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「ジャン・プルーヴェ展 椅子から建築まで」展

新たな素材や技術を用い、多数の家具や建築を生み出したデザイナー、ジャン・プルーヴェ。彼の作品約120点を紹介する東京都現代美術館「ジャン・プルーヴェ展 椅子から建築まで」展に行ってきました! 

前回の「フィン・ユール」展に引き続き、椅子がメインテーマの展示です。

ジャン・プルーヴェ

ジャン・プルーヴェは1901年、画家の父と音楽家の母の間に生まれました。父親のヴィクトール・プルーヴェは、アール・ヌーヴォーの一流派であるナンシー派の作家で、ジャン・プルーヴェの名付親はなんとナンシー派の中心人物でガラス工芸家のエミール・ガレだそうです。
ナンシー派の「ナンシー」はフランス東部の街の名で、前述のガレをはじめたくさんの工芸家が活躍し、アール・ヌーヴォー運動の活動母体ともなりました。プルーヴェ自身、ナンシーに工房を構え、1944年には一年間ナンシー市長を務めるなど、非常にナンシーに関係が深い人物です。

プルーヴェは1920年代に金属工芸家としてキャリアをスタートした後、家具の制作を手がけ、徐々に建築へと仕事の幅を広げていきます。ステンレスやアルミニウムといった、当時新しく登場した素材を用いながら、質の良い製品を大量生産するためのデザインを追求しました。

この展覧会は、イントロダクションでプルーヴェの来歴を紹介したのち、展示前半の1Fでは家具や自転車などのプロダクトを、そして後半の地下1F展示室では建築を紹介するという構成になっています。

プルーヴェの家具デザイン

ジャン・プルーヴェ「本棚」1936,「プレジダンス デスクNo.201」1955, 「ディレク紫音 回転式オフィスチェア No.353 応用形」1951.

展示の最初には、プルーヴェがキャリアをスタートした家具デザインの作例が紹介されていました。初期に限らず、全体的に薄い鋼板を折りたたんで使用した作品が多く、直線的かつ力強い印象を受けます。

ジャン・プルーヴェ「移動式脚立(特注)」1951

こちらは銀行の金庫室用にデザインされたという脚立。すっくと立った支柱と、柔らかな曲線を描く手すりのコントラストが美しいです。

ソシエテ・ジェネラル銀行 金庫室の移動式脚立

こちらは実際の使用風景。写真右側のデスクと一体化した椅子も気になります。(プルーヴェのデザインではなさそう……?)重い扉で閉ざされた銀行の金庫室で、ちんまりこの椅子に座りながら一日中帳簿をつけていた行員とかがいたのでしょうか。なんだか一本短編小説が書けそうな風景です。

椅子、椅子、椅子!

展示室を進むと、プルーヴェが手掛けた椅子が約40脚ほど展示されていました。年代も1930年代から50年代までに渡り、プルーヴェがキャリアの前半にどのようにデザインを進化させていったかという軌跡をたどることができます。
プルーヴェは「家具の構造を設計することは大きな建築物と同じくらい難しく、高い技術を必要とする」という言葉を残しているそうですが、なるべく最小限の部材で美しい形と座りやすさを両立させようとするデザインは確かにデザイナーの技術が反映されるのだろうな、と展示を見て実感できました。

1930年代から1940年代にかけて、戦時中は資材不足のため金属を思うように使えなかった、という事情から脚の素材が鉄から木に変更されていたりと、時代の要請も織り込みつつ細かな改良が重ねられたことが分かります。

ジャン・プルーヴェ 「組立式ウッドチェア CB22 応用型」部品 1947

特に組立式の椅子の完成品とバラした部品とを並べて観られる展示は面白かったです。一見すると木製のコンパクトな椅子ですが、座面の下をのぞき込むと金属のパイプが補強のために使われており、少ないパーツで強度を担保するよう工夫されていることが窺えます。
ちなみに、完成品と部品が並べて展示されているのは2点、「組立式ウッドチェア CB22」と「組立式ウッドチェア CB22 応用型」です。どちらも1947年のモデルですが、バラされた部品を見比べると、「応用型」は金属部品数を減らし、座面をねじを使わず留められるよう改良されているのが発見できます……!(といいつつ、私は同行者に指摘されるまで気づけなかったのですが……)

ジャン・プルーヴェ「カフェテリア」チェア No. 300 , 1950頃.

