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マークの大冒険 古代ローマ編 | もうひとつのローマ史 Chapter:5


前回のあらすじ

ウェスタが降神した神々を次々に薙ぎ倒していくホルス。自信げにラーを挑発するホルスだったが、ラーとの戦いでは全く歯が立たたず一瞬にして戦闘不能状態に陥った。ラーによる攻撃でホルスが片手を負傷し、身動きが取れなくなる中、ウェスタは世界中の神々をローマに降神していく。絶対絶命のピンチだったが、マークはカッシウスとブルートゥスに「思い出せ!」と叫ぶ。ウェスタに消されていた降神の秘技。それを思い出せとマークは二人に強く呼び掛けた。二人はマークの発言に困惑するものの、デナリウス銀貨を通して降神に成功する。そして、そこに姿を現したのは、ローマの戦闘神マルスと光明神アポロだった。

▼前回のエピソード▼
マークの大冒険 古代ローマ編 | もうひとつのローマ史 Chapter:4


「これがお前が言っていた桜ってやつか」

カッシウスが呟いた。

「一度キミたちをここに連れてきてみたかったんだ。ウェスタに頼んで少しだけ時間をつくってもらった。どうだい、戦争がない平穏な世界は?武勲よりも大事なものがある。家族や友人と過ごす穏やかな時間は、武勲よりも気高い。そう、思わないかい?」

マークは桜吹雪の中、桜の木を見上げながらそう言った。淡い桃色の花びらを咲かす木々の背景には、澄んだ青空がどこまでも続いている。

「俺たちだって好き好んで戦っていたわけじゃない。自分の地位を守るため、家族の名誉を保つため、仕方なかった」

「そうだね、キミたちも生まれる時代が違ければ、戦争なんて知らずに平凡に過ごしていたのかもしれない」

「それにしても、外で咲く花をこうやって食事しながら愛でる文化なんて私たちにはなかったな」

ブルートゥスが呟いた。

「おにぎり、天ぷら、桜餅、団子。お前の国の飯は、ローマのどんな飯よりも美味い」

いつも殺気立っているカッシウスが満足げだった。

「そう言ってもらえて嬉しいよ」

「マーク、本当にありがとう。私たちは、そろそろ行くよ」

「そうか、もう少し居てもいいのに」

「迎えの船が来たみたいだからな」

カッシウスが湖の向こうからやって来た小舟を指して言った。

「分かった。渡し船に必要なチップをキミたちに渡しておこう。ボクの大切なローマコイン・コレクションだ。キミらローマのものは、キミらの元に返す。それが、あるべき姿だと思う」

「ありがとう」

「それじゃあ」

マークの表情には憂が帯びていた。

「また会えるさ」

ブルートゥスが言った。

「そうだな、きっとまた会える。その時は旅の続きをしよう。今度こそ、もうひとつのローマ史の続きを」

カッシウスが言う。

「もちろん」

マークは深く頷き、小舟に乗り込むカッシウスとブルートゥスを見送った。

「ローマは偉大にして永遠!キミらは二千年後の極東にも名を刻む英雄になる!」

そう言ってマークは二人の背中が見えなくなるまで、湖の岸辺に立っていた。



🦋🦋🦋



「カッシウスとブルートゥスは、ホルスを援護しつつ、ウェスタが降神した神の相手を頼む!ボクはラーとウェスタを相手にする」

「分かった。死ぬなよ、マーク」

ブルートゥスが言った。

「ボクの冒険は終わらない」

マークはそう言って、ウェスタとラーがいる方に向かった。

マルスとアポロは、倒れたホルスを守るようにして神々の襲撃に応戦する。ローマでも極めて強力な神に部類される彼らは、次々に襲い掛かる神々を軽快に薙ぎ倒していく。

「おい、おっさん!かかって来いよ」

マークは、ラーに近づき挑発する。

「ふざけてるのか?貴様など、神と口を利くことすらおこがましい」

「逃げるのか?」

「ぶをわきまえろ、そこまで死に急ぐなら、望み通り今すぐアヌビスのもとに送ってやろう」

「(どうする、マーク?こんな時、名将オデュッセウスならどうしたか?考えろ。まず、ラーが風を発した瞬間はアムラシュリングで剣と入れ替わり、一瞬だけ空間から消えて攻撃を交わす。これを繰り返して距離を詰める。だが、一度でも失敗したらお陀仏だ。強靭なホルスだったから片手で済んだが、ボクがあれを受けたらおそらく一瞬でサイコロステーキになる。タイミングは絶対に見誤れない。そして、盾はホルスたちの援護で全て使えない。剣はカッシウスとブルートゥスに一本ずつ渡しているから、残り11本。厳しい装備だが、ラーを完全に倒す必要はない。彼が首から下げたあのファイアンス製のラーの眼さえ破壊すれば良い。あれさえ壊せば、間接降神されたラーは消える)」

