見出し画像

「正しくやれば、欧米にも負けない」のに日本の観光がなかなか勝てない理由を、仙巌園のアレックス・ブラッドショーに聞いた

日本国内ツーリズム市場は、パッケージトラベル、グループトラベルといった、未だ独自のアプローチを続けているが、世界市場はFITが既に定着している。そんな状況下でまず早急に改革しなければならないのが、キャッシュレス、デジタルチケット、使いやすい多言語のウェブサイト、正しい言語表記の看板といったデジタル整備である。

日本の本質的価値と魅力を最大限に発信するには、何よりもストーリーテリングが欠かせない。

株式会社しいたけクリエイティブが運営するジャパントラベルアワードの審査員に就任した、イギリス出身のアレックス・ブラッドショー氏(以下、アレックス)は世界へ鹿児島、そして日本を発信している。そんなアレックスに、自身の日本観光に対する思いや経験、日本の観光の弱点、そしてこれからの日本の観光への期待を語ってもらった。

取材・文:本郷アレクサンドラ(しいたけクリエイティブ)
翻訳・編集:本郷誠哉(しいたけクリエイティブ)

画像2

アレックス・ブラッドショー | Alex Bradshaw
イギリス・シェフィールド出身。ユネスコ世界文化遺産に登録される仙巌園で海外営業部長を務めるほか、鹿児島県海外広報官や全国での講演など精力的に活動。2019年には合同会社GOTOKUを創業し、全国の自治体や企業に対しラグジュアリートラベラー市場獲得に向けたコンサルティング等も行う。2021年、Japan Travel Awardsの審査員に就任。2005年より鹿児島県在住で、現在は、日本人の妻と2人の子どもと暮らす。

ー 来日してから仙巌園や日本の観光に携わるまでの経緯を教えてください

アレックス:2005年にJETプログラムに参加して来日し、配属先が鹿児島でした。このプログラムでALTとして5年間勤務後、ブラッドショーイングリッシュスクールという英会話教室を立ち上げました。その傍ら、鹿児島の大学でも教鞭をとったり、ローカル局のテレビレポーターなど活動しました。

2015年に仲間たちと立ち上げたTEDxKagoshima のイベントに、多くの地元企業のスポンサーを頂いていたのですが、今現在所属している株式会社島津興業にご支援を頂いていたご縁で、2016年に入社しました。

ー 仕事をはじめた当初、海外での仙巌園の認知度はどうでしたか?

アレックス:屋久島をご存じの方もいらっしゃいましたが、それでも鹿児島の知名度は非常に低いものでした。仙巌園は2015年に世界遺産に登録されていますが、この場所のストーリーをどのように発信していくのかが非常に重要だと考えています。今現在も国内外の多くの方に鹿児島を、仙巌園を知っていただけるよう、頑張っています。

画像3

ー アレックスさんはどのようなストーリーを伝えようと工夫されたんでしょうか?

アレックス:仙巌園が、実際に島津の殿様が暮らした御殿がある大名庭園だという点が、海外の方が興味を持っていただくポイントだと思います。
どのような背景でこの庭園が造られたのか、その造られる過程ではどのような苦労があったのか。そういったストーリーに魅了されるのではと思います。

ー アレックスさんが仙巌園で実施してきたことは、世界的にみると「当たり前」のことのように感じますが、まだ「当たり前」ができていない日本の観光地は依然と多いですよね。

アレックス:日本全体の観光産業に言えることですが、日本ではその「世界の常識」に順応するまでに非常に時間を要しています。その大きな理由のひとつとして、競合相手がいないことだと思います。既に観光名所化した史跡があれば、変化は必要ないと考えてしまうんですね。でも、時代や観光客の層といった様々な要素に応じた変化を起こしていくアクションは非常に大切です。

ずっと続いてきたのを変えることは、簡単なことではありません。日本の組織体制は、自発的に連携を作っていく作業が非常に苦手なので、それぞれの意識の改革も大切ですね。

ー 日本の観光業界を取り巻くインバウンドの流れは、アレックスさんが観光に携り始めた2016年から変わったと思いますか?

アレックス:大きく変わってきたと思います。ストーリーを伝えていくことの価値に人々が気づいてきたことや、ゴールデンルート以外の地域にもスポットライトが当たってきたことが大きいです。

また、これは新型コロナ拡大の影響もありますが、自治体が在日外国人ジャーナリストを起用しはじめたのは非常に良い流れです。やはり、日本に住んでいるジャーナリストは日本の一般的な文化についてはもちろん、さまざまな知識や経験を持っていますから。

ー 確かに、最近は私たちも取材要請を多くいただくようになってきました。それでは、反対にまだまだ変化しきれていないと思う部分はありますか?

