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【怖い話】アイサツ
よく行くコンビニの店員に片足が不自由なおばちゃんがいて、気にかけてるというか、気になってしまっている。
偏見ではないんだけど、たとえば一つおかしなところを見つけると、他のところまで変な部分を見つけてしまうようなことってあるじゃん。
最初、俺は足が不自由な人なんだ、でそのおばちゃんを覚えてしまったんだけど、次第に足のことよりも独特な喋り方が気になってきた。
それは「いらっしゃあいませえ」のイントネーションとか、「レジ袋はご入り用ですかあ」の濃淡のない語尾とか、「ありがとうございましたあ」の抑揚とか、感情の起伏の無さ。
なんせいつ行っても大体いるからね、その独特な喋り方が記憶にこびりついて、気になってしまう。
とある日の深夜、コンビニにレッドブルを買いに行ったら、おばちゃんがレジにいた。
いつものように平べったい「いらっしゃあいませえ」、
商品を渡すとのっぺりとした「レジ袋はご入り用ですかあ」、
そして、会計を済ませて自動ドアを通ると、背中に「さようならあ」の声を掛けられた。
えっ、さようなら?
聞き間違いかと思って、すぐさま振り返った。
おばちゃんはにそにそっとした、なんというか乾いたスポンジみたいなニヤけ面で、俺の方を見てた。
少しドキッとして、小走りで帰路に着いた。
気持ち悪。ニヤけて人のことまじまじ見やがって。普通ありがとうございました、だろ。てかいつもそうだったじゃん。
買ってきたレッドブルは冷蔵庫に入れ、夜更かししてやる気だったゲームを落とし、なんとなくその日は寝た。
まあまあ、月並みな話なんだけど、その晩におばちゃんが夢に出てきた。
荒涼とした野原に一人で佇んでいたら、がさ、がさと枯れた叢をかき分けるような音と、ずっ、ずずっと砂利の上を何か引きずるような音が後ろから聞こえた。
なんだ、と振り返るとコンビニのあのおばちゃんが、緑の制服を着てまさしくえびす顔、といったまるで屈託のない弾ける笑顔で近付いて来ていた。
その上がりきった口角から溢れていた音は、あの平坦な
「さようならあ」
だった。
「さようならあ」
何の起伏もない、つるんとした磁器のような、挨拶。
いやそんな事を言われても困るだろ。俺に何を求めてる。
繰り返し繰り返し「さようならあ」と言いながらおばちゃんは近付いてくる。やがて目睫の間まで差し迫るおばちゃんに後退りを余儀なくされ、同時に怯む。
「さようならあ」
表情とは裏腹に一切の感情を吐き捨てた言葉。
「え、あ、さ、さよ」
おばちゃんに気圧され、さようならと挨拶を返そうとしたところにスマホのアラームが割って入り込み、目が覚めた。
なんて寝覚めの悪い夢だ、と思いつつ、朝飯を買いに件のコンビニに足を運ぶと、私服のおばちゃんがぺこぺことレジの店員に頭を下げ何か会話をしていた。
シフトの交代か、と見た夢のことも意に介さず、何の気なしにその横を通り抜けようとした瞬間、
「挨拶、くらい、返せよ、この※※※※が」
と、いつの間にかこちらを異様に血走った眼で睨みつけていたおばちゃんが呟いたのを耳にした。
一頻り俺を睨み終えたおばちゃんが、杖も使わずに不自由な足を引きずり立ち去っていくのを、呆気にとられながら目で追っていた。
その日以来、おばちゃんを見ることはなくなった、あれはシフトの交代ではなく最終出勤の挨拶だったんだろうか。
最後に呟いた挨拶を返せという怒り、そして聞いたことのない罵倒のようなあの言葉は一体何だったのか、まるで分からない。
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