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よくある田舎の、どこにもない物語。地域と取り組むブランディング『みさとと。』【Insight Magazine】

こんにちは、シフトブレイン “Insight Magazine”です。

“Insight Magazine”とは、成果物のビジュアルや写真、動画だけでは伝えきれないプロジェクトの内側に焦点を当て、掘り下げていくマガジンです。
実際にクライアントやパートナーを招き、シフトブレインのメンバーとプロジェクトの紆余曲折やその後の効果・影響についてお話しいただきます。

今回は島根県美郷町(以下敬称略:美郷町)と共に、島根県美郷町魅力再発見プロジェクト『みさとと。』を振り返ります。

島根県美郷町
島根県のほぼ中央に位置し、中国地方でもっとも雄大な河川である「江の川(ごうのかわ)」が貫流しています。人口は4600人ほど(※プロジェクト開始時の2019年時点)の小さな町です。
町の特産品は山くじら(いのしし)で、独自の製法による臭みのない肉はもちろん、皮革を使った財布やペンケースなども人気です。この山くじらの取り組みは47都道府県のうち、46の都道府県から視察を受けています。
また、インドネシアバリ島マス村と四半世紀に渡る交流を続けています。バリ島の自治体と交流があるのは、全国の自治体の中でも美郷町だけであり、近年では美郷町内にバリ島の伝統音楽「ガムラン」の楽団結成や、バリ島に特化した技能実習生の受け入れを行うなど、取り組みが発展しています。


プロジェクト概要

本プロジェクトは、島根県美郷町 嘉戸(かど )町長の「美郷町の創生のため関係人口(※1)を増やしたい。そのために世界一のホームページを作りたい」という思いから、スタートしました。シフトブレインは、2019年初頭から美郷町リブランディングのパートナーとして様々な取り組みに関わっています。

※1 関係人口:移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域や地域の人々と多様に関わる人々のことを指します。

2019年にプロジェクトの一環として制作した美郷町PRウェブサイト『みさとと。』が、Awwwards「Site Of The Day」、CSS Design Awards「Website Of The Day」、さらにFWAにて「FWA Of the Day」とWEBの世界3大アワードを受賞。
2020年にはリブランディングプロジェクトとして、国際的デザイン賞である「Communication Arts 2020(Interactive Annual部門)」と、「Red Dot Award 2020(Brands&communication design部門)」を受賞しました。

この記事では美郷町企画推進課の矢渡 正宏(やわた まさひろ)さんをお迎えし、5年間以上にわたるリブランディングの取り組みを振り返りつつ、今後の『みさとと。』についてお話いただきました。

1. きっかけは、公式ホームページのリニューアル

——矢渡さんが所属されている企画推進課は美郷町ブランディングのメイン担当の課なのですか?

矢渡 正宏さん(以下、矢渡さん):プロジェクト初期のホームページ管理は企画推進課が担当していました。なので、シフトブレインさんへホームページのリニューアルを依頼したのも企画推進課です。
その後に、情報・未来技術戦略課(※2)という課が新設され、ホームページ管理は現在そちらに移っていますが、町のブランディングの脈絡でいうと企画推進課の担当になっています。
僕は当時から企画推進課で、このプロジェクトには主担当として関わっています。1番最初に美郷町が青山のシフトブレインオフィスを訪問した際も参加していました。

※2 情報・未来技術戦略課:2021年に新設された町の課題解決、町民生活の質向上のため、ICT、デジタル技術等を活用した施策の推進強化を図る課。

Client: 矢渡 正宏さん
(島根県美郷町 企画推進課)

山本 真也(以下、山本):あれからもう5年半になりますね。矢渡さんとは唯一、最初から現在に至るまでずっとご一緒しています。

山本 真也
ingraft inc. Producer / Planner)
2011年よりシフトブレインに在籍、2022年5月より独立し現職。
シフトブレイン退職後も美郷町のプロジェクトに参加しています。

——本プロジェクトのはじまりは町の公式ホームページリニューアルの依頼でしたが、当時の美郷町にはどのような課題感があったのでしょうか?

矢渡さん:はじまりとしては、2018年11月に新しく町長が就任したことがきっかけとなります。嘉戸町長はもともと美郷町出身の方で高校は島根県内、その後に東京の大学を出られて、ずっと東京にいらっしゃった方です。その後も美郷町のことを気にかけておられたようで、2018年に美郷町に帰ってこられ、町長に就任されました。

町長は就任当初、美郷町の課題の1つとして町の認知度の低さを感じていて、認知度アップのための取り組みが最重要だと考えていました。認知度を上げるためにはまず町の顔であるホームページの刷新が必要だということで、「世界一のホームページを目指してリニューアルしてほしい」と。でも、一般的な自治体のホームページは少々リニューアルしたところで、大きく変わることはないんですよね。今回のリニューアルでは町自体の認知度を上げるために、話題性のあるホームページにする必要がありました。

——シフトブレインにお問い合わせをいただいた経緯をお聞かせいただけますか?

