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短編小説・店

この店に入った理由が、もはや僕には分からなくなってしまった。暗闇の中、フクロウは僕をじっと見ている。僕が本当に望んでいたものは何だったのか。

【店】

店に入ると暗闇があり、そこにフクロウがいた。
最初、僕はそれがフクロウだとわからなかった。
暗闇にはするどい大きな瞳がぽっかりと浮かんでいた。
目が慣れるにしたがって、それがフクロウであることがわかったのだ。 
しかし、時間が経過していくら目が慣れても、それ以上のものは何も見えてこなかった。
「僕はどこにいるんだろう」僕は混乱した。
つまり、何を目的としてこの店の扉を開いたのかわからなくなったのだ。
店の看板には確か「レストラン」と書かれていたと思うが、自信はなかった。
何故なら、僕は腹が減っていないのだ。
もちろん、再び扉を開いて店を出るという選択肢もあった。
しかし、ここを出てしまったら二度とこの店には来られないのではないかという予感が僕の足を止まらせた。
「すみません。どなたかいませんか?」僕は店の奥に向かって声をかけてみた。
しかし、誰もいないことは元よりわかっているのだ。
とりあえず、僕は店の広さを調べてみることにした。
すぐ後ろにあるはずの店の扉へ後ろ手に手を伸ばすと、扉はすでにないのだった。
そこで初めて僕は恐怖を感じた。
後ずさったが、どこまで行っても壁はなく、僕はとうとう足をもつれさせ尻もちをついてしまった。
フクロウは驚いて羽ばたくでもなく、大きな目でじっと僕を見ていた。
僕は体勢を立て直し、ひざにバネをためるとフクロウ目掛けて飛び上がった。
フクロウを捕まえようと思ったのだ。
しかしその手は空を切り、そればかりか僕がいくら近づいても近づいてもフクロウとの距離は縮まらなかった。
僕はせめてフクロウの後ろに回り込もうとした。
けれど、そうしたつもりでいても、フクロウはどこから見ても顔を正面に向け、大きな二つの瞳でじっと僕を見ているのだ。
僕は落ち着くために一度動きを止めて、考えを巡らせてみた。
どう考えても最悪の状況だった。
解決する手がかりが思いつけないのだ。
フクロウと僕しかいない中では、フクロウがすべての鍵を握っているような気もするが、フクロウは何一つ握っていないのかもしれなかった。
とりあえず、僕はフクロウに話しかけてみることにした。
「やあ」
手始めに僕はそう呼びかけた。
もちろん、フクロウには何の反応もない。
くちばしを半開きにしたまま、じっと僕を見ているだけだった。
「君には飼い主がいるんだろう?」
「食事はどうやってとってるんだい?」
「この店には他にも客は来たのかな?」
「その人たちはどうなってしまったんだい?」
僕はその先の答えが恐ろしくなって、質問を中断した。
僕の頭の中は恐ろしい妄想でぱんぱんに膨らんでいたが、フクロウは瞬きするわけでもなく、ただ僕を見ているだけだった。
「頼むから、僕を置いてどこかへ飛んで行ったりしないでくれよ」僕は小さな声で囁いた。
僕はフクロウがいなくなった後の暗闇を想像して震えた。
今やこの世の全てはフクロウが支配していると言ってもよかった。
僕は落ち着かず、歩き回った。
どこまで行っても行き止まりはなく、僕は延々と歩き続けた。
足音は暗闇に吸収されていった。
そして、フクロウはいつも同じ距離で僕の正面にいた。
つまり、僕は一歩たりとも歩いていないのかもしれない。
いや。
僕はかぶりを振った。
僕はこの肉体を使って確かに歩いて来たではないか。
しかし、それを証明してくれるものは誰もいなかった。
どのくらいの時間が経ったのだろうか。
腕時計の針は暗闇に飲み込まれていた。
まだ数分しか経っていないような気もするし、もう長い時間が過ぎてしまったような気もした。
手足を振り回しても、触れるものは何もない。
僕は着ているものを脱ぎ捨てると、大声で笑った。
どうせ見ているものは誰もいないのだ。
僕は衝動にかられ、四つん這いになって獣のように吠えた。
口元からボタボタと涎がしたたり落ちた。
僕は自分が崩壊しつつあるのを感じた。
フクロウは相変わらず無反応だったが、変化はあった。
フクロウの後ろに月が上がっていたのだ。
その月明かりで僕は自分の姿を確かめた。
手は毛むくじゃらで爪はするどく尖っていた。
「俺はオオカミ男になってしまったのか」と僕は思った。
しかし、それを判断する認識力を僕はすでに持ち合わせていなかった。
僕は地面を蹴って、駆け出した。
走れば走るほど筋肉が隆起して精気がみなぎってくるのがわかった。
さっきまで怖くて仕方なかった未知の空間が、今では喜びに変わっていた。
僕は涎を垂れ流しながら、走り続けた。
フクロウは大きな羽を広げ羽ばたくと、
僕の肩にとまって「いらっしゃいませ」と言った。

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