「遺言など聞かんぞ」

「結局、どいつもこいつも最終的にはボク頼りだよな。本当に損する役回りだぜ」

マークは文句をぶつぶつと言いながら剣を飛ばし、電光石火の如くラーと距離を詰める。嵐のような風が吹き、その鋭い風の刃がマークを襲おうとする。彼はタイミング良く剣と入れ替わり、風刃を交わしていく。そして、ラーの懐に入って剣を振るう。ラーは空間から槍を呼び、応戦する。マークの剣とラーの槍が何度もぶつかり合い、激しい火花が巻き起こる中、ウェスタも参戦し、マークは双方の連撃を受ける。複数の剣がマークを取り囲むようにして彼の身を守ると同時に攻撃を繰り出している。マークも片手に握った剣でラーを狙う。そのぶつかり合いで、激しい音が周囲に何度も響き渡る。そして、次の瞬間、何かが折れ、砕けるような異音がした。

「???」

「クソ、外したか......!」

マークの目の前で突然ラーの片手がへし折れていた。

「何が起こったの?」

ウェスタは一瞬の出来事が理解できず、驚きの表情を見せていた。だが、ラーの腕は一瞬で再生する。

「貴様、今何をした?」

「さあね」

「この力、アムラシュリング・グラビティ?重力を操るこの世の王たる指輪。もしや貴様、大ピラミッドのトトの部屋に入ったな?しかし、どうやってあの宝物庫に侵入した?厳重な暗号を掛けていたはずだが、あれを見破ったのか」

「簡単だよ、暗号化されていても文中で何度も繰り返される単語は、解読の手掛かりとなる。確かに暗号化されたそのままでは意味不明だが、何度も文中に出てくる単語は冠詞の可能性が高い。ボクら日本語族と違って、キミらアフロ・アジア諸語族のエジプト語には冠詞が存在する。冠詞の位置が分かれば、その前後のセンテンスの繋がりもおのずと分かる。その法則と規則性を掴んだ先は簡単だよ、芋づる式に暗号が解けていく」

冠詞
日本語には存在しないため、日本人は総じて理解が困難な品詞だが、英語の「a」、「the」に相当する。古代エジプト語にもこの冠詞が存在する。例えば、英文の場合、「e」が最も登場率が高い。それゆえ、英文の暗号文の場合、まずは最も登場回数が多いものを探す。それが「e」を探す鍵となる。続いて、その「e」と共に並んでいるものは「t」と「h」である可能性が高い。すなわち、「the」である。「the」が見つかれば、その後ろは名詞であることが分かる。暗号はこのように段階的な手順を踏んでいくことで突破することができる。暗号解読者として世界的に最も有名なのはアラン・チューリングだろう。英国の数学者チューリングは第二次世界大戦時にドイツ軍の暗号機エニグマの暗号を解読し、推定1400万人に及ぶ多くの人間の命を救った英雄として知られている。彼がエニグマ突破のために開発した技術は現在のコンピュータの基礎になっており、現代社会にも多大なる影響を与えている。

「そうか、そうか。貴様、面白いな。イムへテプを思い出す。気が変わった。少し、話し合いをしようじゃないか」

イムへテプ
古王国時代第3王朝にメソポタミアからエジプトに赴いた男性。建築、数学、医療等、あらゆる知識に長けた天才的な人物で、その能力を買われてファラオを支える宰相として活躍した。ジェセル王の階段ピラミッドの設計も彼が担当した。数々の功績から死後、神格化され、神として扱われ、古代エジプト時代を通して数多くの神像が造られ信仰の対象にもなった。

「何?」

「ワシなら貴様の夢を叶えられる。富は何でも与えてやろう。ワシは滅多にこんなことは言わないが、こちら側に来い。貴様はこちら側にこそ、相応しい存在だ。そんな弱者たちの味方をして何になる?」

誰かの犠牲の上に成り立つ夢なら、そんな悪夢は見たくない」

「どうして弱者の味方などする?弱き者は淘汰される運命にある。力を持ち、強い者だけがこの世界を制する。ワシは強く優秀な者を評価する。だからホルスより、セトを擁護した。セトは誰よりも強かった。奴こそ上に立つべき強者だった」

その思想は、とても危険だ。人間の文化は弱き存在を守ることで、ここまで発展してきた。それはどの種族にもない、尊い行いだ。常に弱者の味方であること、それこそが人間らしさに他ならない

「そうか」

「人間の生み親である神であれば、人間のそうした部分にもっと関心を持つべきだ」

「なら、教えてやろう。神は人間なぞにさほど興味はない。だが、稀に現れる面白い人間は、神を楽しませる。アテナがオデュッセウスに入れ込んでいたのは、あやつが神をも驚く機転と知恵を持っていたからだ。だからアテナはそれを楽しみ、オデュッセウスに味方した。所詮はその程度のこと、神が人間を守るか否かに何の保障もない。ただの気まぐれに過ぎないのだ。だからワシの気まぐれも一度きりだと思え。最後にもう一度だけ問う。こちら側につくか否か?死ぬか、生きるか、どうするのだ?」


To Be Continued...


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Shelk 詩瑠久🦋

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