しまのかみ@歴史&古典

大学4年生、江戸時代の朱子学者について研究中 〈目標〉 ・好奇心の力で楽しく生きる人…

しまのかみ@歴史&古典

大学4年生、江戸時代の朱子学者について研究中 〈目標〉 ・好奇心の力で楽しく生きる人を増やす ・歴史の知恵で悩んでいる人を救う ・自分で自分を責めたり、傷つける人をゼロにする 主に、歴史や古典の話になると思いますが、目標にかないそうなことはどんどん発信していきたいです

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自分の目標について(自己紹介になっているかも)

プロフィールのところにも目標は書いていますが、これについてもう少し詳しく。 (下に行くにつれて重要です) 「好奇心で楽しく生きる人を増やす」  まず1つ目、「好奇心で楽しく生きる人を増やす」ですが、やっぱり自分が好きなものに突き動かされている時は何より楽しい!それは読者のみなさんもわかってくれるのではなかろうかと思います。人生、楽しく生きるのが一番だと思います。それに、好奇心を持って取り組み続けることは健康にもいいことですからね。健康を大事にする、何を当たり前のことを、と思

    • ブッダの教え6 心は、動揺しざわめき、護り難く制し難い。 英知ある人はこれを直くする 弓矢職人が矢柄を直くするように 仏教が心をメインテーマにしていることがわかる言葉です。制し難い心をどう制するか、その方法を教えてくれるのが仏教だと思っています (『ダンマパダ』第3章33)

      • 儒学と僕7 口先だけでは…

        今回は、『論語』学而編の第3章について紹介いたします。 今回の言葉 これは、『論語』の中でも有名な章なので、知っている方も多いかもしれません。内容としては、 「言葉を巧みにし、顔色をつくろってうわべを飾り立てる人には仁の心は少ない」と孔子が話したというものです。 朱子の注には、「一生懸命人の歓心を買おうとすれば、欲望は勝手放題に出まくり、本心の徳は亡んでしまう」とありますが、私もそのように思います。実際は、徳が完全に亡んだというわけではないでしょうが、他人に気に入ってもら

        • ブッダの教え5

          これは、言動より実行を重んじた教えであり、こうした教えは古今東西見られるものでしょう。 『論語』にも、「剛毅朴訥(ごうきぼくとつ)仁に近し」、つまり無口であっても意志が固い人をよしとする考えがあります。 日本でも、「島津いろは歌」(戦国大名島津日新斉が編纂した、人生訓などを教える和歌集)の一番最初にある歌が、 「いにしえの道を聞きても唱えても わが行いにせずばかひなし」となっています。 勇気と気力はいりますが、行動によって人から信頼されるように努めましょう。言葉で自分自身や

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        自分の目標について(自己紹介になっているかも)

          ブッダの教え4 実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みのやむことがない。怨みを捨ててこそやむ。これは永遠の真理である  第二次世界大戦後、スリランカがこの言葉をもとに、日本への賠償請求を放棄したことが知られている。 (『ダンマパダ』第1章-5)

          ブッダの教え4 実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みのやむことがない。怨みを捨ててこそやむ。これは永遠の真理である  第二次世界大戦後、スリランカがこの言葉をもとに、日本への賠償請求を放棄したことが知られている。 (『ダンマパダ』第1章-5)

          儒学と僕6(つづき)

          これは前回のつづきです。前回は、『論語』学而編の第2章、「君子は本を務む。本立ちて道生ず。孝弟なる者は、其れ仁を為すの本か」について取り上げました。そして、朱子学の解釈、伊藤仁斎の解釈についてそれぞれ述べました。 そこで今回は、僕自身の考えを述べていこうと思います。 前回の記事もそうでしたが、「孝弟」がここではかなり重視されていますね。 ただ、現在は、昔に比べると大家族が少なくなり、核家族化が進んでいますし、親と同居することも当たり前ではなくなっています。 また、孝を絶対的

          儒学と僕6(つづき)

          儒学と僕6 身近な人から思いやりを

          今回は、『論語』の学而編の第2章の一部について取り上げたいと思います。 今回の言葉 これは、孔子の弟子である有子(ゆうし)の言葉です。意味としては、 君子(徳が優れて立派な人物)は、根本のことに意識を注ぐ。そうしていれば、自然と人間が完成してくるものだ。親や、目上の人によく仕えることは、仁を実践する第一歩である。 となりますが、これは朱子学流の解釈です。どういうことかと言いますと、最後の部分の、「其為仁之本与」が解釈の分かれ目なのです。ここには2パターンの読みがありま

          儒学と僕6 身近な人から思いやりを

          ブッダの教え3 「彼はわれを罵った。彼はわれを害した。彼はわれにうち勝った。彼はわれから強奪した」という思いをいだかない人には、ついに怨みがやむ。 これは、自分自身が怨みの感情に支配されないだけでなく、人から怨まれない生き方にもつながるでしょう (『ダンマパダ』第1章-4)

