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Empathy:留学生の気持ちを教師に体験してもらう

10年前我が校の教師研修で、英語がまだ初級レベルの生徒に授業中どのような配慮をしたらいいのか、を同僚教師たちと話し合ったことがある(*アメリカの私立高校で歴史を教えています)。
それまで我が校には留学生が5-6人しかおらず、至れり尽くせりで学習サポートしてきたが、その数が一気に40人ほどにまで増え、どの教師もあわあわしていたからだ。

どんな子供でも私たち教師にとっては大切な生徒であり、一人一人がそれぞれの成功を掴めるように授業の内容や形態、使う資料や講義の方法などもフレキシブルに変えていく。うちでは一昔前の先生が一方的に喋って、生徒は静かにノートを取る、というクラスはない。大学のゼミのような形だ。

ということは、生徒はある程度のスピーチのスキルや読解力や文章力が必要で、学年も上になれば討論や個人研究もあるので、思考力や判断力、リサーチスキルなども要るようになる。
そして全てはアカデミック英語なので英会話教室で習ってきた趣味の紹介やスポーツの話などの語彙では間に合わない。

残念ながら、アメリカに住んでアメリカの高校に通っているだけでは英会話は上手くなっても、アカデミック英語は上達しない。各授業で必要とされる語彙、書く物の種類(歴史の論文、化学レポート、数学の証明、美術の評論など)、読む資料の内容などを考えると授業に座っているだけでは9年生なら9年生の“英語”には追いつかないので留学生は中級・上級レベルでも、放課後や週末にも、宿題が終わっても“英語”という課題に常に取り組まなくてはならない。*参考にまで書くと我が校の中級はCEFRのB2からC1、上級はC1から2

英語のサポートが必要な生徒はESLやESOL(学校によってはELLやEAL、ENLと呼ばれる)のクラスを取り、アカデミック英語を時間をかけて伸ばしていく(研究では7年から11年かかると言われています)。
でもESLの子たちもアメリカ人の子供と一緒のクラス(歴史も数学も心理学も)に座っているので、この子たちの理解力・発言力を上げるために、どうサポートしようか、と私たち教師たちは一緒に考えたのだ。

ちまたにはたくさんの教え方のヒントや使えるウェブサイトやらがあるけれど、私が考えた一番大切なサポート方法は “共感する心(empathy)” を持つことだった。

教師たちは留学生の苦労はよく理解しその大変さに同情 (sympathy) していた。普段の会話がおぼつかない子が “メディチ家の影響” やら “ヴォルテールの風刺” を理解するのはほぼ不可能なことはわかっている。だけど、それがどれほど辛いか、どんな工夫をしないと前に進めないか、どんな予習をさせれば心細さが和らぐのか、がイマイチ想像つかない。

私は30人の同僚に、私の生徒として授業を受ける実験を持ちかけた。
そして日本語で光合成について15分のレッスンをした。

たった15分のレッスンで私が使ったサポートは3つだけ
1 画像とジェスチャーをたくさん使う
2 重要な単語を繰り返す、そして黒板の端に書いていく(最後には10個ほどたまる)
3 隣の人と会話をする時間を持つ(自分の理解の確認)

同僚の中に1人だけカタコト日本語ができる先生がおり、彼が質問の口火を切る。
“Sanso は なんですか?”
“SansoはO2です、空気の中にあります(スースーと息を吸うマネと手振り)“

この会話だけで他の生徒たち(教師)は “〜はなんですか?” という質問形態を覚える。
そして光合成の仕組みはわかっているので、難しい言葉(全部難しいのだが)が出ても、あぁ Mizu とは Water か、ということは Hikari は light か、と自分の持つ知識に言葉を当てはめていく。へー、GlucoseはGurukoosu グルコースというんだと共通点も見つける。
隣の同僚とノートを見せ合い自分の理解を確認し、修正したり質問したりする。

この15分間で教師たちは目に見えない生徒たちの葛藤が見えたと喜んでくれた。
何もわからない状態で授業が始まる時の緊張
周りを見て、理解できてないのは自分だけではないかという心細さ
質問を声にする時の恥ずかしさ
早くノートを取らないと、と焦る気持ち
わからないことをわからない、と認められない気持ち
英語だったら簡単なのに、と悔しがる気持ち
先生は自分を馬鹿だと思っていないか、という不安
日本語がわかるクラスメート(同僚)を羨む気持ち

ここから教師は各自自分の教科やレッスンで、どう準備したら、どんなプリントを作れば、どんな宿題を出したら、自分たちが体験した感情を和らげるために効果的かなどを考えて行動した
英語の語彙力だけではなく、母国語での読解力や知識が必要なのもわかったので事前に来週は産業革命について授業するので、自国語でそれについて読んで来なさい、という宿題も出せるようになった。

私たち10年経ってもまだ完璧ではない。生徒たちは毎年成長し、その成長に合わせて私たちのサポートも変わるからだ。
そして残念ながらサポートはある程度しかしない、という先生もいるし、サポートが必要なら自分の授業は取るべきではないと宣言する先生もいる。

知識や技術は学べるけれど、気持ちは経験しないとわかり得ない。

私のやり方以外でもいろいろな方法で学習者の気持ちを体験できる手段はあると思う。

考える時間が人より多く必要な子
数学や理科に恐怖心がある子
絵が苦手で見られるのが恥ずかしい子
大人との会話が苦手な子
スラスラと文章を朗読できない子

生徒たちの内に秘めた苦悩は何も英語のできない留学生に限っての話ではないので、今教職にある人、これから先生になりたい人がどんな形でもいいので “生徒の気持ちになる” 機会があり、それを元にどうサポートしたらいいかのトレーニングが受けられるといいな、と望んでいる。

サポートのファーストステップは Empathy、これは自分にも毎年忘れないように言い聞かせている。

シマフィー

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