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ノビータ西部の街へ行く『ガンファイターのび太』/藤子Fキャラ×西部劇①

藤子F先生の西部劇好きは有名で、「まんが道」でも映画と言えば西部劇を安孫子先生と見に行くし、作品の中でも西部劇の名シーンを参考にしていることも多い。例えば「のび太の恐竜」の翼竜に襲われるシークエンスは、「駅馬車」の超有名なアパッチの馬車襲撃のクライマックスを引用している。短編の方でも『ライター芝居』では、のび太が西部劇の脚本を書き上げて上演を行ったりしている。

さらに西部劇を引用するレベルではなく、丸っきり西部劇を題材としてしまっている作品も数多い。そこで今回から数回に渡って、F先生が愛した西部劇をストレートにテーマとした作品を紹介していく。西部劇の一体どこに何を魅せられたのか、記事を書くことで発見していきたいと思う。


ということで、一回目に取り上げるのは、のび太がずばり西部劇の世界に入り込む『ガンファイターのび太』である。

『ガンファイターのび太』「小学五年生」1980年5月号/大全集9巻

のび太と西部劇と言えば、大長編第二作『のび太の宇宙開拓史』が一番に思い浮かぶ。実際の西部ではなく、舞台を宇宙に置き換えているのが、まさしくF先生の真骨頂と言えるだろう。

宇宙開拓史は、のび太が主に射撃でヒーローとなるというストーリーラインだが、これが描かれるまでには「流れ」が存在する。

『けん銃王コンテスト』(76年1月)→
『行け!ノビタマン』(79年9月)→
『ガンファイターのび太』(80年4月)→
『のび太の宇宙開拓史』(80年9月~) 

上記の他にも、「宇宙開拓史」のパイロット版とも言えるSF短編『ベソとこたつと宇宙船』(79年2月)があるが、これはまたいずれ考察する予定。

のび太の特技は、射撃の他には「あやとり」と「昼寝」だが、その二つはのび太らしさがあって理解できる。しかし、射撃の腕前が超一級という設定は、あまりにいつもののび太と違い過ぎる。射撃が得意という理由が何もないのである。これはひとえに、F先生がそうしたかったから、という思いが先走っているのである。

つまりそうしてでも、「ドラえもん」で西部劇を描きたかったのである。これから取り上げる『ガンファイターのび太』を描いた5か月後には『のび太の宇宙開拓史』の連載を始めている。どちらのアイディアが先だったかは、今となってはわからないが、この二作は姉妹のような関係性にある。

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冒頭、ドラえもんが出してくれたと思われる「ウエスタンゲーム」にチャレンジするのび太。なんとパーフェクト3万点を獲得し、世界最高記録を樹立する。銃さばきも巧みで、ドラえもんは思わず天才だ、と感心する。

のび太は「自分が西部劇時代に生まれたら、拳銃王として歴史に名を残した」と言い出す。ドラえもんは、射撃の腕前はともかく、「のび太は憶病なので撃ち合いが始まったら気絶してしまう」と笑う。この何気ないやりとりは、もちろん以後の伏線となっている。

馬鹿にされたのび太は、おもちゃの銃を差したままタイムマシンに乗り込んで、1880年のアメリカ西部の街へと向かう。ちゃっかり「ほんやくコンニャク」を食べながら。

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意気揚々とタイムマシンから出るとそこは墓場。何とも縁起の悪い所に出口が開いたものだ。そしてひっそりとした街中に向かうと、何といきなり決闘シーンに出くわしてしまう。目の前で本物の銃撃戦が行われ、ドラえもんが指摘した通り、そのまま目を回して気絶してしまう。

その頃現代のドラえもんは、のび太が西部劇に一人向かったことを直感する。「タイムマシン」で探すにも手掛かりがあまりに無い。そして見つかったとしても、タイムマシンが一台なので、助けに行けないのである。

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気絶から目を覚ますのび太。そこはモルグ・シティの町長の家。町長の話によれば、先ほどの決闘によって23人目の腕利きの保安官がやられてしまい、保安官のなり手がない酷い状況となっている。町を見捨てて町民たちは既に逃げ始め、無法者は大勢の暴れ者を雇い入れている。そんな中、町長は最後の一人になるまで町を守ると決意をしていた。

ちなみにこの町名の「モグル」は、死体安置所の意味で、死体の町という縁起の悪すぎる町名となっている。

のび太は恐る恐る自分が保安官になると手を挙げるが、早く帰りなさいと言われて、ホッとして現代へと戻ることに・・・。しかし、タイムマシンのブレーキをかけ忘れてどこかへ流れていってしまい、なんと帰れなくなっていたのであった。