矢渡さん:僕らもはじめはどこに制作をお願いしたらいいのかがわからず......。色々な課からセンスのありそうな人を集めて、役場内を横断したホームページリニューアルのプロジェクトチームを作ることにしました。
当時は僕ともう1人、佐竹(※現在は情報・未来技術戦略課 課長)が担当だったのですが、彼がそのプロジェクトチームのリーダーになって「どんなホームページがいいのだろうか」とチームみんなで話し合いました。「どうせ作るなら、すごく奇抜なのがいいよね」「一度見たら忘れられないようなホームページがいいよね」などと色々調べていくうちに、シフトブレインさんのコーポレートサイトに辿りつきました。そのサイトが超かっこよくて......!

▼当時のシフトブレイン コーポレートサイト

矢渡さん:また、僕らが制作会社を探している時にもう1つ重要視していたのが「行政のホームページの制作経験がない会社にお願いすること」でした。普通であればそういった経験がある会社を選ぶんですけど、 今回は“行政のホームページ”という枠にとらわれてほしくなかったからです。僕らは世界一のホームページを作らなければいけないし、結果も出さないといけない。町長が持っていた課題感に加えて、僕らが指令として受けた使命感みたいなものがあって。そんな中でシフトブレインさんが「なんだかすごそう!」となり、すぐに問い合わせをしました。

山本:当時のチームメンバーで、“かっこいいウェブサイトの持ち寄り会”をされたんですよね。その際にシフトブレインが作った自動車のスペシャルサイトが挙がったというお話を伺った記憶があります。その後、そのサイトを推薦してくださった方はその自動車も購入されていましたね(笑)。
チームには企画推進課を中心に美郷暮らし推進課や産業振興課の方もいらっしゃって、本当に横断的にメンバーを集めてくださっていたのがすごく印象的でした。あとは若いメンバーが多かったと思います。

矢渡さん:そうですね。全く新しいホームページを作らないといけなかったので、僕と佐竹の判断で固定観念にとらわれにくいピュアなメンバーばかりを集めていました。ちょうどその頃から役場内で横断的に仕事ができるようになってきていたので、色々な課から若い人を集めやすかったこともあります。


2. 町にとっての“良いこと”を考え、継続していくための提案

——美郷町さんからのご依頼内容に対して、シフトブレインは当初どのように考えていましたか?

藤吉 匡(以下、藤吉):「世界一のホームページ」というお題に対して僕らができることは、世界的なアワードを受賞することかな思いました。僕らが得意なことだし、まずはそれを目標にやればいいかなって。本当の意味の「世界一」を考えすぎるとスタックしちゃうんで、とりあえずは自分たちの得意な領域で、できることを精一杯やろうと考えていました。

藤吉 匡
(シフトブレイン Art Director / Designer)
本プロジェクトの制作物全般を担当。

山本:シフトブレインの社内では「面白そうな問い合わせが来たぞ」とテンション高く話してたような記憶がありますね。ただ、シフトブレインは行政のWebサイトを作ったことがなかったので不安もあって......周囲でその手の案件をやったことがある人に話を聞いたりもしていました。「面白そうだけど条件次第かもしれない」なんて思いながら、実際に話を聞いてみたら「世界一を作りたい!」と。その意気込みとそのためにやろうとされていることが、あまりにも僕らのための条件のように思えて「そこまで言っていただいたなら、後にはひけないな」という気持ちになったのを覚えています。

藤吉:初めは美郷町さんが東京に来てくれたので、今度はシフトブレインが美郷町へ行きましたよね。実際に行って話をしてみると、地域の人の雰囲気や風土みたいなものが色々と感じられて。とりあえずの目標である世界的なアワードを受賞するのは通過点として、その先のことも見えてきました。「何年かかってもいいからちゃんと継続して、その時に1番いいと思ったことやろう」という風に思って。そのきっかけのひとつに、当時の副町長から「役場の仕事って、すごくクリエイティブなんだよ」と教えていただいたことがあります。役場のみなさんは自分たちで課題を見つけて解決したり、仕組みを作ったり、良くなる関係性を構築したりしていて、色んな意味でクリエイティブなんだなって思いました。それが早いうちに「町にとって良くなることとは、何なのか?」という視点をもらえた大きなターニングポイントでした。

