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しずちゃんにフラれた時の滑り止め!?『虹谷ユメ子さん』/のび太の浮気②

藤子F作品では不出来な小学生というキャラクターが主人公となるケースが多いが、その中でも最も出来が悪い人物は、間違いなく野比のび太であろう。

テストの0点率は高いし、運動能力の低さもズバ抜けている。性格的にも怠け者で臆病で嫉妬深く調子に乗って失敗することも多い。

「大長編」まで見ていけばのび太の正義感だったり、友情の厚さだったりも描かれるので、若干見直せるのだが、通常の短編を読む限りにおいて、のび太はどうしようもない男の子ではある。

そんな飛び抜けて不出来な男の子ののび太だが、外見も可愛く頭も良く性格も良いしずちゃんと結婚できるという運命を勝ち取っている。これは考えてみれば奇跡的なことである。

極端に言ってしまえば、町一番の出来の悪い男が、町一番の出来の良い女と結婚するということである。これは漫画の世界でないと出てこない構図だし、一般的な恋愛漫画では、あまりにリアリティがなくて描けないストーリーである。

それをのび太はやってのけているのである。これは奇跡と呼ぶしかない。


ところが、自他共に認める不出来なのび太が、何としずちゃん以外の女性を見つけたいなどと、不届きなことを言い出すお話がいくつか存在する。何様だよと思わずにはいられないが、まあ、彼には彼の事情がありそうだ。

そこで、「のび太の浮気」と題して、その名の通り、しずちゃん以外の女の子と親しくなろうというお話を紹介していく。

前稿ではその第一弾として、『ガールフレンドカタログ』というエピソードを取り上げた。

前回の作品は、まだ恋のライバルである出木杉君が登場する前のお話なので、本気で何様?と思せてくれたが、本稿で紹介する『虹谷ユメ子さん』では、その点の事情が異なるようで。。。


『虹谷ユメ子さん』(初出:文通相手はどんな子?)
「小学六年生」1981年4月号/大全集9巻

1979年9月に初登場した出木杉君は、それまでのび太の結婚相手はしずちゃんだと決定していた安堵感を吹き飛ばす存在となる。

未来は変わる可能性があるという設定が強調され始め、のび太はしずちゃんと仲の良い出木杉を見るたびに、モヤモヤした気持ちになる。それは、このままでは出木杉にしずちゃんを奪われてしまうのではないか、という焦りである。

なので、いくつかの作品ではしずちゃんと出木杉の仲を裂こうとする話もあったりするのだが、本作ではまた別の考えをすることになる。


放課後、しずちゃんと出木杉が仲良く下校している。会話も盛り上っているようで、しずちゃんの表情は出木杉への尊敬の念すら見て取れる。人の気持ち(特にしずちゃん)に敏感なのび太は、しずちゃんが自分のお嫁さんになることについて、すこぶる疑わしい気持ちになってくる。

この日ののび太は、二人の仲に割って入るのではなく、未来が変わるかもしれないことを念頭に、あることを思いつく。「そうだ!」と大声を上げて、何事だろうと思って振り向いたしずちゃんに、少女雑誌を貸してくれないかと頼む。


そして「少女コミック」という雑誌を借り受けて、そのまま急いで帰宅。すぐに机に向かって熟読する。ドラえもんは「帰るなりわき目も振らずに勉強とは珍しい」と驚くのだが、何のことはない、のび太が読んでいるのは少女雑誌の文通欄であった。

のび太は悪びれなく、文通欄を読んでいる理由を述べる。

「新しいガールフレンドを作ろうと思ってね」

そして続けて、

「しずちゃんにフラれた時に備えて、滑り止め」

だと言うのである。

確かに未来の不確実性を考慮するならば、セカンド、サードとプランを練っておくのは間違っていない。かといって、しずちゃんの代わりの結婚相手を探そうと言うのはどうかと思うが・・。

さらにその方法論には少々疑問符があるようで、ドラえもんは女の子同士の文通を前提としているのに、男の子の手紙に返事をしてくれるものだろうかと指摘する。

するとそこはのび太も考えていて、まずは女の子に成りすまして文通するという作戦であるという。

最近は、いきなりマッチングアプリを使ってすぐに会ってしまうのが当たり前の世の中だが、この時代(1981年)では手紙などの丁寧なやり取りを経て、ようやく会おうという流れになっていたのである。

よって、女の子のフリをしつつも、人間性を理解してもらえれば、実は男であると白状しても大丈夫、という読みだったに違いない。


ただそれには魅力的な手紙を書ける文章力が必要。そこものび太は分かっていて、ドラえもんに「もはん手紙ペン」を借りて、お手紙を作成する。

なお、「もはん手紙ペン」は、本作の一年四カ月前に発表された『もはん手紙ペン』という作品で初登場したひみつ道具で、本作以降も便利なアイテムということで何度も登場している。


