【リブリオエッセイ】書かずにいられないという病(やまい)



今月の課題本 失敗の科学

▼2023年7月ふみサロ課題本
「失敗の科学」マシューサイド(ディスカバー・トウェンティワン)

 ▼本文
 私が初めて発病したのは、中学1年生の時。1万文字ぐらいの小説。内容はロボットものSF。(機動戦士ガンダムの影響)遊び感覚で夢中で書いた。初めて作詞したのが、中学3年生の時。日本語歌詞も英語歌詞も両方書いていた。遊び感覚だと、好きなように、楽しく書ける。大学4年生になった時、何の根拠もなく大学で一番ハイレベルな卒業論文を書いてみたいと思うようになった。専門書を10冊以上買い込み、就職活動以外のほとんどの時間を執筆に費やした。枚数にしてワープロ用紙120枚ぐらい。タイトル「流通業界における顧客管理データベースマーケティング」~教授へのプレゼンでは絶賛された。これが、後にライターができるようになる上でのターニングポイントになっている。

 電子書籍のゴーストライターになった時、ビジネス風の小説を書かなければならなくなった。7万文字ぐらいになったが、締め切りさえあれば、書ききれた。奥土居美可さんから作詞の依頼が来た。何がなんでも書かなければ……と念じてから書き始めると……書けた! 追い込まれれば、書ける。目的がはっきりしているものなら書ける。書けない時は、目的がはっきりしてない時か、何が書きたいのか、自分でもよく分かっていない時。物書きこそ動機が全て。

 ふみサロに入ったのは、その後である。エッセイを書いた事は無かったが、書けるような気がしたので入会させていただいた。願えば、書ける。2020年の9月に、エッセイ集出版プロジェクトの編集長になった。最初からできるイメージしかなかった。やがてエッセイ集は完成した。(これはチーム戦だったので、もちろん参加者全員の願いの成果)願えば、完成する。……ここまで、割と上手くいった事ばかり書いてみた。しかし、上記以外では、たくさんの失敗を繰り返している。40代後半、起業で失敗、破産、離婚、もはや、人並み以上にできるのは、書く事だけしかない。イメージできれば、書ききる事ができるのは長所。書きたい事が多過ぎて、一つに絞れないのが短所(マンネリを嫌う→常に新しい事を好む。そんな私の履歴書は汚れている。プロフィールを書くとハチャメチャになってしまう。(たぶん、何らかの発達障害、今や、ビジネス書に関しては書く気なし)

 私は①詩歌②エッセイ、小説③論文……と、テーマがバラけている。しかし、大谷翔平さんが投手だけに絞る、打者だけに絞る事が出来なかったように、ジャンルを絞る戦略は取れない(捨てられない症候群)。私は、いろいろ書かずにいられないという病にかかっている病人なのかもしれない。次の試練はいつ来るか? 詩人の坂村真民さんは、”念ずれば花ひらく”という詩を書いたが、私の人生は”念ずれば文(ふみ)ひらめく”だと思っている。物書きにとって、たくさんの失敗はネタの宝庫にしかならない。失敗をバネに、武器に、とりあえず書き続けていくという意思だけは固く決めた。死ぬまで書き続けていく事も決意している。後は……今決めている事は、とりあえず……それだけ……なのである。

▼追伸
・上の作品はver.2です。比喩を多用したver.3を描き始めたところ、大幅に文字数を超えそうになったので辞めました。

▼今回の作品の執筆意図
 失敗がテーマの本だから、失敗について書くべき?
……はい、最初はそう思い、プロットを書く為に、人生における失敗リストなるものを書いてみたのです。すると、たくさんあり過ぎて具体的なエピソードを入れ込んでいくと、中途半端なエッセイになりそうな気がしました。同時に、失敗の逆、人生で上手くいった事リストも書きました。その中から創作に関するエピソードだけを選んで完成したのが今月のエッセイです。
 私は、かつてコーチ・コンサル起業して失敗しました。その時、ライティングに関する事は人並み以上、ライティングと関係ない事は、人並みか人並み以下でしかないという厳しい現実の上にさらされました。その時の反省から、現在の自分に繋がっていることにも関連しています。

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