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55、コックリさん⑩ ユリカ様と女子高生の霊

「やっぱり、アンタ達だったのね」

ユリカ様は仁王立ちになって僕達を見下ろしていた。

「どうして、どうしてここに……」

僕はトイレの床に倒れたままユリカ様の顔を見上げた。

「なんかイヤな予感がしてね」

ユリカ様はそう言うと僕に手を差しのべた。僕はユリカ様の手を握り立ち上がった。すると忍者もユリカ様に手を差し出した。しかしユリカ様は気付いていないのか、忍者を起こしはせずに話しを始めた。

「学校終わって家に帰っている最中、なんかイヤな予感がしてね。すぐに学校に戻ってきたら、男子二人が慌てて女子トイレに駆け込んでいくのが見えたから。――やっぱりアンタ達だったのね」

「あぁ、僕と忍者だよ」

僕は頷いた。

「でも、今までどうして『清掃部』にも来なかったんだい? みんな心配していたんだよ?」

僕はユリカ様の元気な様子に安心していたのだが、しかし安心すると不思議なもので、今まで雲隠れしていた事に対して、段々と怒りを覚えてきた。

「……ふーん、くだらない事を心配していたのね」

ユリカ様は僕から顔を背け何でもないような顔をしていた。しかし、その眼に一瞬、気まずいような感情が浮かんたのを感じた。

「まぁ、でも良かったよ」

僕はホッと胸を撫で下ろすと同時に、「ユリカ様らしい態度だな」と思い心の中でほくそ笑んだ。するとユリカ様は爪先で僕の脛(すね)を蹴飛ばした。

「――って、悠長な事を言っている場合じゃないでしょ! アンタ達に何かあったんでしょ?」

ユリカ様はイライラとした様子で喚いた。僕は膝を着いて呻き声を上げた。僕は久しぶりにユリカ様の暴力――いや、愛情を受けて嬉しいような悲しいような気持ちを抱いた。

「ほら、アンタも早く立ちなさい!」

ユリカ様はさらに喚くと、今度は忍者のお尻を蹴飛ばした。

「――え、あ……はい」

忍者は「なんだかなぁ?」というように首を傾げて立ち上がった。

「で、何があったの!」

ユリカ様は忍者の顔を睨み付けた。

「ナカムーに、ナカムーに追いかけられていたんだよ!」

忍者が慌ててユリカ様に答えると、ユリカ様は忌々しそうな表情を浮かべた。

「はぁ? アンタ達『三バカトリオ』が追い駆けっこしていただけ?」

「いや、違うんだ。そうじゃないんだよ」

僕はユリカ様と、オロオロとする忍者の間に割って入った。

「ユリカ様、違うんだ。ナカムーが憑りつかれたんだ」

「憑りつかれた?」

ユリカ様の表情が曇った。

「もしかして、それってコックリさんの時に現れた、あの――」

ユリカ様がそこまで言った時、女子トイレ内に誰かの声が響いた。

「あら、ユリカ様いらっしゃったのね!」

僕はびくりとして女子トイレの入り口に眼を遣った。――僕の背筋が凍り付いた。そこにはニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべたナカムーの姿があった。

「まずい、バレちまったぞ!」

忍者が慌てた様子で叫んだ。

「入り口を塞がれた、まずいぞ!」

忍者はそう叫ぶと、女子トイレの壁にベタリと背中をくっつけワナワナと身体を震わせた。……僕も「しまった!」と思わず呟いた。僕達はすぐに女子トイレからどこかへ逃げなけらばならなかったのだ。しかし、僕はユリカ様に久しぶりに出会えた驚きから、一瞬ナカムーの――いや、女子高生の霊の存在を忘れてしまっていた。そうだ、いつの間にか周囲は緊張した空気に包まれていた。僕はそんな事にも気付かなかったのだ。僕は致命的なミスを二つも犯していた事に忸怩たる思いを抱いた。

