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短編小説 #8 闇の扉 I 夢の回廊

僕は満ち足りた気分になった
全く何も無かった。初めは闇しかなかった世界がこんなに成長を遂げるとは

その上、僕は時間を感じない程に次々と冒険をして来た。その経験ひとつ一つに感謝をしていた

そうしていると、とても重要なある事に気づき始めた
この世界は、いったい何なのだろうか
この世界は僕に色んなものを見せてくれた
そして、トラとの冒険の中で勇気と活力を貰ったのだ
しかし、だから何だというのか

僕はこの世界に住み続けるのか
そうではないのだ、僕は戻るべきところがある
僕は帰らなくてはならない

「待ってくれ」
トラが僕の考えていることを察すると、それを止めた
「君に渡す物がある」
そう言ってトラは指を空に向かって差し出した
それは空に浮かぶ、先ほどまで金属の星だった月だ
月を渡そうと言うのだ

「あの月は君のものだ。そもそも、あの星はキミの“コア”だ。月が君を待っている」
トラは続けて言った
「確かに君はこの世界の住人では無い、しかし君はこの世界の一部なのだ」
「あの月はそれを証明してくれる。ぜひ受け取って欲しい」
僕は月を頂く約束をした

トラが僕に語ってくれている
しかしトラの言葉は異国の言葉の様で、全ては聞き取れなかった
僕はその言葉に頷きもせず、ただ慎重に言葉を読み取ろうとしていた

彼が淡々と語るその言葉は、おまじないの様な、何かを唱えているかのようにも思えた
「この世には物理などないんだ」
「君は虹を探すんだ」
僕が聞き取れたのはこの2つだけだった。その言葉は何を意味してるのか分からなかった

トラが語り終わると、僕はトラと王女に別れを告げた
とても名残惜しい、彼らもその様な表情だ
しかし彼らは引き止めなかった
それは僕には別の目的がある事に気づいているからだ
ただ、その目的が何なのか具体的には僕にも分からなかった

僕は城を後にした
すると町には、また新しい変化があった
まだ少ないが、住人の影があったのだ
図書館を往来する男女の学者があった
集会場には以前見た人が語り合っていた。青い星で語り合っていた二人組だ
そこを子供達が駆け回っていた

中央広場の噴水には、青い星の噴水の傍で本を読んでいた男性があった。彼はこの星でも同じ風にして本の文字を走らせていた
そのとき僕は、青い星の住人は元々はこの星にいた人達だったんだと感じた

本を読んでいた男性は、文字を走らせるのをやめて僕に目を向けると、笑顔で軽く会釈をした
僕は豊かに満ち足りた橙色の星を後にした

宇宙は更に星の数が増していた
宇宙が急速に繁栄していた
闇しか無かった頃が懐かしく感じた

僕は月の側までやって来た
月は既に僕の手に収まるほどの大きさになっていた
僕自身の大きさが徐々に戻っている様だった

僕は月を右手で掴んだ
月はにわかに温かかった
その月をそっと左の胸に充てがった
すると月は身体の中へと浸透し、僕の心臓とひとつになった

僕はエネルギーが増した様に感じ、自身が少し発光している様に感じた
満ちるエネルギーを感じていると
僕の背後にひとつの扉の枠が、多少傾いた状態で浮いていた

僕がこの世界に入ってきたドアだ
僕はもう一度宇宙を振り返った
星は絶え間無く増え始めている
このドアがある宇宙の果てまでは、まだ星は無く闇のままだが、この場所まで星が生まれるのも時間の問題だろう
僕は扉の中へと戻って行った

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