にんしん? 1

 最近朝目覚まし時計のかわりに吐き気で起きる。そしてオェっとなり階段を急いでおりトイレに駆け込む。しかし空腹なので吐いても出てくるのは胃液と涎と鼻水だけだ。ゼーゼーいい涙を流しながら何分かトイレの中で格闘をし口をトイレットペーパーで雑に拭い安いシングルのトイレットペーパーなので口の周りに紙が付着しているのも構わず台所の椅子に気怠く座る。
 落ち着く暇もなく今度は台所独特の匂いに対して吐き気を感知しその場でまたオェっとなり口元に手をやる。空きっ腹だから余計に吐き気がするのかもとおもい、6枚切りの食パンをトースターに突っ込みカフェオレを入れる。
 生理が来てない……。
 避妊リングを抜いてから出血はすぐ止まり、それ以降生理が来ていない。
「わかっているとおもうけれど、リングをとったから避妊しないと妊娠するからね」
 そんなことわかってるし。とは先生にはいわなかったけれど、そうなんだよなぁ。妊娠するかもだよなぁ。とはちょっとだけはおもった。ゴム面倒だなぁ。とか今までゴム着けてしてなかった男に今さらゴムしてくれる? とかいいづらいなぁ。とか。性行為だけでつながっていた男たちばかりだったなぁと改めておもったし、結局わたしはそれだけするだけの女だったんだなぁと実に納得をした。
 トーストにマーガリンをたっぷりと塗りおそるおそる口に入れる。またオエっとなるとおもいきや全くならずそのまま食パンを平げ、挙句足りなくてもう1枚トースターの中に投げ入れた。気のせい気のせい。わたしはただの胃炎だとおもいこもうとする。だって食べれるし。ただ胃腸が弱っているだけ。メンタルも豆腐のように弱いけれど。朝というかもうお昼だった。10時間は眠っていたようだ。13時からパソコン教室だから支度をする。
 車が壊れてしまい自転車で教室に通う。信号無視ともり漕ぎで10分。週に2回だけ授業を持っている。おじいちゃんやおばあちゃん向けのパソコン教室。高齢者ばかりなのでマスクや消毒にひどく気を使う。基本はパソコンの中のガイドラインに沿って自己で進めていく。わからないことがあれば挙手をするからそこでやっと出番がくる。えっ? このお歳でパソコンを? 大丈夫なの? という人たちが来るけれど、通っているうちにみるみる上達をしてゆくのはみていて清々しい。
「あれ、先生」
 生徒の宮地さんが通り過ぎようとしたその背中に声をかける。なぜかイヤホンをしていない。トイレにでも行く気なのだろうか。
「はい。なんでしょう?」
「あ、いや、特にってほどじゃねーんだけどよ」
 はい? わたしはきょとんとし宮地さんの顔をじっと見つめる。
「元気がねーなぁとおもってよ」
 宮地さんがそう続けた。よく見てるなぁ。わたしはたまにというかしょっちゅうあくびをしているし、スマホを10分に1度くらい見ている。鼻くそだけは穿ってない。元気がないとうかやる気がないのだ。すまない。じいちゃん。
「そ、そうですかぁ?」
 わたしは無駄に元気アピールをするために力こぶをつくる。元気ですよ! そんな感じで。
「そうか。俺トイレ」
 あ、やっぱりなとおもいつつどうぞごゆっくりというと教室にいた他の生徒さんがクスクスと笑った。イヤホンをしていてもあんな大きな声で喋れば聞こえてしまう。わたしも一緒になって笑う。けれどまた気持ちが悪くて生唾をごくんと飲み込んだ。最後の授業は18時に終わり、同僚のサイトウ君にお先にと声をかけるとあ、おつですといつもの挨拶をされおつですといい返す。サイトウ君ってサイトウっていう漢字はどう書くのだろう? といつも疑問におもっているのに結局忘れてしまい聞けずじまいだ。どうでもいいけど。爽やかな青年だとおもう。かなり年下だ。
 帰りにドラックストアで妊娠判定期を購入する。尿をかけるやつ。あとはなぜかケロッグのシリアルが猛烈に食べたくなり牛乳と一緒に買う。帰りはなぜにこんなにも足取りが軽いのだろう。自転車に乗っているとどこかしら春の終わりの匂いが漂ってくる。頬にあたる風が心地がいい。車では決して味わえない風情ある季節。車がなくてもまあまあこなせてしまう。
『今日、検査してみます』
 メールの画面を開き文字を打つ。この時間ならまだ現場にいる。けれどそれを消し
『ちょうどいい季節になったね』と打つ。が、また消し
『月が笑ってるよ』と意味のないことを打つ。が、また消す。
 月が笑っている。小馬鹿にしているみたいに。わたしはドラックストアの駐輪場からなかなか動けないでいる。遠くでサイレンの音がし、その音が徐々に近くに連れこわくなり耳を塞ぐ。

 続く

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