          ブッダの教え3 「彼はわれを罵った。彼はわれを害した。彼はわれにうち勝った。彼はわれから強奪した」という思いをいだかない人には、ついに怨みがやむ。 これは、自分自身が怨みの感情に支配されないだけでなく、人から怨まれない生き方にもつながるでしょう (『ダンマパダ』第1章-4)

          好きな言葉 断じて敢行すれば鬼神もこれを避ける (『史記』李斯列伝) これは一見スピリチュアルな話に見えますが、断固とした決意で物事をおこなうときは助けてくれる人も自然と現れ、道が開けてくれるのは本当だと思います 重大な決断をするときに思い出したい言葉です

          好きな言葉 断じて敢行すれば鬼神もこれを避ける (『史記』李斯列伝) これは一見スピリチュアルな話に見えますが、断固とした決意で物事をおこなうときは助けてくれる人も自然と現れ、道が開けてくれるのは本当だと思います 重大な決断をするときに思い出したい言葉です

          毎日ちゃんとした記事を投稿するのは時間的にきびしいのですが、毎日何かしらつぶやいたりして毎日の連続投稿目指します。

          毎日ちゃんとした記事を投稿するのは時間的にきびしいのですが、毎日何かしらつぶやいたりして毎日の連続投稿目指します。

          儒学と僕5 人がわかってくれなくても

          第3回から連続して行ってきた『論語』学而編第1章も今回で終わりです。 今回の言葉 「慍」は普段みなれない漢字ですが、ここでは朱子の解釈に従って「いかる」と読んでいます。ここを「うらむ」とか、「いきどおる」と読むものもあります。 今回取り上げた箇所の意味は、 「自分が学識・人格を磨いても他人が評価してくれないこともある。そんなときも憤りを持たず、自分の信じる道を進むことができたなら、それこそ徳の完成した、立派な人物(=君子)ではないか」 となります。「君子」という語は『

          儒学と僕5 人がわかってくれなくても

          ブッダの教え2(つづき) もしも清らかな心で話したり行ったりするならば、福楽はその人に付き従う ー 影がそのからだから離れないように 苦しみも幸福も、根本的には自分の心が生み出している。 そして、自分の心が変われば、周囲の人の態度も変わってくるでしょう。

          ブッダの教え2(つづき) もしも清らかな心で話したり行ったりするならば、福楽はその人に付き従う ー 影がそのからだから離れないように 苦しみも幸福も、根本的には自分の心が生み出している。 そして、自分の心が変われば、周囲の人の態度も変わってくるでしょう。

          ブッダの教え2 ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。 もしも汚れた心で話したり行ったりするならば、苦しみはその人に付き従う。 車をひく牛の足跡に車輪がついていくように。 比喩表現により教えを映像と共に覚えられます (『ダンマパダ』第1章ー1)

          ブッダの教え2 ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。 もしも汚れた心で話したり行ったりするならば、苦しみはその人に付き従う。 車をひく牛の足跡に車輪がついていくように。 比喩表現により教えを映像と共に覚えられます (『ダンマパダ』第1章ー1)

          儒学と僕4 「学問と人とのつながり」

          さて、今回は、前回取り上げた部分「学びて時に…」の続きです。そうはいっても、今回取り上げるところも依然として『論語』の第一章です。進行が遅いと思われるかもしれませんが、第一章は数ある『論語』の章の中で最も人目に触れやすいものなので、省略せずに取り上げます。 今回の言葉 余談ですが、原文を見て思うのは、明治~大正期にかけて活躍した政治家・軍人の山縣有朋の名前の由来は多分ここですね。彼は『論語』を読んで何を思ったのでしょうか。 さて、前回取り上げた「学びて時にこれを習う、また

          儒学と僕4 「学問と人とのつながり」

          禅語5 曹源一滴水

          曹源一滴水(そうげんのいってきすい) 唐の時代の中国に、慧能(えのう)禅師(638〜713)という方がいました。 慧能禅師の教えは、やがて多くの禅師たちにうけつがれ、それは海を越えて日本へ。今の日本でも禅の宗派として名高い臨済宗・曹洞宗も、もとをたどれば慧能禅師までさかのぼることができます。 慧能禅師は、曹渓という川の上流に住んでいました。 川というものは、どんな大河であっても、最初は一滴の水から始まります。しかし、その水が山を下るごとに小川となり、そして最終的には大河に

          「本来無一物」に学んだ生き方

          今回は、数ある禅語・仏語の中で特に僕が好きな「本来無一物(ほんらいむいちもつ)」という言葉について書きたいと思います。これは、僕の価値観の大黒柱ともいえます。 僕は、決して仏教や禅については専門家ではないので、自分が書いたことを決して「正しい」などとは考えません。しかし、この言葉について自分なりに思うところがあり、また、この言葉に出会ったことで僕は仏教が好きになったとも言えます。 もともと何もないからこそ自分の生き方を自由につくれる 「本来無一物」の意味を調べると、「人

          「本来無一物」に学んだ生き方