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マークの大冒険 古代ローマ編 | もうひとつのローマ史 Chapter:4

前回までのあらすじ
アムラシュリングを破壊されたジェシカは、降神の力によってマークを止めようとする。だが、マークがホルスに課した約束は、ジェシカを一切傷つけないことだった。その優しさが命取りになる、とホルスはマークの行動に理解を示せずにいた。だが、約束通り、ホルスはその圧倒的な力によってジェシカを傷つけずに降神されたバックス神を薙ぎ倒す。マークとホルスは立ちはだかる神々を前にその勢いを緩めず、ジェシカとラーのもとに近づいていく。

▼前回のエピソード▼
マークの大冒険 古代ローマ編 | もうひとつのローマ史 Chapter:3


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マークの大冒険
古代ローマ編
もうひとつのローマ史


ホルスがバックスを薙ぎ払った後、間髪入れずに大剣を振るう男神が現れた。

「ウルカヌスだ!ホルス、気をつけろ。あの大剣を食らったら、ひとたまりもない」

「なら、刃が当たらないように近づかなければいい話!」

ホルスはそう言うと、日本刀を投げる構えを取った。彼の左眼が青白く光り始めた。そうしてホルスは、握っていた日本刀を思い切りウルカヌスに向けて放った。勢い良く飛んでいった日本刀がウルカヌスの心臓を一発で貫く。

「たいそうな剣を持っていたが、大したことないな。この剣はもらっていくぞ。俺のコレクションにしてやろう」

ウルカヌスの身体を貫いた後にブーメランのように戻ってきた日本刀をホルスはキャッチする。そして、倒れたウルカヌスが持っていた大剣を拾って自分のものにした。

「だが、重いだけで切れ味が悪そうだな。美しくない」

そう言うと、ホルスは背後に迫っていた影に大剣を投げつけた。ホルスを襲おうとしていたメルクリウスは、大剣と共に勢いよく飛んでいった。

「ローマの神は臭過ぎて、後ろに立っただけで分かるな。没薬と乳香を授けてやりたいくらいだ」

*ホルスからは芳香がしたと記録されている。それゆえ、香料には「ホルスの右腕」との異名もあった。

「ホルス、いい調子だ」

マークは、頼もしい様子でホルスに声をかけた。だが、彼らの前に三つの降神陣が浮かび上がる。雷、三叉槍、麦秤の模様。

「来るぞ、ホルス !ローマを守護する最強の三神にして三兄弟が」

マークたちの前には、雷神ユピテル、海神ネプトゥヌス、死神プルートが現れた。

「まとめて片付けてやる。何柱現れようと、雑魚は雑魚。俺様に歯向かうなど、愚者の鑑」

突進してくる三柱をホルスの王冠に乗るウラエウスが火炎で薙ぎ払う。三柱は、一瞬にして蒸発した。

「これが、ホルスの力なのか......」

マークは、ホルスの圧倒的な力に驚いていた。

「これで乱闘もおしまいか?全く面白くないぞ。余興にすらなっていない」

ホルスは、ラーとジェシカを挑発した。

ジェシカの後ろで腕を組んでいたラーが、彼女の前に立った。

「力自慢は楽しかったか?」

ラーは、ホルスに問いかけた。

「いや、自慢話はこれからだ、老いぼれ野郎」

ホルスは、そう言って日本刀を構えてラーに突進した。だが、ラーが指を弾くと、空気が激しく振動し、ホルスは前に進めなくなった。耳鳴りのような音が響き渡る。

「クソ、何だ今のは?」

ホルスは何が起こったのか、理解ができなかった。

「ホルス、一度距離を取ろう!相手が何をしてくるのかよく分からないうちは、あまり距離を詰めないほうがいい!」

「黙れ、これぐらいで引き下がれるか!」

ホルスは、再びラーを目掛けて突進した。だが、ラーがまた指を弾く。今度は空気の振動が刃物のようになってホルスの右手を襲う。鋭い風は、ホルスが握る日本刀どころか、右肩ごと一緒に吹き飛ばしていった。

「ホルス!!片手が!?」

マークは、一瞬の出来事に驚きを隠せなかった。

「このワシが自分を凌ぐ神を創造すると思うか?お前らの力は、全てワシの計算によって設定されている。それに、お前は自分より若い他の神々を見下していたが、お前も所詮は第五世代の神。ワシからすれば若い神同様。お前は父オシリスにも、叔父のセトにも到底及ばない若く弱い神。威勢が良いだけで、戦い方も知らない。教えてやろう、力の使い方を」