山本:初めて美郷町に訪問した帰り道でとりわけ象徴的だったのは、「こんなことを考えているんだよね」「こんな風に思った」「こんなのがいいんじゃないかな」という話をした時に、みんな考えている方向性が一致していたことです。藤吉さんが直感的に「あのフォトグラファーとやりたい」と名前を出した方を、同じようにイメージしてるメンバーもいたりして。最初から方向性や具体的なイメージまでが合致することは滅多にないですし、今でも不思議で強く印象に残っています。

——シフトブレインの美郷町訪問後、プロジェクトはどのように進んでいったのでしょうか?

矢渡さん:まずは2018年度内にシフトブレインさんから美郷町のブランディングプロジェクトをまとめた資料をいただきました。要はプロジェクトの提案書なんですが、それが目から鱗の内容で。もともとの依頼であるサイトリニューアルだけではなく、美郷町を認知してもらうために「町民自身が自分たちの町を好きになり、町民ひとりひとりが対外的にPRをしていけるような町にしていく」というスキームも提示していただきました。そこで初めて“体系的に取り組むこと”を教えてもらって、「何のためにやっていくのか」「町自体をブランディングしていくことが本当は大事」ということに気付かされました。この時に提案された施策は大きく4つあり、それが翌年2019年度の施策に繋がっていきます。

山本:提案するにあたって「世界一のホームページを作る」という依頼は、シフトブレインにとってピッタリのお題で、きっとできるはずだと思っていました。一方で、町あるいは町民の方々にとって暮らしがより良くなるようなプロジェクトにしないといけないとも考えていたんです。
ホームページ制作の他に、具体的な要件として「関係人口を増やす」という話もいただいていたのですが、それは当然、短期間で成し得ることではないですし、そのために「長期的にやるべきことを順序立てて取り組んでいきましょう」という提案を考える必要がありました。

——ホームページのリニューアル自体が解決策になるわけではない、ということですね。当時の提案内容は具体的にどんなものだったのでしょうか?

藤吉:シフトブレインのブランディングやワークフロー、企画全体の見取り図のようなものをお見せした上で、ホームページの他に「町にとっての高品質のアセット」も作っちゃいましょうというお話をしました。アセットの中身は大きく4つで、シンボル的なロゴ、クオリティの高い写真、イラストやアイコン、そしてコピーやテキストです。当時は「みんなが宣伝マンになる」という言い方をしていましたが、最終的に町全体が自主的に関係人口を増やしていける状態を作るために、これらのアセットがその一助になるのではないかと考えていました。そこがこのプロジェクトのスタート地点となります。

『みさとと。』のイラストや写真は、町民であれば営利非営利を問わず自由に使用できます。

3. 町民全員に『みさとと。』を届ける

——ここからは、プロジェクトが本格的にスタートした2019年度からの取り組みや制作物について、振り返っていきたいと思います。

◆2019年度

  • 美郷町PRサイト『みさとと。』

  • 役場職員の名刺リニューアル

  • 写真展の開催

  • タブロイド判の新聞を制作、町内全戸に配布

——まずはご存知の方も多い美郷町PRサイト『みさとと。』について、当時の裏話などあれば伺いたいです。

藤吉:実は僕と山本さんで意見が合わなかったことがあって、それが『みさとと。』サイト全体にイラストを使うことでした。当初の提案通り、クオリティの高いフォトグラファーと切り口がユニークなライターにコンテンツ制作をお願いするというところまでは合っていたんですけど......僕はそれら全部をイラストで包みたくて。「普通にいいものを作って出せばいいじゃん」という山本さんと、天邪鬼な僕とでそこだけ意見が合わなかった(笑)。結果的には見た目の話だったこともあって、イラストを全面的に採用することになりました。山本さんは「そこまで言うなら」という感じだったのかもしれないんですけど(笑)。

山本:これは美郷町に限った話じゃないんですが、強く見えてる人がいた時は理屈で納得をするしないに関わらず譲る方がいいと思ってるので、沢山議論をした上でそうなったと思います。今だから言えるけど、僕は最後までそれらが共存するイメージが全然わかっていなかったです(笑)。でも、藤吉さんが「見えてる」なら大丈夫だと思って、最終的にはそれが正解でした。

矢渡さん:これは今初めて知りました!僕らが見た時は、スクロールしたらイラストでぐーんと入っていく世界観が出来上がっていたので「なんだこれ?!」という衝撃しか覚えていません(笑)。

