、「芸能関係?」「スポーツ関係?」「音楽関係?」という詰め方の方が幅広く絞り込めるのではないだろうか。その中で選んだ職業がラッパー。
今一度考えてみてほしい。ピカチュウはラップをしない。できるはずがない。
ピカチュウのwikipediaを見ると、ピカチュウの鳴き声は世界共通で「ピカピカァ、ピカチュウ」である。ロシア産だろうとどこ産だろうとピカチュウはそれ以外の言葉を発しない。
ピカチュウは表記は違えど万国共通で発音が「ピカチュウ」である。鳴き声も世界共通である。(ピカチュウ/Wikipedia)
フリースタイルダンジョンに出場したピカチュウが8小節の2ターンで先行を取ったとしても、「ピカピカピカチュウ、意外な韻吐く 俺がピカチュウ 常に進化中 そして引火注意」と自己紹介ラップさえできない。呂布カルマに「うるせえ」と言われてクリティカル負けである。
Q5.人を自在に操れますか?
Yes
これで私はセクシービデオに出演歴があり、ラッパーで人を操る能力者でもあるソ連産のピカチュウ(♀)となった。
断言しよう。そんなものは存在しない。存在するはずがない。ロシア産のピカチュウがそもそも存在しないし、ピカチュウは韻を踏めないし、人を操るサイコキネシスも覚えない。ピカチュウが出演するセクシービデオにも需要がない。もうおしまいだ。
私はただ、自分というものを知りたいだけなのに。悲しみが溢れてくる。自分探しをする若者への世間の目は冷たい。少女漫画「ハチミツとクローバー」でママチャリで自分探しの旅に出た竹本は、あんなに人として大きな成長を遂げたというのに。私にはその機会さえ許されない。ソ連産のピカチュウ呼ばわりだ。私の逆は、セクシービデオに出演するソ連産のピカチュウなのか?わけがわからない。
すると、アキネーターが質問をやめ、画面が変わり始めた。
どうやら答えが出たらしい。おそらく謝罪をするのだろう。これまでの無礼な質問や訳のわからない質問、関連性のない質問たち。謝罪をするなら許してあげても良い。私だって失敗することはあるし、時には無礼な態度をとることもある。人には過ちがある。過ちを犯すから人は反省し、成長していくのだ。
画面が変わって驚いた。アキネーターが自信ありげに顎に手をやっている。
「それはビッグフットですか?」
ビッグフット・・・?
セクシービデオに出演歴のある、ラッパーで人を操る能力を持つソ連産のピカチュウ(♀)=ビッグフット・・・?
これまでの問いが一つもビッグフットに一致していない。ビッグフットはセクシービデオに出演しないし、韻を踏まないし、人を操る能力もないし、ソ連産でないし、ピカチュウでもないし、性別があるかもわからない。アキネーターは壊れてしまったのだろうか。
ビッグフット(英:Bigfoot)は、アメリカ合衆国で目撃されるUMA(未確認動物)、または同種のUMAの総称である。
ここでえいやとパソコンを投げ出したくなるが踏みとどまる。もう少し冷静になって、アキネーターと向き合いたい。下品で意味不明の質問をする男ではあるけれど、多くの人から信頼を得ているからここまで有名になったのだろう。ならば、この解答にも真実は紛れているはずだ。
・・・
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改めて結果から考えると、私という存在の真逆はビッグフットでUMA、つまり存在が証明されていないということになる。
私の真逆が存在しないということは、裏を返すと、「私」は存在しているということだ。急に哲学めいた雰囲気になってきた。
私は私であり、他の存在ではありえないということだ。アキネーターにサルトルの実存主義を説かれているようだった。
「人間の本質はあらかじめ決められておらず、実存(現実に存在すること)が先行した存在である。だからこそ、人間は自ら世界を意味づけ行為を選び取り、自分自身で意味を生み出さなければならない(サルトル)」
「私」を知るためにアキネーターを利用した結果、行き着いたのは実存主義だった。
自分探しをしようとする時、私は「私」という形が存在すると信じて探し始めるが、「私」を形取るのは、私自身の考えや行動であるということだ。私の行動が、「私」という存在を規定していくのであって、自分を探そうと内に引きこもるばかりでは、私という存在は形になっていかない・・・。
アキネーターはソ連産のピカチュウなどと煙に巻いて、遠回しにメッセージを送っていたのだ。そんな自分探しでは何も見つからないよ、と。ありがとう、アキネーター。彼のおかげで自分というものが少し見えた気がする。
皆さんも自分を見失ったときは、ぜひアキネーターをご利用ください。
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