古代エジプトの始祖の九柱神

古代エジプトには九柱神と呼ばれる初期の神々がいる。彼らは他の神とは異なる特別なランク付けがされている。

原初の海を第零世代とし、アトゥム(アトゥムは太陽神ラーの明け方の呼び名。夕方にはケペルという別の名で呼ばれる。姿も変化しており、アトゥムは人間の男性、ラーはハヤブサ、ケペルはフンコロガシの頭部を持つ男性として描かれる)が第一世代、シュウトとテフヌトが第二世代、ゲブとヌウトが第三世代、オシリス、セト、イシス、ネフティスを第四世代とし、以上を九柱神として扱う。

ホルスはこの中には含まれない若い神で、区分は第五世代に分類される。ホルスにはケベフセヌエフ、ドゥアムトエフ、ハピ、イムセティという四柱の息子がおり、彼らは第六世代に区分される。この四柱の息子の母親は不詳だが、愛の女神ハトホルと考えられている。

ハトホルは知恵の女神トトと同様、出自が不明な神格で、創世神話に突如登場する系統不明の神に分類される。その他、オシリスの弟に大ホルス(一般的なホルスと呼び分けるため、オシリスの弟を大ホルス、オシリスの子を小ホルスと呼ぶ)という、もう一人の弟が存在する神話のヴァリエーションも存在する。神話の設定は各地方、年代によって異なり、どれが正規かは一概には言えない。

ラーの背後から放たれた幾つもの火球がホルスを襲う。守りの構えを取るものの、吹き飛ばされるホルス。彼は背中から地面に勢い良く倒れ、身動きが取れなくなった。

「ホルス!!」

マークが倒れたホルスに近づく。ホルスは、火球が当たった身体の部位が溶けている。

「まずい、このままだと......」

マークは、突如起こった形勢逆転に焦っていた。

「弱い、弱すぎる。それでエジプトを守れるのか?オシリスは腰抜けだったが、セトはもう少し骨があったぞ。ワシは弱い奴が嫌いだ。弱者はすぐに己の弱さを他者のせいにする。ホルス、お前のことだ」

再び腕を組んだ姿で、ラーが倒れたホルスを見下している。

アムラシュリングの盾でホルスを守るマーク

マークは、倒れたホルスと自身を守るようにアムラシュリングで周囲を盾で囲う。

「大したことはない。まだまだ勝負はこれからだ」

ホルスは強気の言葉を発するが、起き上がれずにいる。

「右手を直せないのか?」

「チクショウ、この土地はどうやら俺には合ってないみたいだな。再生が上手くできない。それに、あのジジイの突風や火炎には、再生を妨げる毒のようなものが混ぜられているのかもしれない」

「もう立ち上がれないのか?弱い!ワシが出る幕でもないな」

ラーはそう言って、マークたちに背を向けた。

「あとは任せて」

ジェシカはそう言って、呪文を発し、次々に降神陣を形成していく。マークたちは、盾越しに現れる神々の数に絶句した。ジェシカの周囲には無数の神々が列になって並んでいる。

「クソが、キリがねえぞ、マーク。なんて数だ」

「マーク、手加減できる状況じゃない。あの女の首を吹っ飛ばせ。それで一発で終わりだろ」

「ダメだ、話し合いで解決する」

「それにマーク、あいつは人間じゃないぞ。お前も既に気づいているとは思うが」

「ああ、その通りだ。ジェシカさんは人間じゃない、彼女の正体はウェスタ女神だ」

「いつから気付いていたんだ?」

「出会った時から普通でないことには気付いていた。彼女には影がないんだ。だが、この戦いで彼女がウェスタであることを確信した。ウェスタはいつ何時も中立を守り、口を挟まず、ローマの歴史を見守ってきた。だが、それをボクらが今、変えようとしている。ローマを守護する影の女王として、彼女がボクらを排除するために立ち上がった。争いを嫌い、謙虚で、心優しい彼女がこんなふうになるのは、この長い歴史を通して初めてのことだ」

ウェスタ女神座像
アス銅貨
カリグラ帝の治世発行

ウェスタ女神

ウェスタ女神は古代ローマのかまどの女神で、古代ギリシアのヘスティアに相当する。古代ギリシア・ローマの高位の神集団オリュンポス十二神の一柱だったが、謙虚で目立つことを嫌い、その地位をバックス、ギリシアでいうところのディオニュソスに譲った。

古代ローマではフードを被ったキトン姿でパテラを巻く当時の貴婦人の格好で描かれる。アトリビュートは王笏とパテラ(祭儀用の酒器)だが、他女神と持物が被るため、貨幣上では彼女の名がラテン文字で併記される場合が多い。

