【人工椎間板置換術】深作史門クリストファー【ADR】

こんにちは、はじめまして。深作史門クリストファーと申します。 私は2020年5月26日…

【人工椎間板置換術】深作史門クリストファー【ADR】

こんにちは、はじめまして。深作史門クリストファーと申します。 私は2020年5月26日に、ドイツ🇩🇪で人工椎間板置換術(略してADR)を受け、椎間板ヘルニアとオサラバしました。ADRに関する情報を提供していきますので、皆さんどうぞご覧になっていってください。

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はじめに

ここに掲載する全ての情報はあくまで私(深作史門クリストファー)個人がドイツでの人工椎間板置換術にまつわる経験を事実に基づき記載するものです。これらは決して読者への医療アドバイスなどではなく、またすべての脊椎疾患患者に適応できる手術ではありません。従来の腰痛手術に対する批判やADRの有効性、特定の医療機関や医師を推奨するものでもありません。これを読んでいただいているあなたが首や腰の椎間板のことでお悩みなら、この個人的な記録ではなくではなくまずはかかりつけの医師の判断に基づいてご

    • ADR手術から1年以上経って

      これをお読みの皆さんこんにちは。深作史門クリストファーです。 早いもので、自分がドイツでADRを受けてから1年以上経過しました。 正直言ってしまうと、腰が痛い日もあります。 ですが、それは術前の重苦しい腰の奥底にあるような痛みとはまた違う痛みです。 そんな痛みが出ないように術後1年にしても腰のコンディショニングは怠らず、理学療法士さんの施術を受けたり、YouTubeのオガトレさんの動画を見たりして自分の腰のケアをしています。 YouTubeにも、自分自身の術後経過1

      • 【必見!】豪華三本立て、ADRビデオ特集

        これをお読みの皆さんこんにちは!深作史門クリストファーです。 今回は、ADRについてもっと知りたいのであれば是非ご覧いただきたい3つのビデオをご紹介します。 ビデオその①「ADRのススメ 〜人工椎間板置換術〜」 人工椎間板置換術、つまりADRとはなんぞや?という基本的な情報を詰め込んだ動画です。すなわち、ADRのイロハです! ビデオその②「ADRの旅 〜My ADR Journey〜」 私がいかにしてコロナ渦中にドイツに渡り、ADR手術を受け日本に帰るまで、付き添い

        • 理学療法SUGEEEEE

          深作です。 今日は正直に告白します。 実は、ADRを受けた後も腰痛があったんです。 なんでだろな〜?椎間板由来でないことは確実なんだけどな〜なんて考えながら、痛み止めを飲んだり湿布を貼ったりしていました。 そこで、ADRのツテの友人の言葉を思い出しました。 「理学療法を甘くみてはいけないよ」 的なことだったんですが、 そういえば術後3ヶ月の尿管結石のイザコザで理学療法とかやってなかったな〜なんて思いながら、術後およそ8ヶ月目にして理学療法を受けてみることにしました。

          ADR日記 2021年1月12日(術後7ヶ月以上)

          ADRを受けてから7ヶ月以上が経ちました。 ADRの手術は、受けて、はいおしまい、ということはありません。手術室を出てからリハビリを開始して、数年のスパンでいい結果が得られたかどうかを見極めなければなりません。 そういう意味で言えば、私もまだ回復の道のりの途中にいる、と考えています。 ディストラクション・ペインという、両足に出ていたむくみや発汗は消えました。いつのまにか消えてましたね。術後1〜2ヶ月の頃は熱感もありましたが、今はそれもありません。 次に、長時間の座位。

          僕が「玉とくぼみ」デバイスでなく粘弾性デバイスを推すワケ

          人工椎間板の種類は大きく分けて2つあります。 「玉とくぼみ」型と、粘弾性タイプとです。 右手でグーを作り、左手で右手を包み、右手をグリグリ動かしてみてください。それが、「玉とくぼみ」型椎間板の動き方です。360度自由に動くというわけですね。 ですが動きすぎても困るのです。 人差し指を、後方に反らしてください。人差し指の第三関節が痛くなりそうになるくらいまで反らしてください。 なぜ痛みが出るのか?それは、体が「これ以上は動かないようにできているんだからやめておけ」とい

          僕が「玉とくぼみ」デバイスでなく粘弾性デバイスを推すワケ

          ディストラクション・ペインとは

          人工椎間板を移植した後、腕や脚に発生する諸神経症状のことを、ディストラクション・ペインといいます。 むくみ、赤み、発汗、発疹など様々な症状がありますが、どれも長期的に見れば収束する物なので焦らず気長に待ちましょう。写真は術後3週間の私の両足です。左足が赤くむくんでいるのがわかります。 一時期、術後数ヶ月の時に両足が燃えるように熱かった時期がありましたが、今はもうありません。むくみも発汗もなく、やっと普通の両足に戻ってくれました。

          カナダの腰痛の権威 スチュアート・マッギル博士

          腰痛でお困りの皆さんこんにちは。深作史門クリストファーです。 私は手術を受ける前保存療法を試していたのですが、王道の「体幹を鍛える」をやっていました。ですが闇雲にやっていたわけではありません。カナダの腰痛の権威、スチュアート・マッギル博士の方法を試していました。 マッギル博士は大学生時代の頃、配管(工)を学んでいたそうですが、運命のいたずらから脊椎の研究ラボに参加することとなり、今日まで日本国外では著名な腰痛の権威として何十年に渡り腰痛の研究を行ってこられました。 日本