藤吉:そうですね、提案時にはシフトブレインとして「もうこれでいこう!」という気持ちでお見せしているので。

山本:でも、僕もはじめからあそこまで動くサイトになるとは思っていなかったです。ああいった構造や体験のものにしようっていうのは当然考えていましたが、シフトブレインはいつも最後の最後にエンジニアが加えるひと手間以上のアイデアで、とんでもないジャンプをするんですよね。『みさとと。』のサイトはそれがとりわけ印象的な事例の1つだと思います。

細かい技術的な話になりますが、サイトのスクロールの制御の仕方についてもすごく議論が紛糾していました。スクロール自体はブラウザの標準機能としてあるんですが、いわゆるリッチな雰囲気のWebサイトを作る時は、ふわっと止まったりぬるっと動き出すようなオリジナルのスクロールを実装することが当時は多かったんですよね。結果『みさとと。』では標準のスクロールを採用したんですが「それでいいのか?」「もっとぬるっと動かさなくていいのか?」という点を完成間際まで話し合っていたのを覚えています(笑)。

▼デベロッパー視点の『みさとと。』は、別記事でもお楽しみいただけます!

——サイトリニューアル以外に、名刺のリニューアルも行いましたね。

矢渡さん:それまでは職員それぞれがデザインした名刺を使っていたのですが、シフトブレインさんと初めて名刺交換した際に「みんなかっこいい名刺だな」と思って。日本ではまだまだ名刺が使われていますし、組織の顔でもあるのに、それまでの僕たちは名刺というものを簡単に考えていたのかもしれません。名刺単体ではわかりづらいかもしれませんが、全体で見るとブランディングの1つのピースであるという風に理解できていたので、ご提案をいただいた時にはやる気満々で乗らせてもらいました。
実際に完成した名刺は、初めは渡すのも配るのももったいなく感じて......よっぽど大事な人にしか配らないでおこうかなと思ったぐらいでしたね(笑)。今も全職員がリニューアルしたデザインを使って名刺を作っていますし、デザインを統一することによって、職員が一丸となって町をPRをしていることが伝わっていると思います。

山本:裏面のイラストは6種類から選んでいただいてますよね。当時より『みさとと。』イラストも増えているので、今後種類を増やしてもいいかもしれないです!

現在、矢渡さんの名刺の裏面イラストは「神楽」。
裏面のデザインは毎回「可愛い!」と評判が良いそうです。

——同年に開催した写真展や配布したタブロイド紙についても、詳しく教えてください。

矢渡さん:当時の僕は写真展について全然イメージができていませんでした。写真展は単独開催ではなく、毎年ある美郷町の1番大きなイベント「産業祭」の1イベントとして実施したので、お客さんはそれなりに来るのではと思いつつも、素通りされてもおかしくないなと思っていたくらいです。でも実際にはみんなが足を止めて、喜んで見てくれていました。

美郷町の郷土芸能・神楽の写真

藤吉:写真展とタブロイド紙は「町の全員がWebサイトを見てるかな?」と思ったのがきっかけの提案でした。サイトを作ったのに町民の方が知らないのは悲しいので、出来立てホヤホヤの時にお披露目会をするイメージで写真展をできたらいいなと。だから、タブロイド紙も全戸に配ったんですよね。

藤吉:写真展もタブロイド紙もすごく大きい写真で見せるようにしたのですが、それにはきっかけとなる出来事がありました。『みさとと。』の写真をお願いしたフォトグラファーの西部裕介さんとの初回の打ち合わせの際に、西部さんがご自身の写真を大きくプリントしたものを持ってきてくれたんです。それらを1枚1枚時間をかけて鑑賞させてもらったんですが、その体験がとても豊かで。写真を大きく引き延ばすだけで、見る側の感覚がこんなにも変わるんだなと思いました。なので、写真展もタブロイド紙もスマホなどの画面上ではなく、あえて大きく引き延ばされた等身大の写真を直近で見てもらうことで、何かが起きそうだなと考えたんです。

矢渡さん:写真展とは少し話がずれるんですが、藤吉さんが初めて美郷町に来られた時にその辺の落ち葉を真剣に撮られていたんですよね。その時は「嘘でしょ!?(笑)」って驚いたんですけど、外から見るとまだまだ知らない美郷町の素敵なところがあるんだと教えてもらって、個人的にすごく印象に残っています。写真展でも綺麗に切り取られた町の一部を町内の方が「この写真はどこ?」って食いついて見てくれていました。あのぐらいクオリティが高い写真であれば、みんなに伝わるんだと実感しましたね。なので、写真展は自分の町を改めて好きになったり、こんな素晴らしいところがあるんだよって再認識できるいいきっかけだったと思っています。個人的にも新しい発見があり、面白かったです。

