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悲しいメトロノーム

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自作小説、悲しいメトロノームです。 いわゆる年の差百合
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#創作

悲しいメトロノーム 第6話

悲しいメトロノーム 第6話

 こんなに広いお店、初めて見た。
 田舎のスーパーで価値観がストップしている私にとって、そこは謎の組織のアジトかと錯覚しそうになった。
「豊洲ってこんなところなんですね……」
 あれから私は紫苑さんにメイクを施され、綺麗な白いワンピースを着せられ、髪を巻かれた。魔法にかかったかのように心がわくわくする。
「うん。私は丸の内の方が好きだけどね。まああそこは千代田区だし」
 ガラス張りの天井から差し込

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悲しいメトロノーム 第5話

悲しいメトロノーム 第5話

 目覚めた時には、既に空は赤く染っていた。
 一瞬朝焼けなのかとも思ったか、iPhoneの待受がそうでは無いことを残酷に知らせる。
「16時……」
 紫苑さんは既にそこにはおらず、華やいだ匂いだけをそこに残していた。そういえば私は彼女の連絡先を知らない。後で聞いておこう。
 リビングに出ると、紫苑さんがいた。
「おはよう」
 春の陽だまりのような笑顔の彼女に、私は微笑み返す。でも私が笑っても梅雨の

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悲しいメトロノーム 第4話

悲しいメトロノーム 第4話

 紫苑さんが眠りについた。か細い寝息がこちらに伝わる。
 私は流石に申し訳なくなったので、彼女の腕枕から頭を外す。そして彼女の手を持ち上げて、腹の上に置く。彼女の寝息とともに上下する。ふくよかな胸の割には引き締まった腹部。
 眠れないのでベッドから出て、大きな窓から外を見つめることにした。タワーマンションの乱立する港区。勝ち組たちの住まう場所。紫苑さんのような人々がたくさん住んでいて、彼ら彼女らが

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悲しいメトロノーム 第3話 

悲しいメトロノーム 第3話 

 紫苑さんがお風呂から上がった。
 ほんのりと上気した肌は、かすかな赤みを帯びていた。かき上げられた髪はこの上なく美しく、すっぴんでも長い睫毛はしとやかにその瞳を覆う。
 紫苑さんはその美しさにはどうやら自分では気づいてないらしい。
 黒色のネグリジェに包まれた彼女の右手にはドライヤー。
「使いな? 髪の毛傷んじゃう」
「あ、ありがとうございます……」
 乾かしてくれないんですね。とは言えない。言

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悲しいメトロノーム 第2話

悲しいメトロノーム 第2話

 ヘビースモーカーの家に着いた。港区の2LDKのタワマン。駅からは徒歩7分なので、相当な好立地と言えるだろう。玄関にはシューズインクローゼットまで付いている。
「とりま、話そう?」
 大きな窓のあるリビングに案内される。窓からはやはり東京の夜景と、黒々しい海が見えた。既に時刻は午前二時を回っている。
 ヘビースモーカーは高そうな黒の鞄を床に置くと、キッチンに向かった。
「紅茶でいい? 今お風呂沸か

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悲しいメトロノーム 第1話

悲しいメトロノーム 第1話

 首都高から見える東京の夜景は、どこか寂しげに見えた。隣県の郊外に住んでいた私にとってそこはまさしく都であったが、実際にこうして見てみるとこんなもんか、と落胆する。煌びやかな光からは、感情を感じることができない。
 数少ない暖色の東京タワーでさえどこか冷たさを感じる。そう言えば、10年くらい前の地震のアニメであれが倒れていたっけ。今はあんなに、我こそが東京の象徴とでも言いたげに輝いて見えるのに。

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