映画「数分間のエールを」~ものづくりの痛みも楽しさも、その熱さも全て~
こんにちは。桜小路いをりです。
先日、映画「数分間のエールを」を見に行ってきました。
「ものづくり」を一度は志したことがある方、あるいは、今まさに「ものづくり」に没頭している方にぜひ見ていただきたい作品だったので、今回はネタバレなしで感想を綴っていきます。
ストーリーの核心には触れませんが、前知識なしで楽しみたい方はご注意を。
ぜひ最後までお付き合いください。
MVと音楽が出会う物語
本作の主人公は、朝屋彼方という高校生の男の子。
MV(ミュージックビデオ)を作ることが好きで、軽音部からの依頼を受けたり、好きな曲にMVをつけたりしています。
彼はある日、雨の中ギターひとつで路上ライブをしている女性に出会います。
その歌声に感動し、「MVを作らせてほしい」と声をかけますが、彼女は慌てて走り去ってしまい……。
しかし、翌日、なんとその女性は、彼方のクラスの英語の担当教員としてやって来ます。
これを運命だと思った彼方は、その女性もとい織重夕にもう一度「MVを作らせてほしい」と提案。
夕は、「MVを作るなら私のライブを見に来てほしい」と言います。
ライブハウスでの出番は前座だったものの、観客を魅了する歌声を披露した夕。
そのとき彼女は、音楽とは違う道を進むと決めたこと、彼方にMVを作ってもらうことになったことを話し、それを「いい思い出にします」と語ります。
「ものづくり」に情熱を傾ける少年と、かつて「ものづくり」に情熱を傾けていた少女だった女性の出会い。
「ものづくり」への痛いほど切実で熱い想いが交錯する作品です。
(ちなみに私は、彼方の友人で絵を志す「トノ」こと外崎大輔のキャラがとても好きでした。)
「ものづくり」は、どこまでも「道のり」
私が本作を見て感じたのは、「ものづくりって、どこまでも道のりなんだな」ということでした。
何でもいいから何かをつくりたい、という動機でつくることって、私はほとんどありません。
大体、伝えたいことがあったり、目標があったり、「表現したい」という気持ちがあります。
それを果たすための手段が、「ものづくり」です。
だから、「ものづくり」というのは、あくまで手段でしかない。
本作も、彼方くんと夕さんは「自分のつくったもので誰かの心を動かしたい」という気持ちから、それぞれMVや音楽をつくっていました。
また、「ものづくり」って、結果ではなく過程が大切なものの代表でもあると思います。
「つくる」という行動は、目標である「完成」に達すると終わってしまう。
でも、「完成したときの達成感が気持ちいいから」という動機だけで進められるほど、「ものづくり」は楽なものではありません。
本作の中では、まだ音楽をやっていた頃の夕さんが、目に涙を浮かべながらギターを弾いて曲をつくっている場面があります。
一方で、彼方くんが高揚した様子でまっさらな世界にMVをつくり上げていくシーンもあります。
周りの音も聞こえず、ひたすらその世界に潜り込んでワクワクしながらするのも、「ものづくり」。
歯を食いしばって、涙を浮かべながらも手だけは止められない、つくろうとする頭の中は止まらないのも、また「ものづくり」。
相反しているようで地続きな要素を持ち合わせる「ものづくり」の世界が、見事に立体的に表現されていました。
また、この作品のいちばんの魅力といっても過言ではないのが、がむしゃらに、ひたすらに「楽しい」という動機をもって「ものづくり」に向き合う彼方の姿です。
笑って、泣いて、怒って、感動して、「ものづくり」に挑んでいく様子。
心の底からMVを、そして音楽という表現を愛していることが、彼の一挙手一投足から伝わってきます。
その眩しいきらめきが伝播していく様子や、その光と対比される要素も、ぜひ本作を見て確かめていただきたいです。
彼方の「懐かしい未来」
本作を鑑賞した翌日、何気なく上白石萌音さんの「name」というアルバムを聴いていました。
もともとお気に入りのアルバムだったのですが、その中で「懐かしい未来」が流れてきたとき、びっくりするほど「あっ、これか」と腑に落ちたんです。
彼方くんの眩しさは、「懐かしい未来」なんだ、と。
特に映画の主題歌というわけでも何でもないのですが、少し語らせてください。
「懐かしい未来」という矛盾した表現。
この「数分間のエールを」に照らして考えると、これは「かつて自分が思い描いていて、けれどもう見ないようにしていた『未来』を、今まさに見つめている人がいる」というのが、「懐かしい未来」なのではないか、と思います。
「ああ、自分もあの子みたいに、あんな未来を思い描いていたっけ」と感じる。
もう思い描けない、眩しくて青すぎる未来。
でも、「懐かしい」と感じるということは、まだその「未来」を思い描いていた自分のことを、確かに覚えているのだと思います。
「ものづくり」に夢中になって、それにひたすら光を見出して、努力は絶対に報われると信じている。
むしろ、報われない努力の存在なんて、頭を過ったことすらないのでは……と、思ってしまうような。
「諦め方」を知ってしまった人が、そんな少年を見たとしたら。
少年がキラキラと瞳を輝かせて見つめる未来を、その人は「懐かしい未来」と呼ぶのではないでしょうか。
「数分間のエールを」を見て、偶然にもその翌日に萌音さんの「懐かしい未来」を聴いて、私はそんなことを考えました。
映像表現と音楽について
最後になりましたが、映画レビューっぽいことも書いておきます。
本作は、輪郭線のない独特な絵柄がとても印象的で、光の描写や淡い色使いが素敵でした。
雰囲気として近いのは、ヨルシカの「だから僕は音楽を辞めた」のMVかな。
映像的なリアリティーは薄めですが、だからこそ幻想的で、「たくさんの人が携わった『ものづくり』という過程を経てつくられた映画」という感じがします。
なんというか、この映画そのものが1本のMV、という感じ。
また、作中で織重夕がつくった曲が、実際にリリースされているのも素敵なポイント。
彼方がMVを付けたいと惚れ込んだ「未明」のほか、4曲がリリースされています。(CDもあるということを今調べて知りました。ジャケットイラストがすごく胸に迫ります)
鑑賞中はもちろん、鑑賞後もその世界観を楽しめるコンテンツがあるって、すごく嬉しい。
こんなところにも、「ものづくり」を志す人への「エール」を感じます。
まとめ
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
映画「数分間のエールを」、ぜひ見に行ってみてください。
これからずっと、「ものづくり」に立ち止まったときに何度だって鳴り響いてくれるような。
「ものづくり」にどうしようもなく魅了された心に、きらめきながら共鳴するような。
そんな眩しく力強い「エール」を感じる、「ものづくり」をするあなたにこそ見てほしい作品です。
この記事が参加している募集
最後までお読みいただき、ありがとうございました。 私の記事が、皆さんの心にほんのひと欠片でも残っていたら、とても嬉しいです。 皆さんのもとにも、素敵なことがたくさん舞い込んで来ますように。