写真展の様子

4. じわじわと浸透が進む、2年目以降の取り組み

◆2020年度

  • 移住者向けパンフレット 制作

  • LINE公式アカウント デザイン

——『みさとと。』ローンチの翌年には、町公式のLINEアカウントのデザインも担当していますね。

山本:もともとあったLINE公式アカウントのデザインを整えたいというご相談だったと思います。

矢渡さん:この年にリッチメニューを入れることが決まって、ユーザー目線で使いやすいメニューにしたいと相談させてもらいました。あと、新規のイラストもいくつか追加で作っていただいてます。

『みさとと。』仕様のLINEアカウント画面

山本:2020年時点では美郷町出身の方が住んでいる大阪や広島の登録者が多いと伺いましたが、4年経ってその分布は変わってきたのでしょうか?

矢渡さん:町民の割合がずいぶん増えましたね。リッチメニューを入れたことによってゴミ収集の通知設定ができたりするので、みなさん大体は登録しているようです。町外の登録も着実に増えていますが、今は大阪と東京の方が多くなっています。登録者数はもうすぐ1万人になるので、以前に比べるとすごく増えましたね。人口に占める友達登録の割合では、全国で3位か4位ぐらいです。

山本:1万人になると、200%越えになりますね。

矢渡さん:地道なPR活動で登録を増やしているのと、登録解除をされないために運用方法にも気をつけています。
そういえば、最近世界初のラジオ体操を自作したんです。今後美郷町の公式YouTubeにラジオ体操を掲載するかもしれません。その時にはLINEにも情報をアップしますので、今の内に是非LINEのお友達登録をお願いします。みなさんで体操してくださいね!


矢渡さん:
プロジェクトの2年目以降からは、僕がいる企画推進課以外の相談も積極的にさせていただいてます。移住者向けのパンフレットは美郷暮らし推進課、翌年の町内看板は産業振興課からの依頼です。「みんなもシフトブレインさんにもっとお願いをしていいんだよ」という話をして、今ではそれぞれの課が直接案件のやりとりをするようになりました。

山本:単にホームページが出来ただけでは、他の課も何をやればいいかわからなかったと思うんですよね。なので、今では藤吉さんが初めに言っていた「町にとっての高品質のアセットをちゃんと作る」というのが功を奏しているというか、皆さんにとっても使いやすいものになっているんだろうなと理解しています。そう思っていただけているのは、すごく良いことですよね。

定住支援制度のパンフレット

◆2021年度

  • 町内看板のリニューアルを開始

  • 「みさとと。ネスト」ネーミング審査員、ロゴ制作

  • 美郷町の統一ブランディングによる地域活性化に向けた連結協定 締結

  • 「みさとと。推進室」 設立

——町内看板もその経緯でご相談いただいたんですね。毎年継続してリニューアルしていると伺っていますが、現在はどれくらいの数の『みさとと。』看板があるのでしょうか?

山本:約30ほどかなと思います。

矢渡さん:美郷町に入ったら緑の看板ばかりっていうのが理想なんですが、県や国の看板はどうしても変えられないので......。
この間は役場近くの「ゴールデンユートピア」という施設の入口の看板を変えてもらったんですけど、うちの娘はすぐ気づいて「可愛い!」って言ってましたよ。

看板は2021年に日本サインデザイン賞にて「入選」「中国地区賞」を受賞しています

山本:よかったです!あの大きさとサイズ、立ってる位置は町の風景を変えますよね。もっともっと増えるとより可愛いだろうなとは思うんですけど......一方でやればやるほど難しさを感じるのは、大きい看板を立てるのにはすごく費用がかかることですね。場所や環境によって難しかったりもするんだけど、道案内的には重要な位置だったりして。それに車が通り過ぎるような場所にある場合は、スピードを出して通り過ぎても車内から見えるように大きくしないといけなかったり......。 
あと、看板で案内する先が民間事業者の運営する施設だった場合も、道案内的には重要だけど役場がどこまで関与するのか?みたいな問題もありますよね。僕らが理解してる部分だけでも色々な問題が絡んでいて、調整してくださる役場の皆さんはとても大変なのではと思っています。

