【文学フリマ京都7】展覧会ふかぼりZINE『博物館しおひがり 鹿玉・牛玉』サンプル
本記事では、文フリ京都にて出品する展覧会ふかぼりエッセイ『博物館しおひがり』の「はじめに」と本文冒頭をサンプルとして公開します。
博物館しおひがりについて
芝々と申します。学生時代に美術史を専攻し、卒業してからも暇を見つけてはまだ見ぬ何かとの出会いを求めて展覧会に通っています。毎回その望みは達成されるのですが、大抵は会場を出た瞬間にその「何か」については忘れてしまい、記憶の底に沈んでもうニ度と思い出すことはありません。
それでもまれに、2、3日経っても「いったいあれはどういうことだったのだろう?」と頭の中の水面に浮かび上がってくるものがあります。普段はそれすらもnoteの展覧会日記に記したり、Googleの検索窓に入力していくつか検索結果のリンクをタップすれば忘れてしまうのですが。
『博物館しおひがり』は、そういった展覧会で出会う心の琴線に触れたものを、とりこぼさないように記録しようとするものです。とはいえ深度は浅く、学芸員や研究者の方々が深く海の底へと潜っていくダイバーだとすれば、ちゃぷちゃぷと足首まで海に浸かって貝を拾うような営みである、という意味で『博物館しおひがり』と名付けました。
第1号は、2022年夏、京都国立博物館「河内長野の霊地 観心寺と金剛寺─真言密教と南朝の遺産─」展で出会った鹿の毛玉です。直径5cmほどの、ころりと丸まった何の変哲もない毛玉がお寺に納められ、600年を経て博物館に並ぶあまりの不思議さに、ZINEを1冊作りました。
鹿の毛玉、鹿玉との出会い
2022年8月、京都国立博物館。私は展示ケースの中にある、手のひらサイズの漆器に納まったコロンと丸い毛玉を凝視していた。
この時開催されていたのは「河内長野の霊地 観心寺と金剛寺─真言密教と南朝の遺産─」という特別展で、展示室には立派な曼陀羅やものものしい金属製の法具が並んでいた。いきなりゆるふわ、というか単純に繭みたいな形の毛玉が目の前に現れた。
これは一体……? とキャプションを見ると、「鹿玉入り玳瑁塗宝珠形合子 および松桜密陀絵棗型合子」。「玳瑁……」以降は器の名称だろう。つまり、「鹿玉」がこの毛玉の名称なのだ。
さらにキャプションを読み進めると、この毛玉は牛や鹿が毛づくろいをした際、胃や腸に毛がたまって塊状になったものだそうだ。「鹿玉」といいつつ本当に鹿の毛かは分からないそうだが、1429年に観心寺に寄進された際に、その寄進状に「鹿玉」と記されていたのでその名前を採用したらしい。
つまり「鹿玉」は見た目通り、普通に毛玉だった。それを綺麗な容器に入れて立派なお寺に納め、それが600年後まで伝わる。そして今、国立博物館の展示ケースに入って私の目の前にある。すごいことだ。現代で言えば、猫の飼い主が、愛猫が吐き出す毛玉を大事に箱にとっておく、みたいなことだろうか。
鹿玉を見た衝撃は中々頭を去らなかった。なんでわざわざ毛玉をお寺に納めたのだろう。何より、鹿玉を発見した現場が気になる。猫が毛玉を吐き出すように、鹿も毛玉を吐き出すのだろうか? けれど、「わざわざ毛玉」と言いながらも、このころんとしたフォルムに惹かれるのはなんとなくわかる。例えば砂浜ですべすべの小石を見つけた時、あるいは野原でシュークリームの皮みたいなもこもこした物体を見つけた時、思わず持ち帰ってしまうような経験は私にもある。(そしてカマキリの幼体を自宅に大量発生させた。)
博物館を出たあと、購入した図録を開いて真っ先に探したのは「鹿玉」のページだった。
(以降はZINEにてお楽しみください。)
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