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アニーホール

「俺邦画弱いんすよ。何かおすすめとか無いっすか?」

割と困る質問だ。質問者は柳井君と言う大学生で、現在は教員を目指し勉強中らしい。

「好きな作品とか無いの?」
「攻殻とかAKIRAですかねぇ。あとジブリ」

アニメかぁ。候補を出しにくい。

「黒沢明とかは?」
「実は無いんすよ」
「じゃあ羅生門とか、乱とか」
「いや、巨匠の作品は人生の後半にとっときたいんすよ」
「…そもそもどういうのが好きだっけ?」
「割と何でも好きっすね」

柳井君は一言で言うと面倒臭い青年だった。

「ヌーヴェルバーグとか好き?」
「ゴダールとかトリュフォー?好きっすよ」
「じゃあ大島渚とかいいんじゃない?戦場のメリークリスマスとか、白昼の通り魔とか」
「でも日本の役者ってあんま好きじゃないんすよねぇ。やっぱ海外のが上手いっつうか…」

柳井君は若干腹立たしい若者でもあった。

「役者、いいんだけどね。じゃあ疑惑。野村芳太郎の。主役の桃井かおりはソクーロフの作品にも出てるし、信頼出来るんじゃない?」
「じゃあ、それ借りて帰ります。まあ、あんま期待せずに…」

神経を逆撫でする若者は後日、私に感想を伝えた。

「いやぁ、すげえ良かったっす。やっぱ女は怖いっすね。男には無理ですわあんな。気を付けます」

いちいち癪に障る青年だ、こいつを悪魔のいけにえの家にぶち込んでやりたい…そう思いつつも、この憎たらしいが愛嬌がある青年に私は半場嫉妬していた。悪意が無いコメディリリーフ、ホラー映画ならいい所まで生き残るタイプだろう。私がなれなかった人種だ。私はその日の夜勤終わり、休憩室で一本の映画を観た。緩いレンタルビデオショップなら店外に持ち出さない限り鑑賞は自由なのだ。

観た映画は『アニーホール』柳井君の不遜さとウディ・アレンのそれが私の中で重なったのだ。彼が相応に育てばこんな大人になるんだろうか。多分程良いであろう知性を拗らせ続けて女性を追うばかりの人生、そしてそこそこの傷を負い続ける…。…いい気味だ。

以降私は柳井君に腹が立つ度にウディ・アレンの映画を観るというルーティンを作っていた。それが割と面白い日々で、そうなると段々彼の腹立たしさが恋しくなるのだ。ウディ・アレンの映画を全て見終える頃には、私の中で柳井君は気になる異性の一人になっていた。成就させようとも思わないし、ただの娯楽としての思慕だ。誰にも迷惑かけないしいいだろう。

…気付けば私がウディ・アレンの様な立ち位置じゃないか。映画は魅力的だが、危険な毒も孕むらしい。それでも辞められないから、たちが悪いのだ。恋と映画のコメディは。

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