矢渡さん:シフトブレインさんと僕らは、通常であれば看板を依頼をする町が「発注者」、シフトブレインさんが「受注者」なんですけど、どちらかというとパートナーみたいな関係なんです。だから、何か障害がある場合はできるだけ取り除いてあげた方がシフトブレインさんのパフォーマンスは良くなるだろうし、それが最終的には町のためになると思っています。だから、人との折衝やプロジェクトを進める時のしんどさみたいなものはあんまりないです。でも、一番難しいのはやっぱり費用の面ですね。

山本:看板という性質上、費用をかけて立ててもそれによる効果はなかなか比例しないものなので......。そういった点を越えられるのがある種の行政の強さでもあると思うんですけど。今も色々な人との調整をしていただいた上で続けることができているわけですし、やればやるほど単なる無邪気なデザインプロジェクトではないと痛感しています。

矢渡さん:僕らはそれが仕事だと思っているので、費用に関しては大変な面もありますけど......それ以外では全然なんともないです。

山本:美郷町さんは最初からそんな感じなので、本当に心強いんですよね。タブロイド紙の時も「僕らがやります!」と快く2000戸に配布してくださいました。これまでにも色んな提案やご相談をしてきましたが、美郷町さん側から「さすがにそれはできない」と言われて止まってしまう企画はほとんどなかったように思います。

藤吉:矢渡さんは他の課との関係性も地続きで、お互いが気軽に相談ができる感じになっているように思います。あと、「○○さんはどうかな?」と町の方にも気を配られていて、すごいです。僕ら都市部の役場と住民の関係とはちょっと違うんですよね。本当に少し遠い親戚くらいの感じで繋がってるんで、すごく有機的だなと思います。だからこそ僕らと得意な領域は違ってくるし、立場を超えて自然と役割分担もできて、パートナーみたいな感覚が生まれているのかもしれないです。

美郷町に開設されたサテライトオフィス「みさとと。ネスト
シフトブレインはロゴを制作しました。

——2021年末には町のさらなる地域活性化に向けて、美郷町とシフトブレインが「地域課題解決に向けた包括連携に関する協定」を締結しました。同時に「みさとと。推進室」も設立されましたね。

矢渡さん:シフトブレインのみなさんには頻繁に町に来ていただいて町民と会ってもらうことも多いので、 町が作った「みさとと。推進室」に所属している人として周知できれば、もっと活動の範囲が広がるのではという狙いから設立に至りました。

山本:そのご配慮に助けられたことは何度もあります。僕はこれまで美郷町に延べ50日以上滞在しているんですけど、住んだことがある土地以外でこんなに通う場所って普通に考えるとそうそうないと思っていて。

矢渡さん:なんなら山本さんの方が、役場の職員より町の人脈が広かったりしますからね(笑)。

山本:行けば必ず誰かを紹介してもらえたりして、皆さんにはよくしていただいています。ありがたいことに美郷町での友達も増えました。

矢渡さん:僕自身も山本さんとはいい距離感でお付き合いできているなと思います。実際の距離が近すぎると話が違ってくるのかもしれませんが、東京と島根という距離感もちょうどいいのかもしれません。


◆2022年度

※3:美郷町はバリ島マス村と友好姉妹都市協定を締結しており、長編記事は締結から30年を迎えるタイミングで制作されました。2023年には、友好30周年記念イベント「バリとみさとと。まつり」が開催されています。

オリジナルグッズは、SHIFTBRAIN GOODS STOREで一部取り扱っています。

◆2023年度

——この年に行われた町民会議とオープンカンファレンスについて、詳しく教えてください。

山本:町民会議自体は全3回の実施で、3回目をオープンカンファレンスとして開催しました。オープンカンファレンスは町民優先ではあるものの、町外からも参加いただける機会としました。

矢渡さん:町民会議の中身については山本さんと何度も協議しましたね。当時は情報・未来技術戦略課ができたばかりだったこともあり、僕らは課としてやるべき町民会議を想定していました。例えば「アセットをどう活用していくか」「より効果的なPRとは?」「そもそもデザインって?」といった内容です。
一方で、山本さんからご提案いただいたのは、もっと広義の“町づくり会議”でした。住民同士がお互いに情報交換ができる場を設けて、「美郷町をより良い町にするためにできること」「美郷町でしていきたいこと」などを話合う機会にできないかと。そこでの意見をひとつにまとめて役場に提言してもらい、実際の施策に繋がっていけば面白いですし、そうなった時に住民自身も「自分達が主役」と感じてもらえるのではないかという企画でした。

