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夢想小説「国分寺市北町一丁目」

(以下に続く作品は、本日私がみた夢を元にしたフィクションです。
したがって、実在の人物・団体・スポットとは一切関係ありません。)

 その日、私は杉並区の環八通り沿いにある、安普請のアパートにいた。
 いや、正確に言えば、私はある男を待っていたのだ。

 その男は、某レストランのオーナーで、年は50前後と言っていただろうか。今までたくさんの苦労をしてきた方なのか、食のことのみならず、どのようにしてお店に客を呼び込むのか、そのことを考えるのに一切妥協をしない。いわゆる職人気質の人であった。

 しかし、それにしても遅い。私はもうかれこれ30分ほど待たされていた。
 仕方がないので、私はアパートの郵便受けの前で待っていた。目の前の緑色のポストには、もう何日も開かれていないらしく、チラシが隙間なく差し込まれていた。まるでフォワグラにされるガチョウの檻のような、そんな窮屈さを覚えた。

 しばらくして、男が現れた。

「いや〜すみません、待ちました?」
「それなりに」

 さすがにそのセリフはないだろう。人を散々待たせておいて、すみませんの一言だけなのか。しかし、ここで腹を立てて苦言を呈しても仕方がない。最も、そんなに深い仲ではない。
 気を取り直し、私が男に目を合わせると、彼はさらに続けた。

「じゃあ、始めましょう。とりあえず問題はポストの中のチラシなんですが・・・」

 私は何か言おうと思った。そもそも、なぜ私が今日ここに駆り出されたか、その理由が判然としないからだ。ただ、そうこうしている間に、男はチラシでパンパンになった緑のポストの前に立ち、中を開けた。
 大量のチラシが、勢いよく床に散らばっていく。
 あっけに取られている私を横目に、男は落ちたチラシの山の中から、無造作に折り重なったチラシの束を取り出した。
 そのチラシは、どこかの店のメニュー表で、隅の方には簡易的な地図まで添えられていた。

「あのう〜、いったい何が」

 男は私のことは気にも触れず、熱心に同じ内容が書かれたチラシの束を眺めていたが、やがて顔を上げて一言つぶやいた。

「う〜ん、どうもなぁ。このチラシ、全般的にデザインがなっていない。これは良い見本だ」

 正直面食らった。いきなりやってきて、チラシを見るや否や、全くデザインがなっていないとは何事だろう。私は、すかさず尋ねた。

「そうですか。では、どういうものなら良いのですか?」
「じゃあ、ちょっとこの店に行きましょう」

 まさかこんな展開になるとは思わなかった。私も彼の熱意に押されるような形で、同行することになった。

 私たちは電車に乗り、同じ東京の国分寺市へ向かい、そこからバスで、北町一丁目にある某寺の境内へ来た。
 境内は人気がまるでなく、ただ木々の隙間からの木漏れ日が眩しかった。
 男は、杉並のアパートから取って来たチラシと睨めっこしていた。
 お目当てのお店がなかなか見つからないのである。

「この辺ですかね」
「うん、多分だがね、この辺りで間違いないとは思うのだけど・・・」
「ちょっとチラシを貸してください」

 私は、彼が持っていたチラシを貸してもらい、そこに書かれている地図をよく確認した。
 チラシに書かれている地図は、えらく簡易的であった。それによると、道は意外に簡単そうに見えるのだが、それでも見つからない。私は今一度、辺りを見回した。
 すると、私の視線の先に目立たないが、一本の小道が伸びているのを見つけた。
 さらに、その横の塀のところに番地表示までなされていた。そうか、そういうことか。
 私は確信した。

「この店、このお寺の裏ですよ」
「なんだって?」
「だって見てください。この番地を」

 私は番地表示のプレートを指差した。
 プレートには「国分寺市北町一丁目3X番地」と書かれていた。
 
「そうですよ、ほら、見てください」

 私たちは、小道の方に駆け寄った。

「この小道の坂を下り下った裏にあるんですよ」
「なるほど」
「多分、ここが崖になっていたからわからなかったのでしょう」
「行こう」

 道がわかれば、話は簡単である。そうか、なぜそんな単純なことを見落としていたのだろう。
 とにかく、その小道を下って崖の下の方にやって来た。
 すると、すぐにそれと思わしき建物を見つけることができた。

「あ、ありました!」

 私は彼に一軒の「家」を指差して言った。

 その店は、住宅地の合間にあった。一軒すると普通の家の門構えなので、下手をすると見逃してしまいそうな気配であった。
 ただ唯一、両脇に石垣ごと鎮座している大皿のみが、その閑静な空気を打ち破るかのように、異彩を放っていた。見たところ、大皿はおそらく、伊万里焼の大規模なものと拝見し、皿の真ん中には赤い龍の絵柄が描かれている。おそらく、この店のオーナーが特注したのだろう。

「ここですよ、お店は」
「ああ、確かにここだ」

 お店の名前は「和菓」というらしい。入り口の上に大きな筆文字で看板が出ている。和菓子屋なのだろうか。しかしながら、入り口はまるで中華料理屋のそれといった門構えである。

「あれ、でもなぜか閉まってますよ」男が言った。
 私は、思わず入り口を見返した。確かにエントランスのところはシャッターで覆われている。それでいて、閉店したとも何とも、張り紙もしていない。

「おかしいですね」

 私たちは、顔を見合わせて困惑するだけだった。

 後日、私は一人で、同じ店の前にやって来た。
 相変わらず、店はシャッターが下りたままであった。
 しかし、前回来た時と明らかに違う点があった。

 店の両脇を固めていた大皿二枚が、ものの見事になくなっているのである。そして、その石垣の台座のみが、主人を失ったかのように、侘しく佇んでいるだけであった。
 どうやら、破損したか、あるいは盗難にでも遭ったのか、私にはわからない。
 ただでさえ、あの大皿は目立っていたのだから、標的にされてもおかしくはない。
 再び石垣に目をやると、大きな張り紙で「諸事情のため、展示できません」と殴り書きしてあった。

 私は、なんだか虚しい気持ちに苛まれるのみであった。

あとがき

 冒頭にも述べていますが、今までの話は、全てフィクションです。
 東京都国分寺市北町一丁目は実在しますが、この物語の世界とは大きく異なります。

 実際、ここで目が覚めました。
 この話は、今朝見た夢を元にして、私なりに解釈をして、お話の形に収めているものです。
 今回の話もそうなのですが、私の見る夢は、妙にリアルなことが多く、良かれ悪かれ、夢に翻弄されることが多くあります。
 時には、覚醒して数時間、「あれは本当なんだろうか」というふうに思うこともままあり、今回の夢もあまりにリアリティーが高かったので、ついGoogleマップで夢に出てきた施設を検索してしまいました(もちろん、当該施設は実在しません)。

 夢というものは、怖いこともありますが、至ってシュールです。
 今まで、自分が見聞きしてきたことが、パッチワークのように組み合わされているのですから。そうやって、この夢の元ネタはなんだろうと、探っていくのも面白いです。

 ほとんどの夢は、起きると同時に忘却してしまうことがほとんどですが、時にはこの夢のように、覚えていることもあるのです。

 とにかく、最後までリアルなようでシュールでしたが、ご覧いただきどうもありがとうございました。

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