そして初めて書いた文章が以下。

初めまして。あたし野比のび子。趣味は漫画とテレビとあやとりです。

ここまでは性別以外間違っていない。問題となるのがこの後で、

明るくてちょっぴりお茶目なクラスの人気者よ。お友だちになってちょうだいね

ドラえもんはこの部分を聞いてゾクゾクと身震いする。

送り先は虹谷ユメ子さんという子で、のび太はどんな子だろうと楽しく想像する。できれば早く返事が欲しい、いますぐ来ないかな、と思い描き、のび太は「返事先どりポスト」を出して欲しいとお願いする。

「返事先どりポスト」は、本作の7年前に発表した『出さないさない手紙の返事をもらう方法』(74年2月)にて登場した道具である。よくそんな前のことをのび太は覚えていたものだ。


ということで、書いたばかりの手紙を「返事先どりポスト」に投函すると、すぐに返事が届く。「やったあ」と大喜びののび太。なぜかドラえもんまでも「僕にも読ませて」と興味津々である。

手紙はとてもきれいな字で書かれており、小学生ではなさそう。「花の香りがいっぱいのサンルームで、インコやカナリアの歌声を聞きながらこの手紙を書いてます」と、何ともロマンチックなのである。

そこでのび太はすぐに返事を出そうと考える。そして、ドラえもんを連れて屋根の上に上がり手紙を書き始める。その文面は・・

日差しがいっぱいのベランダで、この手紙を書いているのよ。傍には飼い猫のドーラが、喉をならしています

飼い猫のドーラ呼ばわりされたドラえもんは、「誰のことだ?」と不機嫌になる。のび太は書き終えると、すぐに返事を貰おうと、「返事先どりポスト」に再投函。その慌ただしさに、ドラえもんは「付き合ってらんないよ」と、文通への興味を失ってしまう。


ここからも、すごい勢いで文通を繰り返していくのび太。のび太側はともかく、文通相手の虹谷ユメ子さんは、どういうペースで手紙を書いていることになっているのか、謎である。

そして最後に送られてきた手紙を読んで、のび太は「困ったことになった」とドラえもんに告げる。その文面とは・・・

あなたがどんなに素敵な子か、想像しているだけでは我慢できなくなったの。お願い写真を送って

これまで女の子のフリをしてきたが、ついに誤魔化せない事態となってしまったのび太。ドラえもんは素直に白状して謝れと説教するが、のび太は「もっと仲良くなるまで誤魔化し続けたい」と策を練る。

そこで考えたのが、しずちゃんの写真を撮ってそれを送ろうというもの。さっそくどこでもドアでしずちゃんの家に行くと、案の定入浴中で、のび太は「またまた!!」と抗議。

「いきなりヌード写真なんか送れるもんか!!」とドラえもんに怒り散らかす。この時、さり気なくカメラをお風呂に置いてきてしまっている点にご注目。


ということで、しずちゃんと二人で写っている写真をアルバムから抜き出して、お返しにユメちゃんの写真も送って欲しいという返事を出す。ここでドラえもんまで「楽しみだなあ」と目を輝かせる。なんやかんやユメ子ちゃんが気になるドラなのである。


ところが戻ってきた返事には写真は同封されていない。その手紙には、

「あれこれ空想していたよりずっと素敵なあなただったわ。文通を始めてまだ月日も経っていないのに、ずっと前から親友のような気がするの。直接お会いして是非お話したいので、これからすぐお宅へお邪魔するわ」

と書かれている。なんと突然の訪問を告げる内容なのである。これにはジタバタと大慌てとなるのび太たち。これは潔く謝るしかない・・・。


ところがここから意外な展開に。なんと虹谷ユメ子さんは、女の子のフリをした男子中学生だったのである。彼も女の子の友だちを作りたくて、成りすましで雑誌に文通募集を出していたというわけだ。

偽ユメ子ももう誤魔化しが効かないとみて、潔く謝ろうという目的で会いに来たのである。ところがいざとなると、のび太(のび子)の家の前で躊躇してしまう。

するとタイミング良く、しずちゃんがのび太を訪ねてくる。先ほどのび太が突然現れてカメラを置いて行ったので、しずちゃんがそれを持って来てくれたのだ。

のび太の家の前でウロウロしていた偽ユメ子は、しずちゃんが現れたのでビックリする。のび太がしずちゃんの写真を自分だと偽っていたので、文通相手ののび子だと勘違いしたのである。


そこへ突然、野球のボールが飛んでくる。しずちゃんに当たりそうなところ、偽ユメ子がズバンとキャッチ。「まあ鮮やか」と感心するしずちゃんに、「僕、野球部のキャプテンやってんです」と語る。

一方、虹谷ユメ子さんがなかなか来ないと思い始めるのび太たち。表に出てみると、しずちゃんと男子中学生が良い感じで語り合っている。

「あちこちの高校の野球部から誘われて・・・」
「まあ、やがては甲子園に?」

仲睦まじい二人を見て号泣するのび太。のび太の文通作戦によって、しずちゃんの新しい出会いを作ってしまったという訳である。


・・・ということで、のび太の浮気はまたしても失敗。他の子をあれこれ探す前に、もう少し立派な人間になって、しずちゃんの心を繋ぎ止めることに注力した方がよろしいようだ。



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