僕らもそれらは町全体として取り組むべきこと重要なことだと思いつつも、当時できたばかりの情報・未来技術戦略課には3人しかおらず、恥ずかしながら手に合わない規模になりそうだなという思いもあって。結果的には山本さんが僕らの考えに合わせてくださり、実施した町民会議に落ち着きました。

山本:町民会議の1回目は美郷町の良いところ、嫌いなところをみんなで出し合ったり、「役場に期待すること」をテーマに話し合いました。

矢渡さん:2回目は「全体に効くデザイン、個別に効くデザイン」といったテーマでしたね。デザインから町づくりについて考えていく流れで、最後のオープンカンファレンスは「地域の魅力とはなんぞや?」というのを、スピーカーの方々をお招きしてみんなで考えました。

藤吉:僕は参加できなかったので後日動画で見たのですが、スピーカーのみなさんそれぞれのアプローチが光っていて、面白かったです。


5. 2024年は『みさとと。』メジャーアップデートの年

◆2024年度(予定)

  • バリと、みさとと。 ロゴ制作

  • カヌー競技場サイン 制作

——ここからは少し先のお話を伺っていきたいと思います。今年度は「バリと、みさとと。」やカヌー競技場に力を入れる予定ですか?

矢渡さん:『バリと、みさとと。』のロゴはすでに完成していて、9月から着工予定のカヌー競技場のサインはまさに今から取りかかるところですね。

山本:カヌー競技場はこの先、節目節目の大きな大会で使われていくと思いますが、今年はそういう大きなうねりのはじまりで、すごく重要な1年だと感じています。

バリについてはプロジェクトの当初から話がありましたが、去年「バリとみさとと。まつり」に行った時に目の前でバリの熱を感じて、町民ではない僕でさえ「これだ!」と思いました。これまで美郷町に関わってきたなかでいちばん熱量を高く感じたイベントで、バリとの融合みたいなものは一過性ではなく美郷町のアイデンティティとして成立するだろうと感じましたね。取り組んでいくにあたっても、町民には30年以上のバリと交流によってすでに浸透はしていますし、今後とても重要な関わりになっていくだろうなと思います。

山本:『バリと、みさとと。』のロゴについては、個人的に日本語とインドネシア語の両方のロゴを作った、すごくエポックな出来事だと思っています。この友好関係を美郷町とバリの共有資産として、両者が同じように誇りに思ったり発信したりするきっかけになるといいなと。僕としてはこれが『みさとと。』のメジャーアップデートの位置付けで、『みさととと。Ver.2.0』という気持ちです。今年はもちろん、この先もすごくワクワクしています。

——これまでにない方向に『みさとと。』がアップデートされていくんですね。

矢渡さん:カヌーの競技場には艇庫も建つ予定なので、そこに新しく案内看板も設置されます。ですが、そこで僕らが最初に思ったのは「新しい看板によって『みさとと。』の世界観が壊されないようにしなければ」ということでした。せっかく今まで積み上げてきた『みさとと。』のイメージと全く違う看板ができてしまうとすごく残念だなと思って......。
僕自身はカヌー担当ではありませんでしたが、産業振興課の案内看板の担当者やカヌー競技場の担当者と『みさとと。』の世界観を崩さないためにシフトブレインさんに看板デザインをお願いできないだろうか?と話をしています。

また、看板とは別にそのカヌー競技場にバリのアーティストの壁画も作るのですが、原色を使った絵を描かれる方なので、それにも同様の懸念がありまして。それをシフトブレインさんに相談したところ、藤吉さんが『みさとと。』の世界観に合わせたカラーパレットを作ってくれて、今はその配色のもと制作を進めてもらっています。

藤吉:アーティストさんはMONEZ(モネズ)さんという方で、ザ・バリという感じの表現をされている方です。壁画はMONEZさんらしさを生かしてもらいつつ、モチーフの選定や色、まなざしを『みさとと。』バージョンにしてもらうのが良いバランスになるのではと考えました。これまでの『みさとと。』の配色を共有しながら、忖度なく意見交換させていただいています。

『みさとと。』カラーパレット

6. いつも近くに『みさとと。』を

——これまでの『みさとと。』の取り組みに対して、役場内での変化や町内外からの反響があればお聞かせください。

矢渡さん:役場内では各課の色んな媒体で『みさとと。』イラストを使ってくれるようになりました。何か新しいことを始める時には必ず否定的な人が一定数はいると思うんですけど、『みさとと。』はロゴもイラストも気に入られています。『みさとと。』デザインのポロシャツは、ほぼ全職員が着用していると思います。

