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絡まれ

マルコポロリ!の「祝!結成20周年これからどうすんねんSP」という回は、スーパーマラドーナ、ギャロップ、女と男といったお笑いコンビ3組を特集した回だった。

ギャロップの林さんがこの20年を振り返って、上がりもせず下がりもせず、
低めなところをずっと維持していると言った時、東野幸治さんが
「現状維持っていうのは結果的に下がっているということです。何故なら新しい人がどんどん増えていくから。すごい冷静なこと言うんてるんですが、現状維持って下がってる」
と言った。林さんは理解しようと東野さんに向かってに耳を寄せると、東野さんは「耳遠いんですか?」と言った。

知人との会話中に、東野さんの言葉が浮かんで口にしたのは、私たちもそれぞれの道を少しずつでも上向きに、前に進んでいかねばならないような気がしたからだった。
「君は誰かの言葉を時々思い出すよね」と相手は言った。
「そうだね、本人はどうってことない気持ちで発している言葉でも、何故か残っていたり、後から響くことってあるよね。時々思い出すことがあるよ。意味があったりなかったり」

ある作家の奥さんが「貧乏で孤独は嫌よ」と言った。
ある映画の青年は「僕は若いが、昔ほどに若くはない」と言った。
学生時代の教授は年賀状に「変わらない強さと、変わる勇気を持ってください」と書いてくれていた。
武者小路実篤「……許す」

中学生の時、教室の自席で大人しく勉強していると、同じクラスのヤンキーの女子に絡まれて、鹿内(しかない)さんという、こちらもヤンキー色強めの女生徒を指差して
「ねぇ、『鹿内さん、消しゴムかしてけろ?』って言ってみてよ」
と言われた。私は言われた通りに東北訛りで真似てみせた。
すると相手は大笑いして、飽きるまで何度も言わされた。
ああ、これは「言わされた」話か。

このヤンキーには自転車を二人乗りさせられたこともあった。

自転車を漕げと言われて相手は私の肩に捕まり、ハブガードに足を掛けた。
生まれて初めての二人乗りで、体力がなく足腰の弱い私は、平地は恐ろしいほどの低速で何とか進めたものの、少しだけ上り坂になると少しも前に進まなかった。私はゆっくりと地面に両足を着けて後ろを振り返り、ヤンキーの顔を見上げた。ちょっとケイト・モスに似ている。
彼女は怒ったり苛ついたりする様子もなく、代わりに私を後ろに乗せた。彼女が漕ぐと上り坂でもぐんぐん進んだ。高低のない道になるととても速い。そしてハブガードに足を掛けただけで立って乗るなんて、なんて不安定なんだろう。この人たちはいつもこんな体勢で平気な顔をしているのか。私は振り落とされないように相手の両肩をぎゅっと掴んだ。

天白川の土手の夏の夜風が私の髪をなびかせた。


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