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“見せかけのラベルより奥底の人間性”

自分を実力以上に大きく見せることは、所詮メッキでしかないですよね。そのうち剥がれるものです。

しかもメッキで武装している本人は、剥がれ落ちていることに気づいてもいなかったり。

友人のまあやさんが、Twitterで素晴らしいツイートをされていました。

これを見て、1つ思い出したことがあります。

「ラベル」を工夫することは、僕が以前いた食品業界では「合法的」な手法でした。

お惣菜のラベルシールを、季節や季節のイベントにあわせて変える。中身はこれまでと同じ食べ物なのに、新規性・話題性が生まれて旬な演出ができます。

本来いろんなチェーンにあるものだけれど、ラベルを独自のデザインにすることで、そこにしかない希少性を演出することができます。

ラベルで見せ方を工夫するのは、食品業界ではごく一般的なマーケティングの一環。僕も以前の仕事ではよくやっていました。

けど、自分を大きく見せるのは、国産食材じゃないのに国産と偽って食べ物を販売するようなもので。権威というものの使い方を履き違えていると思います。

ラベルはあくまでも手に取ってもらうための仕掛けであって、中身までいいように変えるものではありません。それは手法ではあるけど魔法ではないということ。

奥底にある人間性が豊かになってはじめて、ラベルの表現が生きてくるものです。

誰でも気軽に情報発信できる反面、情報の受け手にとっては怖い時代でもあります。顔が見えにくいから、慣れない人はラベルの部分で人間を判断してしまうこともある。

情報弱者を狙って自分を大きく見せている人間が、多いように感じます。まああの…演出が下手な人は見るからに怪しいですけどね。

しかし本当に豊かな人間性を持った人は、リアルだろうがネットだろうが素晴らしい人間です。そういった方々のラベルは、あくまで自分という人間をバシッと表現するためのものであって、決して他人を「釣る」ための見せかけじゃない。

そこのところを履き違えないでいたいですね。


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