          カナダの腰痛の権威 スチュアート・マッギル博士

          2020年12月末 2020年を振り返って…

          今年は公私共に激動の年でした。腰痛、流行病、身内の不幸、手術、尿管結石など…一年前の自分だったら絶対に想像できないような場所に僕は立っています。 ただ、一つ。 座れるのが嬉しい。躊躇なく椅子に腰掛けられることが嬉しい。腰が痛まないことが嬉しい。 この嬉しさを、同じ原因で苦しんでいる人たちにも味わってもらいたい。 そのためにも僕は、これからも無償で情報発信を続けていきます。 お気持ちだけで結構ですので、noteでの投げ銭を是非ともお願いします! ご連絡はshimonfuka

          第12章 そして現在へ...(2020年11月7日術後5ヶ月〜

          腰椎2椎間の人工椎間板置換術を受けてから5ヶ月以上たち、今に至ります。今は、立つのも座るのも歩くのも痛くはありません。近々レントゲンを撮影し、それをシュミッツ医師に送り経過を観察する予定になっています。今一番幸せなのは長い時間を座って過ごせることです。手術直前は10分も椅子に座っていられなかったのが、今では1〜2時間座っていても全く問題ありません。今後、日記形式として書き記した日にちを題名にして術後の経過を更新していこうと思います。直近の目標は、ジムや水泳などのスポーツに少し

          第12章 そして現在へ...(2020年11月7日術後5ヶ月〜

          第11章 2020年8月末(術後4ヶ月〜) 人生史上最強の腰痛

          2020年の8月半ば頃には痛みはひどいものになっていて、食欲も半減してしまいました。痛みは明らかに強くなっていっていて、理由もわからないままただただ不安でした。もしかして、ADRの手術が失敗したのではとさえ考えました。ですがCTなどの画像を見る限りではきれいに挿入されています。痛みは確実に日々増していっていました。 そこで私は、セカンドオピニオンを賜るべくCTスキャンなどのデータを名だたるADR執刀医の先生方に送ることにしました。あれが原因なのではないか。これが原因なのではな

          第11章 2020年8月末(術後4ヶ月〜) 人生史上最強の腰痛

          第10章 2020年6月末(術後3週間〜)そして日常へ…しかしまた腰痛が?

          2週間の隔離生活も終わり、私は東京の自宅に戻りました。シェアハウスに住んでいたので、不便を感じたときにはハウスメイトの力も借りたりしながら少しずつ日常に戻っていきました。特に、重いものを持ち上げたり運んだりするときは誰かの力を借りていました。または、それをどうしても一人でやらなければいけないときは、ドイツで買った医療用のコルセットを巻いて慎重にやっていました。 少しずつ、椅子に座ってみたり、毎日散歩を続けたりしながらコツコツとリハビリを頑張りすぎず頑張っていました。そして数ヶ

          第10章 2020年6月末(術後3週間〜)そして日常へ…しかしまた腰痛が?

          第9章 2020年6月初旬(術後1週間〜)帰国後のリハビリ

          日本に帰ってきたのは6月6日。帰国後にまず受けたのは空港でのPCR検査です。鼻の奥に綿棒を突っ込まれぐりぐりされました。我々にはすでに親族の迎えの車が来ていて、公共交通機関を使う必要がなかったので、比較的スムーズに空港を出ることができました。空港を出たとき、夏の匂いがしたのを覚えています。 そして向かったのは郊外にある叔母の別荘です。2週間の隔離生活をそこで過ごしました。数日後にはLINEで厚生労働省から連絡が来てPCR検査の結果が陰性であることもわかりました。 別荘でのリ

          第9章 2020年6月初旬(術後1週間〜)帰国後のリハビリ

          第8章 2020年5月末 手術直後のリハビリ

          麻酔から目を覚ますと私は体の右側を下にして横になって寝ていて、暖かい空気を送るチューブ?とともにブランケットで体を温められていました。私は意識を取り戻してまずシュミッツ先生に、ディスクを固定するためにスクリューを使いましたか、と尋ねました。先生は、「スクリューは使わなかったよ!」とニコニコと返事をしてくれました。直後に、吐き気を催しました。手術はおへその下あたりを数センチ縦に切開し、内臓を避けて脊椎まで到達しそこから人工椎間板を入れるので、内臓の位置をいじられた私は吐き気を催

          第8章 2020年5月末 手術直後のリハビリ

          第7章 2020年5月末クリニックにて、そして手術へ

          クリニックに到着したのは5月23日でした。入り口の電気は消えていて受付にも人はおらず、どこかに看護師さんはいないかと探していました。通りすがりの看護師に、今日からお世話になる深作ですとお互いに自己紹介をした後、施設を紹介してもらいました。非常に清潔なクリニックで静かで良い所でした。部屋に案内され荷物をおろし、テレビにNintendo Switchを繋げ、ベッドに横になり好きな音楽を聴いてゲームをしていました。しばらくすると、病院のスタッフが朝食は何がいいかと聞いてきたので、指

          第7章 2020年5月末クリニックにて、そして手術へ

          第6章 2020年5月末 コロナ禍中のドイツ渡航

          コロナ渦中のドイツへの渡航は容易なものではありませんでした。ただでさえ世界中の航空機の往来が大いに減少しているにもかかわらず、行ったこともないドイツに渡るわけですから、細心の注意を払う必要がありました。また、手術やリハビリの様子を記録すべく兄に同行してもらいました。 まず、N95と言う医療用のマスクをつけ空港へ行き、チェックインをした後、なぜか精神的なストレスに襲われうずくまってしまいました。いろんな考えが頭をよぎりました。とうとうこの時が来たのか。果たしてこれで合っているの

          第6章 2020年5月末 コロナ禍中のドイツ渡航