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#美の来歴

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古今の美術作品と歴史のかかわりをたどるエッセイ。図版と資料をたくさん使って過去から未来へ向かう、美の旅へようこそ。
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#アート

美の来歴㉓ 黄昏ゆくヴェネツィア   柴崎信三

美の来歴㉓ 黄昏ゆくヴェネツィア   柴崎信三

文豪ゲーテが酔った仮面劇とある〈山師〉の足跡

 ジョヴァンニ・ドメニコ・ティエポロの『メヌエット(カーニバルの光景)』は、鮮やかな黄色のデコルテで着飾った若い女性を中心に、黒いアイマスクや仮面で装った男女が入り乱れて踊るヴェネツィアのカーニバルの一場面を描いている。
 いまや真冬の名物となったこのお祭りは、ヴェネツィアが古都アクイレイアとの戦いに勝った1162年にはじまり、春先までの一定期間に限

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美の来歴㉒寂しいアメリカの肖像   柴崎信三

美の来歴㉒寂しいアメリカの肖像   柴崎信三

孤高の画家ワイエスが秘したモデル〈ヘルガ〉

 1986年8月、米国ペンシルベニア州の美術蒐集家、レナード・アンドリューズがアンドリュー・ワイエスの未公開の作品240点を購入して公表すると、米国のジャーナリズムはその評価を巡って騒然となった。
 『USA TODAY』紙は特集を組み、「彼の絵が大騒ぎされるのは、牧歌的でセンチメンタルな過去を描いて郷愁を誘うからだ。実際にそんな過去はなかったのに」と

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美の来歴㉑傭兵隊長フェデリーコの陰謀             柴崎信三

美の来歴㉑傭兵隊長フェデリーコの陰謀 柴崎信三

「メディチ家兄弟暗殺計画」の隠された仕掛人

 15世紀末葉、フィレンツェにはルネサンスの花々が咲き誇った。それは黄昏ゆく文明の残照であったのかもしれない。
 猖獗するペストが街を包み、教会の権威が揺らぐなかで、都市国家フィレンツェは未曾有の危機をようやく潜り抜けた。
 オリエントにまで影響力を広げたメディチ家の実質的な創業者、コシモ・デ・メディチの遺産を引き継いだ20歳の孫、ロレンツォは政治や外

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美の来歴⑳ ではあなたは誰なのか   柴崎信三

美の来歴⑳ ではあなたは誰なのか   柴崎信三

閨秀歌人の悲恋と国宝『源頼朝像』へ仕掛けた〈爆弾〉

 高倉天皇の中宮、平徳子に仕えた建礼門院右京大夫(けんれいもんいんうきょうのだいぶ)は、才色兼備の閨秀歌人としてその名が伝わる。父親が書論『夜鶴庭訓抄』で名高い能書家の藤原伊行(これゆき)、母親が石清水八幡宮の楽人の娘で筝曲の名手の夕霧、華やかな才知と容色は想像できる。
 皇族や平家の公達との歌の贈答はもちろん、琴や笛など管弦の遊びでも王朝末期

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美の来歴⑲さまよえる天才の晩景   柴崎信三

美の来歴⑲さまよえる天才の晩景   柴崎信三

レオナルド・ダ・ヴィンチとルネサンスの黄昏

1515年の12月、フランス王フランソワ1世がミラノ公国を占領したとき、レオナルド・ダ・ヴィンチは王を遇するためにローマ教皇レオ10世がボローニャで催した和平の会見に余興を求められて、一興を案じた。
 市庁舎3階のフェルネーゼの間でフランソワを出迎えたのは、なんとレオナルドが作った精巧な自動人形の獅子であった。
ばね仕掛けの鋼鉄製の獅子は大広