矢渡さん:町内では役場から仕掛ける取り組みもありますが、道路工事や産直市の看板にイラストが使われていたり、町民が『みさとと。』のポロシャツを着用していたり、自発的にアセットを活用してくれていることが嬉しいです。つい最近も子供の中学校に行く機会があって、剣道部の子たちが『みさとと。』のポロシャツを着ていました。アセットを使って学生達が自由にデザインしたポロシャツなんですが、そういうの見ると「受け入れられている」とほっこりします。常に『みさとと。』がそういう存在になってくれたら嬉しいし、今後も大事にしていきたいなと。

また、リニューアル後には県外の自治体や議会からブランディングの取り組みを視察いただく機会がありました。視察以外でも、第一声に「すごいホームページですね」と言われます。ホームページのリニューアルを考えている団体から「どうやってシフトブレインを見つけたのか?」と聞かれることもありますね。

山本:制作側としても色々な人から美郷町の取り組みについて聞かれたり参照されたりしてきたので、誇らしいことだと思っています。僕らが用意したアセットが、町内でもじわじわと色々な場所で使われるようになってきていることは、『みさとと。』の本質的な価値を表していると感じますね。


7. 『みさとと。』はつづくよ、どこまでも。

——これから『みさとと。』で、みなさんが目標とすることや目指したいことがあれば、教えてください。

藤吉:『みさとと。』は「よくある田舎の、どこにもない物語。」という副題が示す通り、「分かりやすい地域固有性」以外の部分にこそ地域特有の魅力があると信じてアプローチしていること、そして、その切り口や見せ方によってはさらなる魅力の再発見に繋がるかもしれない、という点に面白さを感じています。この事例が他の人のインスピレーションの源になったり、世界の似たような地域で新しい行動に繋がったりすると素敵だなと思います。

また、僕らは今でも美郷町に行く度に、新しい課題を見つけています。例えば、教育文脈でもうちょっとできることはないだろうかとか.…..そんな風に色々考えているので、『みさとと。』は今後もまだまだ続けていきたいと思っています。

山本:美郷町のような過疎地域が今後どうなっていくのか、どうあるべきなのかはとても奥深いテーマで、さまざまな社会的状況によっても答えが変わってくると思います。その意味では『みさとと。』が目指すべきことも、柔軟に変化していく必要があるはずです。ただ、僕がより根本的なところで思っているのは、美郷町で暮らす人や美郷町に関わる人たちが、自身や地域、コミュニティをより好きになれたり、誇らしく思えたりするための力になりたいということです。

矢渡さん:結局僕らは、何をするにも今までの『みさとと。』の世界観を大事にしたいと思っているんです。それはこれからもずっと変わらないのですが、そこですごく大きいことやりたいというよりかは、気がつけばいつも町民の隣に『みさとと。』があるみたいな、そういう存在にしていきたいなと。
当初の『みさとと。』の文脈とは変わってくるかもしれないですが、バリのインスタグラムを『バリとと。』、マイナンバーを活用した新サービスにも『デジとと。』と名付けてみたりもしています。
引き続き、行政としては『みさとと。』の名称やイラストを使う場面を増やしていきつつ、民間同士の取り組みもさらに盛り上がるように色々と仕掛けていきたいなと思っています。

▼美郷町の公式noteもあります。是非ご覧ください!


制作物

※年度別に記事内小見出しでまとめていますので、そちらをご確認ください。

【プロジェクト期間】
 2018年11月より継続中
【担当領域】
 ・全体企画 
 ・コピーライティング
 ・ロゴデザイン
 ・Webサイト制作
 ・各種ツール類の制作
 ・看板デザイン
 ・その他 デザイン支援

制作クレジット

Client: 島根県 美郷町
Creative Director, Copywriter: Masaya Yamamoto(ingraft Inc.)
Producer, Project Manager: Masakazu Tsuru(ingraft Inc.)
Producer: Rei Yamamoto
Art Director: Masashi Fujiyoshi
Designer: Noboru Oikawa, Roming, Nanako Kono, Tetsu Yamakami
Motion Designer: Junichi Nishiyama, Wonguen Heo
Technical Director: Takeru Suzuki
Front-end Developer, Back-end Developer: Yuhei Yasuda
Front-end Developer, Motion Designer: Serika Ikurumi
Back-end Developer: Hiroaki Yasutomo, Takaaki Sato
Account Planner: Tamami Maekawa
Project Manager: Gen Shibano, Mana Ohtake
Editor team: HEAPS
Photographer: Yusuke Nishibe, Kenta Nakamura
Illustrator: Artello


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Interview,Text: Mihoko Saka