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結局さ、持ちつ持たれつなのよね~女性の働き方問題について考える~

みゆさんの記事を読んだら、私が妊娠した時のことを思い出しました。あれは15年ほど前の事です。

2006年に再婚した私は、当時北九州の営業所で働いていましたが、全国的な統廃合と経費節減の流れから、営業所が閉鎖されることになりました。
(博多に支店があるため統合という形)

という訳で2007年春に支店に移った私ですが、その年の夏ごろに妊娠が発覚して年末には産休に入る事になりました。

ちなみに営業所ならば事務員は一人。産休も育休も取れるはずのない状況だったので妊娠=退職という流れになるはずでしたが、支店に移ったために大体の仕事を先輩が請けてくれてお休みをいただけるようになりました。

が、当時支店では結婚後子供のいない先輩と、同級生の女子だけが既婚者であとは独身女性。産休を取ったのは30年前に当時の製造事務をされていた先輩のみ。
ほぼパイオニア状態でした。

総務に居た先輩女性も独身でよくわからない中、丁寧に色々調べてくださったのですが(ありがたい)産休中から育休中にご両親の介護で退職され、その後転勤してきた主任(男性独身)が引き継いでくれました。
まあまあその主任がやらかしてくれた(交通費が一年入ってなかったww)ものの、慣れない仕事は大変だったんじゃないかなあと。その後は私の後輩女子(当時は独身)が一生懸命頑張ってくれたおかげで、私の後の何人か産休に入るときもスムーズになりました(話を聞いている限り)。

産休が明けて戻ってきた時に、いろいろ気を遣ってもらったことを覚えていますが、私は出来るだけ迷惑をかけないように気を張っていたように思います。
ちなみに母が当時50代後半だったので、困った時は呼び出して子供たちをお願いしていました。(早迎えや発熱時など)
自宅まで片道1時間半という中距離通勤をしていたもので、どうしようもないというのもありましたが、全面的に協力してくれていた母親のおかげで何とか働けたようなものでした。

ただ、これを無かったことにしてはいけないと思ったので、先輩や後輩などには事情を説明して、親に迎えに来てもらっているという話はしていました。
親には少ないけれど交通費+アルファと晩御飯の準備(温めるだけの冷凍の弁当など)をしてました。
食べ物は簡単な調理でいけるものを常に常備してましたね。

そんなこんなで半年近く経過した時でしょうか。
先輩の義理のお母様が危篤になり、福岡から青森に行かないといけなくなりました。
当時は新社に統合されるという時で、熊本にあった事業所が統合され、熊本の先輩が辞められることになったために引継ぎをしないといけないという事まで決まっていた矢先の事でした。

先輩の仕事を独身の後輩だけに任せるわけにもいかない為、母に事情を説明して出来るだけ残業できるようにし、積極的に仕事をして後輩だけに仕事をさせないようにし、なるべく同じ時間に帰れるように調整して働いてました。
この時期はかなりハードで、1カ月くらいかかったでしょうか。危篤と言いつつもなかなか亡くならず、ご本人も焦っていたようですし、距離があるためすぐに帰ってくるわけにもいかずに宙ぶらりんな状態、落ち着くまでそれから二週間ほどかかったかなと思います。

結局何とか後輩と私の二人で乗り切ることができ、先輩からは感謝されました。(うちの母親のおかげでもある)
事後に先輩から聞かされたのですが、
「守屋さんが子供がいるからと言って先に帰ったりほったらかしにしなかったからやってこれたとFちゃん(後輩)が言ってたよ」と。
で、この時から職場での評価が上がったなと実感しました。明らかに信頼されていると感じるようになったのです。


私のように出来る人ばかりじゃないし、どうしようもない人もいるんだと思います。恵まれているのは百も承知です。が、
やれるときに「漢を見せる」ことは大事なんじゃないかなと。
あの人がやってるから助けてあげたい、と思われる人になる事が長く働くためには大事だよなと思うわけです。

もちろん私みたいに働く人がいるから、そうでない人が肩身の狭い思いをするのは違うと思っていて、恵まれているからこその他者へのサポート体制を取ることも必要だと思います。
一人一人それぞれの事情があり、育児が無くても介護や病気を抱える人もいると思うので。

出来るときにやれることをやる。そうでないときはサポートしてくれる人に感謝する。
それでいいんじゃないかなあ。

結局は持ちつ持たれつなので、手が空いている時にはやれることをサポートする、という姿勢が大切だよって話でした。

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