また、プルーヴェの椅子は、細い前脚に比べ、太く三角形を形作る後脚が印象的。なんでこんなにもがっしりした後ろ脚なんだろう、と思っていたところ、答えの一端がキャプションにありました。「メトロポールチェア」(上記とは別の作品です)のキャプションでは、「プルーヴェは椅子の前脚を浮かせて後脚に座るのが好きだと公言しており、そのために後脚を頑丈にデザインした」というような解説があり、試作品に座って後ろに全体重をかけるプルーヴェを想像してちょっと笑ってしまいました。フィン・ユール展でも、自分のデザインしたアームチェアに横向きに座って、足をひじ掛けの上に伸ばしてくつろぐユールの写真があったのを思い出します。
前述の解説に限らず、本展のキャプションはそれぞれの作品の背景に加えて設計時のドローイングやプルーヴェの椅子がとあるマンガに登場するシーンを紹介していたりと、読むのがとても楽しかったです。

ジャン・プルーヴェ「講義室用チェア(ベルジェール)」1951

そのほか印象的だったのは、太い後脚のぽてんとした椅子の行列の中で異彩を放っていた、黒々としてものものしい椅子。(黒い背もたれにそこはかとなくマレフィセントみを感じてしまいました……)
こちらは、フランスのエクス=マルセイユ大学講義室で聴講する学生向けにデザインされたものだそうです。これがずらずら並んでいる講義室、教員の緊張が高まりそうですね……プルーヴェはこのほかにも幼児・児童用の椅子と机や学校の校舎そのものもデザインしています。自身が教鞭をとっていたこともあって教育への関心が高かったでしょうか。

組立式住宅

後半ではプルーヴェが手掛けた建築がメインで紹介されています。彼は「ポルティーク」(門型)架構と呼ばれる構造を中心にした、解体や移築が簡単に行える建物を多くデザインしました。

こうした住宅は大人数名が数日(ものによっては数時間)作業すれば完成する、というもので、実際に組み立てる映像を観てみると、床の骨組みを作ったらポルティークを立て、梁を渡して住宅全体の骨組みを組み、床材や壁材を貼ったら出来上がり、とさくさく家が建てられる様子が分かります。
模型や映像資料で多くの作品が紹介されますが、特に「F 8x8 BCC組立式住宅」は展示室内に実際に組み立てられていました。こちらは戦時中、物資の足りない中でも安くすぐに作れることを目的としてデザインされたものということで、金属の使用は最小限に抑えられています。

ジャン・プルーヴェ、ピエール・ジャンヌレ「F 8x8 BCC組立式住宅」
「F 8x8 BCC組立式住宅」内部
こちらではポルティークは門型というより三角形


キャプションを読むと、彼が手掛けた多くの組立式建築が資金難などから量産に至ることは少なかったことが分かりますが、早く建てられて環境にあまり影響を与えない住宅というニーズは今もなお(というよりも、環境保護という意味ではより切迫して)あるのではないかと思います。まったく建築に詳しくないのですが、きっと多くの建築家が同じコンセプトで設計しているのではと思うので、そうした動きについても調べてみたいです……!

椅子から建築まで

この展覧会は椅子という小さな構造物から、建築という大きなものへ視点を移すという作りになっていて、プルーヴェが彼のキャリアの中で一貫してシンプルで美しく、耐久性にすぐれたデザインを量産して多くの人に届けることを主眼に置いていたことが伝わってきました。特に椅子の展示は、あるひとつのデザインを時代ごとに改良し、理想形を突き詰めていったことが視覚的にわかり、それぞれを眺め比べていろいろな発見を楽しめる展示だったと感じます。

ちなみに、小学生向けのキッズガイドに、展示の章ごとにの点がものすごく分かりやすくまとめられており、対象年齢を大幅にはみだしている人間ですがガイドを片手になるほどなるほどと展示室をめぐっておりました……CB22のペーパークラフトもついていて豪華! PDFデータを公式ページでDLできます。

フィン・ユール展と同じくたくさんの椅子に囲まれる楽しい展覧会です。会期は10/16(日)まで。


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