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【ポン・ジュノ新作】SF小説『ミッキー7』感想【原作】

『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督が次の作品の題材に選んだのはSF小説だった。

人類が宇宙へ進出した時代を舞台に、使い捨て人間エクスペンダブルとして生きる男の奇妙な運命を描いたSF小説『ミッキー7』

作者はアメリカの小説家エドワード・アシュトン。日本では大谷真弓が訳者でハヤカワ文庫から出版されている。

ポン・ジュノといえば、もともと世界的評価が高い監督だが『パラサイト 半地下の家族』で世界の映画史を塗り替えたのは周知の通り。今最も新作が待たれている監督といっても過言ではない。

そんな彼が次の作品の原作に選んだ小説となれば気になるのは当然のこと。

外国語映画による初アカデミー賞作品賞受賞という歴史的快挙など『パラサイト』の打ち立てた記録はすさまじい。

だが、当初は映画が公開されるまで読むつもりはなかった。

というのも「これは映像化あるある問題」の1つだと思うが、原作を先に読んでしまうと、自分の中で作品のイメージが固まってしまい、映像を観た時に自分のイメージとの差異を感じやすくなる、ということが少なくないからだ。

ただ、本書を手に取った時は、ちょうど手ごろな小説を探していた時で無性に読みたくなってしまい購入してしまったという次第である。

読んでみた感想としてはとても面白かったし、何でポン・ジュノ監督がこの小説を原作に選んだのかも分かる気がした。

ということで、今回の記事では小説『ミッキー7』の感想をあらすじを交えて述べておきたい。

※これより以下は小説の具体的な内容について触れています。気になる方は読まないことをお薦めします。


人類が宇宙に進出している時代。
人類は居住できそうな惑星を見つけてはそこにコロニーを建設し入植していた。

物語の舞台となるのは、一面が氷に覆われた惑星ニブルヘイム。
主人公ミッキーは使い捨て人間エクスペンダブルとして日々、危険な任務をこなす仕事に就いている。

今のミッキーは7代目のミッキー、つまりミッキー7だ。

ミッキー7はある時、氷の割れ目に落ちてしまう。
友人からも見放され絶体絶命のミッキーだったが、何とか生き残り宇宙船に帰還する。

しかし、そこには既に復元されたもう一人の自分「ミッキー8」が存在していて…というあらすじ。

本作の一番の特徴は使い捨て人間エクスペンダブルという存在。
それは死ぬたびに、それまでの記憶を引き継ぎ新しい肉体に生まれ変われる存在だ。

ある意味絶対に死なない自分。ゲームでいえば無限コンティニュー状態だ。
実際、ミッキーは周囲から「不死身」と呼ばれており、一見すると無敵に思えるが、ここである疑問が湧く。

それは「復活した自分は本当に今の自分と同じといえるのか?」という疑問。

一度は死を決意したミッキー7が生き延びようとしたのも、彼がそんな自分のアイデンティティに疑問を持ち始めたことがキッカケだ。

劇中でも言及されてるが、本作は「テセウスの船」という有名なパラドックスが題材となっている。

テセウスの船とは:ギリシャ神話の怪物ミノタウロスを征伐するためにテセウスが乗り込んだ船の名前からきている。

老朽化に伴い古くなった箇所を全て新品に置き換えた船は、テセウスが載った船と同一といえるだろうか?という話からきており、「物の構成要素すべてを一つ残らず新しい部品へ置き換えた場合、それは以前のものと同一物といえるだろうか、あるいは全くの別物というべきだろうか」という問題を指す。

方丈記の「行く川の流れは絶えずしてしかも元の水にあらず」というくだりも、同じに見えて別物であるという点においてテセウスの船と同じパラドックスを提起しているともいえる。

人間をはじめとする動物にも同じことが言え、新陳代謝によって全身の細胞が更新されてた生き物は、すべての細胞が更新される前と後では何をもって同一人物とみなすべきかどうかという考えもある。

参照:新語時事用語辞典

テセウスの船にもう1人の自分。

ホン・ジュノ監督はこれまでの作品でも奇妙なストーリーテリングを披露してきただけに、こういう題材は好きそうだし合いそうだなと感じた。

『ほえる犬は噛まない』、『母なる証明』などポン・ジュノ監督が撮る物語はどれも一筋縄じゃいかないものばかり。

さらにミッキーたちは自分たちが2人になったことを隠し通さねばいけなくなる。

なにしろこの船は乗組員を養うのにはギリギリな状態。しかも司
令官のマーシャルは自分(使い捨て人間エクスペンダブル)という存在を忌み嫌っている。

「バレれれば処刑」というサスペンス要素が加わることで、話にも一定の緊迫感が生まれてくる。

物語はミッキーの過去と人類の宇宙への歴史を挟みながら進んでいく。
その中で、ミッキーが使い捨て人間エクスペンダブルに志願した理由や、なぜ使い捨て人間エクスペンダブルが忌み嫌われる存在になったのかも説明していく。

こうした時代背景が説明されることで、ミッキーや人類が置かれてる状況の深刻さへの説得力が増す。原作者のエドワード・アシュトンは大学院で量子物理学の講義も行っているということでSF的蘊蓄も面白い。

惑星の開拓ということで、話自体は壮大なのだが、物語のスケール自体は狭い。主要キャラだけなら10人にも満たないので密室劇のような雰囲気もある(舞台でも違和感なさそう)。

さらに本作は欧米の植民地時代へのアンチテーゼとも言えるメッセージが込められている。

舞台こそ宇宙に拡がったものの、小説内で人類が行っていることは植民地時代と何ら変わっていない。そうした歴史背景を踏まえたうえで、本作が掲げるメッセージはこの時代だからこそ必要なメッセージとなっている。

インディアンを迫害した歴史を持つアメリカ人にとって、このテーマは凄く刺さるんじゃなかろうか。
恐らくポン・ジュノもこうした社会的テーマも含めたうえ本作の映画化を決めたんだと思うのだけどどうだろう。

ということで『ミッキー7』、読み応えがあって面白かった!この映画がどのように映像化されるのかも楽しみ。

映画版『ミッキー7』は『ミッキー17』というタイトルで2024年3月9日にアメリカで公開予定。ミッキー17ということは、ミッキーも17代目ということで、それまで沢山死んでるんだろうな。

主演は『テネット』、『ザ・バットマン』のロバート・パティンソン。原作通りならロバート・パティンソンも2人いるということで、その画もなかなか面白そう

※ポン・ジュノ監督のSF映画というと、真っ先に思い浮かぶのが『スノーピアサー』。フランスのバンドデシネが原作。こちらも『ミッキー7』と同じく雪に覆われた世界が舞台。

2013年製作/125分/PG12/韓国・アメリカ・フランス合作

※ポン・ジュノ監督の中で個人的に一番好きなのが、東京を舞台にしたオムニバス映画『TOKYO!』の中の一編『シェイキング東京』。蒼井優が凄く魅力的に撮られてる。

香川照之演じる引きこもりの主人公がピザの配達員に恋をするという内容。こちらも奇妙なストーリーテリングなので気になったら観て欲しい。

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