アレックス:依然として多くの自治体が続けている広告出稿の仕方は、税金の無駄遣いだと言いたくなることが多々あります。例えば、インフルエンサーを招聘したファムトリップは特にそうです(編集部注:ファムトリップ = familiarization trip の略称で、メディア、インフルエンサー、旅行代理店向けの現地視察ツアー)。フォロワーが100万いたとしても、コメントや投稿の保存がされてなかったりと、エンゲージメントが低ければ十分なリターンを得られているとは言えませんから。

ー 具体的な改善策としては、どんなことができるのでしょうか?

アレックス:ターゲットの明確化、これが必要です。ファムトリップというと、あらかじめ決められた旅程が朝から晩までぎっしりと詰められていて、昔ながらの団体客向けのツアーのようで面白くありません。あと、よく感じるのは「ジャーナリストに対する信頼の無さ」です。遊び半分で取材に来ていると思っているのかもしれませんが、プロのジャーナリストであれば、読者やクライアントにとって最高のコンテンツを作りたいと思うのは当然です。

「日本の観光が十分に機能していなくて古臭いと言わざるを得ない今の現状は、ここから一気に革新させるためには、ある意味アドバンテージなのかもしれません。」

優れたジャーナリストなら尚更ですが、他のジャーナリストと同じ行動は取りたくないはずです。同じ場所を、同じ方法で、同じ時間に訪れて、同じ体験をするということは、他の人と同じような記事を書くということですから。そこに何の意味があるのでしょう?だから、ジャーナリストにはもっと「信頼」と「自由」が与えられるべきです。

ー 心の底から同意します!では、日本のインバウンドツーリズム発展の妨げになっているのは、どういったことが原因だと思いますか?

アレックス:観光のプロとされている旅行会社や方針の決定権を持っている自治体が、海外ではなく国内の他の地域の動向しか見ていないことが一番の原因だと思います。結果として何が起こるかというと、国内でパイの取り合いになってしまっているのです。例えば、鹿児島の奄美大島には、美しい白砂のビーチやダイビングなど数々の魅力があります。本来、観光客を奪い合うライバルはバルミューダ、バハマ、モルディブなどであるべきですが、残念ながら、現実は東京や北海道など国内の地域と競合関係に陥ってしまっています。

画像4

これは自分たちの地域と特徴が似ている海外の国や地域が、どのようなブランディングやマーケティングをしているかを理解することで解決できる問題です。比較する対象を国内の地域から海外へ移すと、より客観的に自分たちの地域の強みと弱みを理解できるようになります。さらに、海外の類似地域の成功している部分に日本ならではの強みを上乗せすることで、本当のライバルとの差別化が可能になります。

日本ではすべてが日本視点です。それが日本の最大の弱点であり、課題だと思います。

ー 観光のあり方としては、そのほかにどのような問題点があると思いますか?

アレックス:日本の観光は “fact”(事実)を伝えることが好きですが、人は興味のない事柄の事実は耳に入りません。例えば、バルセロナにあるサグラダファミリアについて日本の観光ガイドが説明すると、「この建物は172mあり、1882年に建設がはじまりました」などの事実を伝えるでしょう。しかし、この歴史的建造物を前にしてあるべき問いは「なぜ、人は神を信じるのか」といったものだと思うんです。例えば、なぜ高さは172mになったのか。それは、バルセロナで一番高い山が173mだったからです。つまり、人がつくる物は神が創造した物を超えることはない、という自戒の念が込められた “fact” が、そこにはあるのです。そんな問いや考えに触れることが、変容する自分を感じることができる瞬間で、旅の醍醐味だと思います。
サグラダファミリアの例のように「事実に意味をもたせる」ことで、より人々の好奇心に訴えかけることができる。それはある意味、観光客を啓発するための作業で、教科書通りの事実を伝えるよりも大変かもしれません。しかし、日本の観光における大きな課題は、ここにあるのだと思います。

ー ポストコロナの日本の観光は変わると思いますか?また、日本はどのように適応していく必要があるでしょうか?

アレックス:到来の団体旅行スタイルから変化を起こす良い機会であることは間違いありませんが、正直なところ大きく変わらないのではという不安も少なからずあります。私の日本の観光に対するイメージは、「コンビニ」です。季節ごとに商品のラベルや値段が少し変わるだけで、本質的には何も変わらない。コモディティ化が顕著です。

「日本ではすべてが日本視点です。それが日本の最大の弱点であり、課題だと思います。」

国内観光市場ではそれでも良いのかもしれません。しかし、海外から十数時間もかけて異国の地にきた外国人観光客は、そんなパッケージ商品化された観光は求めていません。もっとホンモノで、リアルで、かつトランスフォーマティブな体験が求められています。(編集部注:transformative travel = 旅で得た発見やインスピレーションが自身の人生をより豊かにする旅のこと)
ここ数年で日本はコモディティ化された観光から脱皮をする転換期にいますし、良い意味でコロナはそれを加速化させています。ロックダウンを経験した人々の多くは大都市ではなく、自然を求めて地方にいくでしょう。従来の観光とは違うモノを求める人は増えるはずです。

しかし、残念なことに、Go To Travelキャンペーンなどのプロモーション施策では、従来通りの観光を取り戻すだけに過ぎません。本質的な変革なしに、政府からの補助金に依存していては、日本の観光業界はこれまで以上に衰退の一途を辿るだけでしょう。

ー ポストコロナに向けて、自治体や観光関係者が考えるべきことは何でしょうか?

