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NHKドラマ『デザイナーベイビー』で登場した救世主兄弟とは?

2019年5月25日追記
『インハンド』第7話で救世主兄弟というキーワードが登場しました。この記事とは背景が違いますが、「救世主兄弟 is 何?」という疑問にはお答えできます。

(2015年10月22日作成のものを再掲)

NHKで火曜日22時から放送されている『デザイナーベイビー』は、新生児誘拐事件と生殖補助医療を絡めた医療ミステリドラマです

27日に放送される回の予告で、誘拐された赤ちゃんは「救世主兄弟」だとする発言が飛び出てきました。救世主兄弟は2000年にアメリカで初めて誕生し、世界ではこれまでに数百人が誕生しているとされています。救世主兄弟とは一体何なのでしょうか。

伏線となる白血病

ドラマでは、両親の子ども(誘拐された赤ちゃんから見ると兄)が白血病であることが明らかになっています。

白血病とは、赤血球や白血球などを作る「造血幹細胞」に異常があり、赤血球や白血球が作られにくくなり、感染症や貧血が起きやすくなる病気です。造血幹細胞の状態で増え続けるのが原因で、白血病は「血液のがん」とも呼ばれています。

ドラマでも白血病の兄が、指先を切ったあとで感染症にかかる描写がありました。普通では病原体が体内に入り込んでも白血球がやっつけるのですが、白血病では白血球が少ないで、少しの病原体でも感染症を引き起こします。

白血病の治療法としては、一般的には抗がん剤を投与して、増えすぎる造血幹細胞を殺します。ただ、症状が抑えられないときは「骨髄移植」を行います。骨髄移植では、一旦患者の体内にあるすべての造血幹細胞を殺してから、ドナーの骨髄液(造血幹細胞のもとなどが含まれている)を移植します。

白血病を治療する骨髄移植の相性は遺伝子で決まる

骨髄移植では、通常の臓器移植を同じように拒絶反応が問題になります。拒絶反応とは、他人の細胞を移植するときに、免疫によって排除しようとすることです。

拒絶反応を起こさないためには、免疫のタイプ(HLA型といわれ、白血球の血液型みたいなもの)が一致する人同士で移植をする必要があります。いわば相性です。ところが、HLA型は遺伝子で決まるので、無関係な人同士のHLA型が一致するのは数万分の1程度。親子や兄弟でも25%です。

ドラマでは、兄が白血病のままであることから、父も母も両方ともHLA型が一致せず、骨髄移植できていないのだろうと想像できます。もう1人子どもを生み、HLA型が一致すればいいのですが、その確率は25%です。

ところが、それを100%にする方法があります。そうして生まれた子ども(ドラマで誘拐された妹)が救世主兄弟です。

体外受精卵の遺伝子を調べる

救世主兄弟を生むためには「体外受精」と「着床前診断」を行います。

まず、体外受精によって、体外で受精卵を作ります。そして受精から5日後、細胞が約100個くらいにまで分裂したときに(ちょうどカバー画像くらい)、数個を取り出して遺伝子を調べます。着床前に遺伝子を調べるので、着床前診断と呼ばれます。

そして、HLA型が理想のものとわかった受精卵だけを、母体に戻します。これで、兄と同じHLA型、つまり確実に骨髄移植できる子どもが生まれます。

ちなみに、HLA型が一致しなかった受精卵は廃棄されます。

2019年5月26日追記
本記事の公開時、調べる段階を受精3日後の8細胞期を紹介し、着床前診断を「着床前スクリーニング」と呼ぶこともあると書きましたが、ご指摘を受けて最新の情報に変更しました。日本産婦人科学会の見解に「遺伝情報の網羅的なスクリーニングを目的としない」とあるため、スクリーニングという表現を変更しました。

救世主兄弟は実在する

救世主兄弟はドラマ内の想像だと思われるかもしれませんが、海外ではすでに数百人の救世主兄弟がいると推定されています。

救世主兄弟は、海外では「savior sibling」と言います。世界で初めての救世主兄弟が生まれたのはアメリカで、なんと2000年8月の出来事です。

先に生まれた姉が「ファンコニ貧血」という遺伝子疾患であり、ドラマと同じく骨髄移植で治療できる病気です。救世主兄弟として生まれた弟はAdamという名前で意味深です。生まれてから2ヶ月で、Adamの骨髄は姉に移植されました。「使命を果たした」といったところでしょうか。

救世主兄弟を作ることについて、アメリカではクリニックごとの裁量に任せられており、とくに法律などで規制されていません。

一方、イギリスでは白血病やファンコニ貧血など、血液の病気に限って救世主兄弟を認める法律を2007年に制定しました。イギリスでは2009年に初めての救世主兄弟が生まれ、移植は2010年に行われています。

日本では学会のガイドラインで実質禁止

さて、ひるがえって日本です。日本では救世主兄弟について言及する法律もガイドラインもありませんが、日本産婦人科学会の「着床前診断に関する見解」で実質禁止としています。

ここの「4.適応と審査対象および実施要件」には次のようにあります。

検査の対象となるのは、重篤な遺伝性疾患児を出産する可能性のある遺伝子変異ならびに染色体異常を保因する場合、および均衡型染色体構造異常に起因すると考えられる習慣流産(反復流産を含む)に限られる。

つまり、着床前診断は「生まれる子どもが病気かどうかを調べる」場合のみ可能と読み取れます。救世主兄弟は、調べるのはHLA型であり、病気とは何の関係もありません。そのため、日本で救世主兄弟を作るのは学会の見解に反することになります

とはいえ、せいぜい学会を追放されるだけで、学会員でなくても病院を経営したり患者を診断したりできるし、救世主兄弟が認められている海外で事業展開するための売り込みには使えるかもしれません。ドラマでもタイでどうのこうのという話が出ていたので、海外での技術展開を狙っていそうです。

ゲノム編集への伏線も

救世主兄弟は、HLA型が一致する確率を25%から100%にすること、受精卵の遺伝子を選別するだけで操作するのではないという意味では、デザイナーベイビーというほどのものではないのかもしれません。とはいえ、同じ方法を使えば、遺伝子の組み合わせ上ありうる外見や病気リスクも選別できるので、どこまで認めるかはいずれ問題になるでしょう。

ちなみにドラマの第5話では、「CLISPER/Ces7」という実験キットを発注していたことがさらりと登場します。おそらく元ネタは「CRISPR/Cas9」であり、ゲノム編集に必要なものです。

ポイントに確実に遺伝子を操作する最新の技術です。もし、受精卵にゲノム編集をしたとしたら、いよいよタイトル通りの「デザイナーベイビー」になります。4月に中国の研究者が本当に行ったとして大きな話題になりました。

ドラマを通じて、生殖補助医療がどういったものか、いろんな人が知り、考えるきっかけになるのはとてもいいことだと思います。放送はあと2回ですが、どうなるか気になるところです。

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