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【小説】あと17日で新型コロナウイルスは終わります。

~産科医療補償制度の専用サイト~

⚫⚫さんとそのパートナーの所在が不明になってからの数週間、保健センターは手を尽くしていたが、成人しているカップルが、親族から警察に行方不明も出されていないのにどうすることもできなかった。

⚫⚫さんの小学生の二人の子どもに対しては、児童相談所が介入していたが、⚫⚫さんにすら接触できない現在はどうすることもできなかった。

「もう!どうにかならないのかな⁉」

看護師が小さく悲鳴を挙げると、事務スタッフが言った。

「産科医療補償制度から調べてみましょうか。」

と言い出した。

「どういうこと?」

看護師はもちろん産科医療補償制度は知っていたが、そこから調べられるとはどういうことだろうか。

ここで、産科医療補償制度について簡単に説明する。

✔1分娩あたり16000円の掛け金で、重度脳性麻痺の子どもが産まれた場合、最大3000万円の補償が出るというもの。
✔この制度には、全国の産婦人科の病院・診療所(クリニック)の99.9%、助産所の100%が登録している。
✔上記の登録している医療機関のみ、運営元のサイトのIDやパスワードが特別に発行され、登録されている妊産婦の個人情報を厳重に保管・管理している。

⚫⚫クリニックはお産施設のない医療機関であったが、妊娠中期(22週~)以降も妊婦健診に通う妊婦さんがいるため、初期に転院する妊婦さん以外には、この制度の書類に記入をお願いしていた。

⚫⚫さんにも、「当院では16000円は頂かない。」「他の皆様にもご記入を頂いている。」と言って記入してもらっていた。

記入後、本人控えを⚫⚫さんに渡し、総合病院には紹介状と一緒にこの本人控えも見せるように⚫⚫さんに伝えてあったのだ。

事務スタッフが産科医療補償制度の特別なサイトの画面を見せながら、看護師に説明した。

「このように、妊婦さん一人に、一つの管理番号が与えられるんですよ。」

「この“管理番号”って、誰が決めているの? 重複しないの?」

「この制度の運営元から専用の用紙が、制度に加入している99.9%の産婦人科の医療機関のみに送られてきて、その用紙1枚毎に一つの管理番号が印字されています。その用紙に記入した妊婦さんは、その用紙に書かれている管理番号になります。管理番号は一つしか存在しないので、重複は有り得ません。」

「うん。」

「その用紙を見ながら、わたしたち事務は、管理番号、氏名、生年月日、電話番号、お産予定日などを入力していきます。実際、やってみますね。」

カチャカチャカチャカチャ……、何人か入力していると、途中で事務スタッフの手が止まった。

「ほら見てください。こんな感じにですね。⬛⬛さんは、『今回の妊娠で医療機関にかかるのは初めてだ』って、問診表やカルテにも書いてありますけど、実際は妊娠9週のときに別の医療機関にかかっていますね。“同名で、かつ、同電話番号で該当者あり”って表示がありました。前医で記入した姓は、当院のカルテに書かれている旧姓と一致することがわかりますし、国内で同時期に同じ携帯番号を持つことはあり得ないので、同一人物確定です。前の管理番号が優先されるので、これを取り込みます。」

カチャカチャ

「なんで、当院に来たとき、前医にかかっていたことを内緒にしていたの?」

「それは、ほんとうのところは本人に聞いてみないとわかりませんが、考えられるのは……」

✅前医には1回くらいしかかかっていないので、わざわざ報告するまでもないと思った。
✅前医とソリ合わなかったので転院し、そのことを当院には言いたくなかった。
✅ドクターショッピングしているから。
✅何か隠しておきたいことがあるから。
などだった。

「当院にかかって、産科医療補償制度の用紙にご記入して頂いた妊婦さんはこのようにすべて専用サイトに登録します。妊婦さんは、次の新しい医療機関に受診されたときに、その用紙も見せます。新しい医療機関はそこに書かれている管理番号を入力すると、前医情報が引き継がれます。すると、前医のパソコンの画面からは、その妊娠情報が消えます。」

「消えちゃうの⁉」

「はい、この設定画面からは消えます。でも、そうすると、こちらとしては、安心するんですよね。ちゃんと、紹介先に転院したってわかるので。でも、⚫⚫さんはまだ表示されていますね。」

⚫⚫さんの情報は確かにまだそこにあった。

「99.9%の産婦人科の医療機関のうち、まだどこにも行ってないってこと⁉」

「ただ、当院が渡した産科医療補償制度の本人控えを次院に提示せず、かつ、別の携帯番号を知らせた場合は、次院のスタッフが新たにサイトに登録したときに、“該当者なし”となり、新規登録されることもありますので、当院の画面から⚫⚫さんの情報が消えないからと言って、他院にかかっていないとも言いきれないのですよ。」

「はあ~。」

「毎日、このサイトをチェックして、⚫⚫さんの情報が消えたら、すぐに知らせますね。」

「そうしてくれる? お願い。」

不安はまだまだ解消されなかった。

新型コロナウイルスが終わるまで、
あと17日。

これは、フィクションです。

 ◆自殺を防止するために厚生労働省のホームページで紹介している主な悩み相談窓口

 ▼いのちの電話 0570・783・556(午前10時~午後10時)、0120・783・556(午後4時~同9時、毎月10日は午前8時~翌日午前8時)

 ▼こころの健康相談統一ダイヤル 0570・064・556(対応の曜日・時間は都道府県により異なる)

 ▼よりそいホットライン 0120・279・338(24時間対応) 岩手、宮城、福島各県からは0120・279・226(24時間対応)

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