アレックス:近年、日本の観光は変化という意味では正しい方向に進んでいます。ただ、どう考えても動きが遅すぎます。これでは変化とは言えません。そして、特に行政は、どのように世界や日本社会から見られたいか、そして地域住民にとってのメリットは何かについてもっと深く考えるべきです。

そしてインバウンドをブームで終わらせるのではなく、サスティナブルな産業にしていくべきです。そうすることで、地域にとっても、そこで暮らす人々にとっても大きなメリットとなるでしょう。これらのアイデアは多くの自治体や観光関係者の頭の中にあるのは間違いありません。しかし、それだけでは不十分です。私たちが常に強く問い続けなければいけないのは「あとどれくらいの時間がかかるの?」ということです。

ー とすると、アレックスさんは日本の観光の未来は悲観的なものだとお思いですか?それとも、奇跡的な大逆転もあるのでしょうか?

アレックス:ここまでお話ししてきて、ネガティブなことばかり言っているように思われたかもしれません。しかし、私は本当に日本の観光を良い方向性へ前進させたいと思っていますし、いずれ日本は世界でトップレベルの観光立国になれるポテンシャルがあると信じています。

特に最近では多くの若い企業が先進的な考えのもと、日本の観光を支える動きが増えてきました。このままの良い流れが続けば、日本は観光のグローバルリーダー的な存在にもなれるかもしれません。というよりも、本来日本はそれを実現できるポテンシャルが十分にあるんです。だからこそ、非常にもったないと歯痒い気持ちになります。

日本が正しい方向性に進んでいけば、アメリカにもヨーロッパにも負けないはずです。そして、日本の観光が十分に機能していなくて古臭いと言わざるを得ない今の現状は、ここから一気に革新させるためには、ある意味アドバンテージなのかもしれません。

ー アレックスさんは今回ジャパントラベルアワードの審査員に就任されました。この取組にはどのような期待をしていますか?

アレックス:ジャパントラベルアワードやしいたけクリエイティブのような新しいイニシアチブやアイデアをもった若い企業の存在がしっかりと認知され、日本が進むべき道を業界全体へ示すことのきっかけにできればと、本当に願っています。

私のように日本の観光に寄与できる外国人の存在ももちろん重要だと思います。しかし、本質的に変えていくためには、何よりも日本人が中心となって進めていく必要があると思います。なので、ぜひジャパントラベルアワードには頑張ってもらいたいですね!

ー 地域の観光に対するアプローチを審査をする上で、アレックスさんが重要と思われていることを教えてください。

アレックス:“Why are you doing this?”(どうしてそれをやっているの?)という質問に対する答えでしょうか。シンプルですが、非常に大切な問いだと私は思います。

また、私が注目している2つのコンセプトがあります。そのうちのひとつは、“Smallest Viable Audience”(事業が成立する最小のオーディエンス)です。要するに、自分たちのアイデアや取り組みに共感していて、ビジネスとして成り立つお金を払ってくれる「コアなファン」のことです。
もちろん、マス市場に向けてアピールしてもいいんです。しかし、本当にコアなファンは誰かを理解した上で、そのファンに向けてすべき形でアピールができているかというのは非常に重要なポイントだと思います。それさえできていれば、十分利益が出るサスティナブルな仕組みが作れるはずですから。

もうひとつ好きなコンセプトは、“Simple Basic Human Truths”(基本的で単純な人間の真実)です。例えば、「ひとりになりたくない」といった人間の性(さが)がそれに当たるかもしれません。本能的に人間がもつ真実と対話をする場。旅行はそうあるべきだと思うんです。だからこそ、旅行を通して自身が変化できる体験や、日常生活に対するモチベーションを取り戻すための大切な時間を提供してあげるべきです。旅行は「使い捨ての商品」ではなく、人間にとってエキサイティングで意義のあることへと戻るべきです。なので、本当に変容的な体験ができる地域やコンテンツに注目したいと思います。

ー アレックスさん、どうもありがとうございました!

ジャパントラベルアワードについて

画像1

ジャパントラベルアワードは「世界中の人々の心に響く日本」を全国から見つけ出す活動です。自治体や団体における観光やダイバーシティ推進に関する取り組み等をもとに、年に一度、グランプリを含む10のカテゴリーで日本の新しい「感動地」を各業界のエキスパートらが審査・表彰し、世界に向けて発信していきます。

公式サイト: www.japantravelawards.com

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?