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美の来歴⑱〈黒〉に幽閉された詩人  柴崎信三

美の来歴⑱〈黒〉に幽閉された詩人  柴崎信三

フランスで「魔術師」と呼ばれた長谷川潔の望郷

 舗道の敷石があちこちではがされ、学生と労働者のデモで燃えたカルチェラタンは、もう熱い季節が終わろうとしていた。
東京芸術大学を卒業して1969年春からフランス国立美術工芸大学へ留学していた女子学生が、パリ14区に住む伝説の日本人版画家にあてて、面会を求める手紙を書いた。
 長谷川潔。1918年に渡仏し、マニエール・ノワール(黒の技法)と呼ばれ

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美の来歴⑰                                          〈メメント・モリ〉の声   柴崎信三

美の来歴⑰ 〈メメント・モリ〉の声   柴崎信三

パンデミックが映す危機の時代の〈いのち〉と〈美〉

ルネサンス盛期のフィレンツェを襲ったペストの猛威のもと、猖獗(しょうけつ)を極める都市を逃れた10人の若い男女が美しい田園の別荘にこもって10日間、思い思いの恋愛譚やユーモラスな艶笑話を披露する。
ジョヴァンニ・ボッカッチョの『デカメロン』はそんな、危機のなかの人間のアイロニーをたたえた物語である。
1347年から1352年にかけて、地中海一帯を

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美の来歴⑯    諜報戦を潜り抜けた絵                                                          柴崎信三

美の来歴⑯ 諜報戦を潜り抜けた絵     柴崎信三

外交官須磨弥吉郎とフォルトゥーニの〈日本〉

 週一回だけ大学の講師だまりで一緒になるスペイン語のT子先生から、或る日「ちょっと面白い絵がありました」と展覧会のお土産の絵葉書を頂いた。
 19世紀半ばのスペインの画家、マリアノ・フォルトゥーニ・イ・マルサルの『日本式広間にいる画家の子供たち』という絵で、プラド美術館が所蔵する横長のカンバスの作品である。そのタイトルと琳派風の東洋趣味に心のどこかがふ

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美の来歴⑮「ぼくには勇気がない」   柴崎信三

美の来歴⑮「ぼくには勇気がない」   柴崎信三

戦時下の名画「斉唱」の謎と〈貴公子〉小磯良平の屈託

1960年代の後半、大学紛争が全国を覆っていたころの話である。東京・上野の東京芸大もその例外ではなかった。
校舎の一角をヘルメット姿の学生たちが占拠し、大衆団交と称して教授陣の吊し上げが続いた。中心で学生の罵声に耐えていたのが小磯良平である。 在学中に帝展で特選、首席で卒業してフランスへ留学し、戦後華々しく迎えられた母校で、まさかこん

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美の来歴⑬この憂愁は何処から    柴崎信三

美の来歴⑬この憂愁は何処から    柴崎信三

〈亡命者〉フジタを拒んだ米国人画家、国吉康雄の戦後

国吉康雄の女性像、とりわけ1930年代から太平洋戦争期の作品のモデルは、眼差しに深い憂いをたたえている。くすんだ褐色の背景に、翳りを帯びた肌がたおやかな線に包まれて浮かび上がる。代表作の「バンダナをつけた女」の背後から聞こえるのは、戦時体制に向かうマンハッタンの街角を、不安に行き交う異邦人たちの溜息だろう。
16歳で故郷岡山をほとん

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美の来歴⑭チューリップの囁き    柴崎信三

美の来歴⑭チューリップの囁き    柴崎信三

都市アムステルダムの殷賑とレンブラントの目

〈闇ヨリシテ光!光を見た商人たちの帝国、直截自らの姿を見た多分初めての帝国〉

 レンブラントの『夜警』の舞台となった17世紀半ばのアムステルダムを英国の歴史学者、サイモン・シャーマはこう描く。

〈真に自らを見るため、後から来る世代にアムステルダム人であるとはどういうことか教えるためには、画家の目と、そして手が必要だった〉(『レンブラントの目』高山宏

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