「マーク、もう終わりよ。あなたたちに最初から勝機はなかった。それが運命なのよ」

盾越しに、遠くからジェシカの声が聞こえる。

「もうこれ以上、一人で苦しむ必要はない。ジェシカさん、いや、ウェスタ女神。神話にも登場せず、地味を選び、脚光を浴びず、ただ周囲を延々と見守ってきた。もうそんな牢獄のような日々を送らなくて良い。ボクはジェシカさんを、いや、ウェスタをもこのローマの束縛から解放する」

「マーク、お前はどこまでお人好しなんだ。この状況で敵に情けをかける必要はないだろう。もうなりふり構ってられない。マーク、黄金の果実を使うんだ。そうすれば、全てが終わる。果実の力で奴らを操り、ローマごと吹き飛ばせ」

「ダメだ、これは使えない」

「どうして?」

「それがボクの望みじゃないからだ」

「それじゃ、お前はどうして黄金の果実を手に入れたんだ。己の願いを叶えるため、違うのか?」

「それは、ボクにもよく分からない......。これを使えば、一瞬で決着が着く。だけど、それが正しい終わり方だとはボクには思えない。ギリシアに訪れた際、トロイア陥落の騒動に紛れて回収した黄金の果実。アイネイアスの脱出を手助けする代わりに、ボクはプリアモス王と黄金の果実の取引をした。プリアモスは城内に残って死を選んだが、ボクはアイネイアスを連れてイタリアまで案内した。あの時、どうしてプリアモスが黄金の果実の力を使わなかったのかが理解できなかった。でも、今ならそれが理解できる。それが彼の望みではなかったからだ。彼は力を行使しない道を選んだ。賢王プリアモスは、それが世界の最善と悟っていたからだ」

「だが、プリアモスと同じように死を選ぶのか?そんなもの、尊くも、英雄でもない。ただの無駄死にだぞ」

「分かってる、ジェシカさんは本気だ。彼女が世界中の神をここに呼んでいる。さすがにボクたち二人だけじゃ手に負えないのも事実。これじゃ、兵糧攻めだ。時間の問題でボクらが確実に負ける。だが、まだ勝機はある。ジェシカさんが降神を繰り出す中、ローマの重要な二柱が現れなかった」

マークは複数の盾をドームのように組み、自身とホルスを守るが、その破壊は時間の問題だった。そんな中、マークたちが襲われるのをカッシウスとブルートゥスは遠くから見ていた。

「カッシウス、このままじゃマークたちが」

「だが、無力な俺たちにはどうすることもできないだろう」

「しかし、マークたちをここで見殺しにするのか?これじゃ、二年前の落雷の時と同じだ。私たちは、ただ見ているだけなのか?」

盾で造られたドームの中からマークが思い切り叫んだ。

「カッシウス、ブルートゥス、何をしている!キミらは見ているだけなのか!思い出せ!キミらは無力じゃない!ボクはキミらの前に何度も現れた。あの時、ボクはキミらに教えただろう。世界を変え、己の願いを叶えるための秘密を!キミらが今持っているそのデナリウス銀貨に願うんだ!力を貸して欲しいと!神はキミらを見捨ててはいない」

「何度も旅をした?何言ってるんだマーク?気がおかしくなったのか?俺らが出会ったのは、カエサル暗殺前夜の一度きりのはずだ」

カッシウスは、マークの発言の意味が理解できずにいた。

「忘れているだけだ、思い出せ!ボクらは何度も旅をした。アカエア、エジプト、シリア、ユダエア、ヒスパニア、ガリア、ブリタニア、そう、世界中の神殿を一緒に回って祈りを捧げたじゃないか。キミらは忘れているだけだ。いや、ウェスタによって記憶を忘却されていた。だが、思い出せ!ボクが旅の最後に教えただろう、降神の秘密を。キミらは守られるだけなのか?違うだろう!キミらはみんなを、ローマを守る側だ。生まれながらにして持った資質と財産。間違いなく、キミらは選ばれし者。祝福された存在なんだ。キミらならできる!頼む、力を貸してくれ!!」

「俺たちに力が......?」

カッシウスが呟いた。

「忘れているだけ?」

ブルートゥスとカッシウスは、目を合わせた。そして、手のひらに載せていたデナリウス銀貨を互いに強く握りながら頷いた。すると、次の瞬間、二人の目の前に剣と竪琴の模様の降神陣が現れた。そして、眩い閃光と共に美しき男神マルスとアポロが姿を現した。


To Be Continued...


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横並びになるマーク、ジェシカ、ホルス


Shelk 詩瑠久🦋

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