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大慌てののび太の前で、無法者二人が町で大暴れを始める。町長は町を守る使命感から、命を覚悟して決闘へと歩き出す。そこに、のび太が「ま、ま、待てえ」と飛び出し、町長から銃を奪って無法者たちに立ち向かう。なぜか拳銃となると勇気があふれ出すのび太なのだ。

とはいえ、汗だく、目の前はクラクラする。相手は馬に乗った無法者が二人。「子供だって手加減しないぞ」と凄んでくる。ガギュン、バギュンといきなりの銃撃戦・・・。

すると、のび太の撃ったタマは二人の悪漢を撃ち抜き、血しぶきをあげて落馬する。途端に湧いて出たきた町中の住民の歓声に包まれる。のび太は自分の撃ったタマで流血させてしまった事にショックを受けて気絶する。「強いのか弱いのかさっぱりわからん」と町長たち。

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「嫌だ嫌だ、保安官になる自信なんてないよっ」
「何を言うんだ。君ほどのガンマンはどこにもいないよ」
「だって、僕に撃たれたら痛がるでしょ。悪くすると死んじゃうかも

のび太が保安官になりたくないのは、人を殺してしまうかも、という理由で、自分の腕には何も不安を覚えていないのが凄い。

捕まえられた男たちは、「仲間が押しかけてきて、町民を皆殺しにする」と物騒なことを言う。そして、そんなやりとりの外で聞いている、バンダナで顔を隠しているの謎の人物・・・。

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無法者二人に脅されて、町民はあっと言う間に姿を消す。さっきまで一緒に戦うと言っていたのに・・・。そして、数十人の規模で、馬に乗った悪漢たちが町へと集まってくる。

のび太たちは屋根の上で待ち構える。のび太は300人と見積もるが、先ほどの謎の人物はざっと30人、と冷静である。

慌てるのび太は、まだ敵が近づかない中で無闇に銃をぶっ放し、屋根の上にいることに気付かれてしまう。ソロリソロリと屋根によじ登ってくる悪漢たちは、町長の背後から迫る。のび太は悪者たちに気づいて撃退するが、そこで弾を使い果たしてしまう。そこに、一人の男が迫ってくる。

そして撃たれた! と思ったその瞬間。

タマはノロノロとのび太に飛んできて、簡単にヒョイをかわせてしまう。そこにドラミちゃんが登場「マッドウォッチ」の効果で、のび太の周りの時間だけゆっくりと動くようにしたのだという。先ほどから姿を見せていた謎の人物とはドラミであったのだ。

謎の人物としていたが、知ってて読むとドラミとしか思えない。なのだがドラミの登場は意外性があって、初見では案外気が付かないように思える。ドラミはたまたまドラえもんの所に遊びに来て、話を聞いて助けに来てくれたのだった。のび太に、「ドリームガン」という当たると丸一日眠り込んで夢を見させるという安心安全な銃を手渡す。

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ここからはのび太の銃撃の腕前が大いに発揮、ピンポローンと次々と敵を眠らせていく。あっと言う間に(たった数コマで)町に平和を取り戻したのび太。町長たちが「ノビータはどこ?」と探すのだが、会えば帰りにくくなると、そのままドラミと現代へと戻るのび太、いやノビータ

「不思議な少年だった。わしらを助けるため遠い星の国から来てくれたのかも知れないね」

モルグ・シティに伝説を残したノビータ。現代に帰り、ジャイアン・スネ夫とガンマンごっこをするが、ジャイアンに撃たれて倒れるよう脅されても、のび太は抵抗する。

だって!だって! 絶対に僕が負けるわけないんだもの」

拳銃の腕前については一歩も引かない、のび太なのであった。

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のび太がなぜ拳銃の腕前が一流なのかは全く説明がないわけだが、誰にでも取り柄はある、というF先生の強いメッセージが組み込まれていて、なぜか説得力を感じさせる。論理的ではなく、感情的に理解できる部分となっている。

また作品としても、血を見て倒れたり、襲ってくる悪者の人数を十倍に感じたりと、いつもののび太らしさを散りばめて、なぜか一級のガンマンであるという設定を読者に無理なく納得させることにも成功している。

考えれば考えるほど、F先生の作劇術がすこぶる見事な一本なのである。そして、本作をきっかけにして、なぜか異世界では勇敢になるのび太という設定は定番化していくのである。


「ドラえもん」の考察たくさんやっています。下の目次から興味ある記事に飛んで貰えれば幸いです。


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