“Prison Gothic(刑務所ゴシック)” は香港のアイデンティとなるか?
ビジネスに使えないデザインの話
ビジネスに役立つデザインの話をメインに紹介していますが、ときどき「これはそんなにビジネスには使えないだろうなぁ」というマニアックな話にも及びます。今回の話は、あまりビジネスには使えなさそうな話です。noteは、毎日午前7時に更新しています。
今回の話はマニアックなのでビジネスにはなかなかすぐには活きてこない気がします。
「プリズン(刑務所)ゴシック」とは
香港の道路標識は、1970年以降、囚人、つまり刑務所に収監されている人々によって手作り(!)で作られてきています。そんな香港の道路標識を調べまくっている「Road Research Society」という非営利団体があり、彼らはこの刑務所で手作りで作られている標識文字をデジタル化して「Prison Gothic」というフォントにしています。こちらは、その団体のウェブサイトです(工事中ですけど)。
そんな手で彫られて作られていた道路標識が徐々に印刷されたものにとって代わられつつあり、香港の視覚的な文化的記憶の一つを保存するという目的で、Road Research Societyの会長、ゲーリー・ヤウ(Gary Yau)が、デジタル化する「プリズンゴシック・リバイバル・プログラム」をはじめました。
「ゴシック」という表現
欧米では、日本でいうところの「ゴシック体」という表現をあまり使いません。日本で「ゴシック体」という表現が定着した経緯は、『』という記事で紹介しました。アメリカから来たモリス・フュラー・ベントンがデザインした「Alternate Gothic」という書体が輸入されて、和文書体にアレンジされ、このとき、この「Alternate Gtohic」(ゴシックに変わる書体という意味)のオルタネート部分が省略されて「ゴシック」が定着したのがその経緯です。アジア圏でも同様に、欧米では「サンセリフ体(Sans-serif)」と呼ばれている字形が「ゴシック」と呼ばれています。しかしその経緯をわたしは知りません。推測するに日本から輸入されたのかもしれません(根拠なし)。では、欧米では、「Gothic」は何を意味するのか。
欧米でいうところの「ゴシック(Gothic)」
ブラックレター
ブラックレター:Blackletter (Gothic minuscule, Old English)は、西ヨーロッパで生まれた華麗なカリグラフィーまたはタイポグラフィーのスタイル。主にドイツで20世紀初頭まで頻繁に使われてきました。
ゴシック・アルファベット
ゴシック・アルファベットとは、ギリシャ語から派生したゴート語系の文字。紀元4世紀、ウルフィラス(Ulfilas/Wulfila)が聖書の翻訳を目的として開発したアルファベットです。
サンセリフ
サンセリフ、またはゴシックは、セリフの装飾がないタイポグラフィのスタイルです。東アジア(中国、日本、韓国)では、サンセリフを「ゴシック体」呼ぶ。
西ゴート文字(Visigothic script)
西ゴート文字(Visigothic script)とは、イスパニア(イベリア半島、現在のスペインとポルトガル)の西ゴート王国を起源とする中世文字の一種。トレドのスクリプトリア、モザラビアの文化に由来しています。
プリズン・ゴシック
Road Research SocietyのPrison Gothicクラウドファンディング用の動画
冒頭でも触れていますが、香港では1970年以降、道路標識は囚人たちの手によって彫られて作られてきています。そのため、文字や線の太さにばらつきがありました。AFPの記事によるとRoad Research Societyの会長、ゲーリー・ヤウ氏は、6年かけて香港の街にある、1970年代から1990年代にかけて囚人たちによって作られた道路標識500枚の写真を撮り続けてたそうです。そして、その中から収集した600字の漢字をもとに、一般的に使われる約8,000字のデジタル書体にしていきました。Road Rearch Societyはクラウドファンディングを開始し、プロジェクトの最終段階として70万香港ドル(約89,192米ドル≒1200万円)の資金を確保しました。この資金により、Prison Gothicのミディアム(中くらいの太さの)が2022年11月にリリースされる予定です。
2021年、受刑者たちは道路標識などのサービスや製品を通じて、4億9300万香港ドルの商業価値を生み出しています。しかしその仕事に対して、受刑者たちは1時間あたり1香港ドル(0.13米ドル)以下と、法定最低賃金の37.5香港ドルよりはるかに低い賃金しか支払われないことがあるそうです。
繁体字と簡体字
中国語圏では、繁体字(画数が多い)と簡体字(画数が少ない)の2種類が使い分けられています。中国本土では簡体字が使われ、マカオ、香港と台湾では繁体字が使われています。
日本と香港の違い
香港は、1841年1月26日から1997年6月30日までイギリス統治下にあったため(1941年2月25日から1945年8月の日本の降伏まで3年8か月間、香港は日本に統治されていました。この期間を香港では「三年零八個月」と呼んでいます)、上記の通り、英語が併記されています。上部にあるのは「統治」という関係が反映されているためかもしれません。
文化的保存以外の意味
ここ数年、香港は北京からの政治的弾圧下にあります。2019年の抗議デモでは参加者が数千人規模で逮捕されました。こうしたなかで、イギリスの統治下だったころの香港の“独自”のアイデンティを、このPrison Gothicという書体に求める気運が香港にはあるようです。
まとめ
Prison Gothicという書体が、消えつつある囚人の手によって手作りされてきた字形の保存という意図での開発されたものが、文化的保存という枠を超えて、変わってしまうまえの香港のアイデンティを象徴するもの、として扱われ始めています。文字というものが、出自と捉えられ方が合致するとは限らないところは、たとえば日本の書体「淡古印(たんこいん)」にも観ることができました。
これに加えて、Prison Gothicでは、地域の独立性やアイデンティの保持、という意味を持ち始めています。アラブ人の定義が「アラビア語を話す人」であるように、言語ひいては文字は、それを話す人たちのアイデンティに強く結びついているのだなぁということをあらためて知りました。
参照
https://www.hongyoka.work/entry/english
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