「……アンタ、ナカムーじゃないの?」

ユリカ様は様子を窺うようにしてナカムーに尋ねた。

「違うわ」

ナカムーは首を振った。

「違うわ、私はこのおデブさんの身体を借りただけ」

ナカムーはそう言うとニヤリと笑った。

「私はいつもあなたに付きまとっている、女子高生のオ・バ・ケ」

ナカムーは嬉しそうにそう言うと、口元に手を当てケラケラと可笑しそうに笑い始めた。

忍者は壁に背中を張り付けたまま、青ざめた表情でナカムーが笑う様子を窺っていた。僕はナカムーの笑い方に気味の悪さを感じていたが、それよりもナカムーの――女子高生の霊の言動が気になっていた。女子高生の霊はユリカ様に対して、「私はいつもあなたに付きまとっている――」と確かに言った。「いつも付きまとっている」とはどういう事か? ユリカ様は、いつも女子高生の霊に付きまとわれていたのだろうか? ……やはりユリカ様は、独りで何か問題を抱えているのではないかと僕は再び心配になった。

「……どうして、どうしてナカムーに憑りついたの?」

ユリカ様はじっとナカムーを睨みつけた。ユリカ様のその眼には、女子高生の霊に対する強い怒りのような感情が宿っているように見えた。

するとナカムーはケラケラと笑うのを止め、再びユリカ様の顔を睨みつけた。

「あなたはいつも私の前から逃げ出してしまうじゃない。だから、このおデブさんに憑りついてあげたの」

「私がアンタから逃げるからといって、どうしてナカムーに憑りつく必要があるの?」

「……あなたも鈍いわね」

ナカムーが鼻で笑った。

「そこのお友達の二人に、あなたを殺すお手伝いをしてもらおうと思ったからよ」

ナカムーから理由を聞いたユリカ様は、首を振りながら鼻で笑った。

「アンタも、なかなかバカね? そんなお願いを、この二人が聞いてくれると思う? いくらナカムーに憑りついたからと言ったって、アンタはアンタのままじゃない、騙されるとでも思う?」

ユリカ様は嘲笑うようにしてそう言うと、ニヤニヤとした表情を浮かべてナカムーを睨みつけた。するとナカムーが呆れたような表情をして、ユリカ様と同じように首を振った。

「ユリカ様、あなたも少しオツムが弱いようね。そこのお友達二人があなたを殺す事を断った時の為に、私はこのおデブさんに憑りついたんじゃない。だって、普段の私はどういうワケだか人間に触れる事はできない。それはあなたもよくご存じよね? だからもし、そこのお友達二人が私のお願いを断ったとしたら、その時にこのおデブさんに取り憑いていれば都合良いじゃない。……どう都合が良いかは、そのお二人にお聞きになればお分かりになるでしょう」

ナカムーはそう言うと、口角を不気味に歪めて「ふふふ」と笑った。

ユリカ様は腑に落ちないような表情をしていたが、突然眼を見開き僕の顔を見た。

「アンタ、ナカムーに――いや、あの女の霊に殺されそうになったのね?」

僕は何も言わずに頷いた。するとユリカ様が忌々しいとでもいったような表情を浮かべた。

「……チッ、このキチガイが」

そう吐き捨てるように呟くと、ユリカ様は険しい表情でナカムーを睨みつけた。……僕は女子二人の、全力でマウントを取ろうとする舌戦(ぜっせん)を、ただ黙って見つめている事しか出来なかった。しかし、一つ女子高生の霊に関して分かった事があった。それは、「女子高生の霊は人間に触れる事ができない」という特徴だった。それがなぜだか分からないが、女子高生の霊は人間に触れる事ができないらしい。そしてそれはおそらく、人間も女子高生の霊に触れられないという事なのだろう。……いずれにせよ、女子高生の霊がナカムーに憑りついた理由の一端が分かった。それは、女子高生の霊はナカムーに憑りつく事で、いざという時に僕や忍者に「物理的に」ダメージを与えようとしたからだ。それは要するに、僕達を殺してしまおうという事だ。ただし、なぜユリカ様を殺したがっているのかは分からなかった。

「さぁ、お喋りはここまでにしましょう」

ナカムーはニヤリと笑うとズボンのポケットから何かを取り出した。――それはカッターナイフだった。ナカムーはチキチキとカッターの刃を伸ばした。……僕の全身に鳥肌が立った。女子トイレの入り口を塞がれていた僕達は、正に絶体絶命だった。


➡56、コックリさん⑪ カッターナイフとおっぱい作戦

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