一月の雪
さらさらと降っていた雨だったが、彼のコートにポツリと落ちた小さな氷の粒を見た時にそれがだんだんと雪に変わっていくのだとわかった。
手で払ってあげたい気持ちはもうない。
私は自分の傘の下にキレイに収まり、彼は自分の黒い傘の下で神妙な顔をしている。難しい顔の美しい男。
決定的に振らなければいけないのだろうか。
あなたのことはもう好きではないと、愛していないと、きちんと言葉にしないといけないのだろうか。
理由を一から十まで挙げて、そのどれかで納得した彼が去るのを待たないといけないのだろうか。二人とも凍ったように動かない。
糸のようにしか見えなかった雨がもう大粒の雪に変わっている。
彼のきつく結んだ革靴のつま先が水と氷と、多分彼の後悔でゆっくりと黒く色を変える。
私のつま先は黒く変わらない。もう決めたのだから、黒く変わらない。
ごめんよ、と小さく吐いた彼の言葉は白い息と一緒に消えた。
俺のこと、憎いだろう?
キレイに締めたネクタイから、かつて愛した人の匂いが香る。
小さく動く口元の、その顎に混じる白い髭を見て、長く燃えたけどもう愛は灰になったのだと知る。憎くなんてない、という答えが聞きたい彼のわがままも燃えていい。
いいのよ、憎んでないのよ。あなたを憎むほど愛してなかったのよ、いいの。
ハッしたような顔をする彼の向こうから近づいてくる二つの人影に気が取られた。
肩をきつく抱き、寄り添い歩く姿を見て、あぁ私たちもこんな風だった、ずっとずっと一緒にいるものだと信じていた。そんな遠くの暖かい懐かしさが一つだけため息になって私の胸から出て行った。
すぐそばを通り過ぎる彼らに気づいた彼の目が柔らかく光り、きっと同じようなことを思ったのだ、とほんの少しだけ心が痛んだ。
私のつま先に雪の粒が落ちる。黒く変わってゆくのを見たくないから顔をあげ、まっすぐに、遠くのぼんやりと霞む街の灯に向かう。
雪に姿を変えた天使の魔法で静かに凍りついた時間を無慈悲に割るように、一歩踏み出す。
さよなら
言葉には出さなかった。
自分が誓った愛に、大切な何かに、遠い思い出に、別れを告げた。
一月の雪。もうこれから思い出すこともない。
シマフィー
*これは“一月の雨を忘れない”というThe ALFEEの楽曲を元にしたフィクションです。
お友達のノムノムちゃんはアルフィーさんを題材に小説を書かれています。本格的な恋愛小説で素晴らしい出来です!ぜひアルフィーさんを思い浮かべながら読んでみてください。1から4までの続きものです。
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