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短編小説

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2021年4月の記事一覧

にんしん? 5

にんしん? 5

「どうするの?」
 産婦人科に行き検査をすると案の定妊娠しており、先生は開口一番
「おめでとうございます」でもなく「妊娠何週目です」でもなく当たり前のように「どうするの? 産むの?」
 まるで産まないことを前提としたことを平然といってのけた。わたしはまさかしょっぱなからそんな辛辣な単語が出てくるなどとは皆目おもってもいなく返事をまだ持ち合わせていなかった。
「……」
 沈黙が通り過ぎてゆく。何秒か

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にんしん? 4

にんしん? 4

 女が妊娠したらしいという。
 俺の名前だけが書かれたメールが来たとき、なんとなくそんな気がしたのは、あれほど血ばかり流していた血がここ最近全く見当たらなくなったからだし、なんとなく体がなんというか膨張しているふうに感じられたからだ。嫁さんのときはどうだっただろうかとその昔の記憶を辿ってみる。しかし昔過ぎていてちっともおもいだせそうになかった。とゆうかそんなこと1ミリも気にしていなかったという方が

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にんしん? 3

にんしん? 3

『修一さん』
 昼間あまりにも吐き気がし不安と鬱を繰り返しているうちに涙が出てきてつい修一さんにメールをしてしまった。名前だけのメール。電話が気軽に出来ない相手。とゆうか着信拒否をされている。メールだけが唯一の連絡手段。
 普通に考えて名前だけのメールだと、なに? なんだ? そうおもうのが当たり前といえばそうなのだけれど、わたしはよく名前だけのメールを送るので修一さんは、またか。くらいの気持ちだっ

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にんしん? 2

にんしん? 2

 人間っていうのはあまりにびっくりすると声をどこかに忘れてくるらしい。声はいったいどこに忘れてきてしまったのだろう。
 手に持った細い棒を握りしめトイレの中で動けずにいる。さーっと血の気が引いていくのがわかる。立ち上がろうにも動けない。手が、体が震え出す。
 朝の10時。穏やかな春の日差しがトイレの窓の影を床にくっきりと四角くうつしだす。細く開いた窓から風が入ってきてレースのカーテンを膨らます。

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にんしん? 1

 最近朝目覚まし時計のかわりに吐き気で起きる。そしてオェっとなり階段を急いでおりトイレに駆け込む。しかし空腹なので吐いても出てくるのは胃液と涎と鼻水だけだ。ゼーゼーいい涙を流しながら何分かトイレの中で格闘をし口をトイレットペーパーで雑に拭い安いシングルのトイレットペーパーなので口の周りに紙が付着しているのも構わず台所の椅子に気怠く座る。
 落ち着く暇もなく今度は台所独特の匂いに対して吐き気を感知し

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潮時

「あ、いたんだ」
 急に蛍光灯の灯りがつき眠たい目をこすりながら顔をその声に向ける。
「いつ来たの? てゆうか靴なかったよね?」
 作業着のままコンビニの袋をテーブルの上に置きながら続けて喋っている。
「5時くらい。眠たかったからねてた。靴はあるよ。隅に。あるよ」
「小さいから気がつかなかった」
 そんな小さくないよっ、とわたしは笑う。直人の布団の中にいるといつも眠ってしまう。わたしの眠る場所はい

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