ニホンオオカミ捕獲か、目でピーナッツを噛むか『オオカミ一家』/ドラえもん名作劇場④

かつて本州~九州地方一帯で生息していたニホンオオカミは、20世紀初頭には完全に駆除されて、絶滅したとされる。野犬よりも俊敏で獰猛だったことから害獣扱いされたり、剥製目的で銃殺されたりと、100%人間の手で絶滅させられたのである。

藤子先生は、人間の都合によって多くの動物たちが絶滅させられたことに、怒りを隠さない。とある作品の中でもドラえもんが人間の身勝手に激怒しているシーンなどが描かれている。

そのあたりの絶滅危惧種についてのお話は、以下などの記事をご参照いただきたい。


上の記事で紹介した『のび太は世界にただ一匹』において、人間がもう少し種の保存に気を配っていれば、ニホンオオカミは絶滅していなかったとドラえもんが語っている。

しかし、この作品の8年前には、ニホンオオカミは実は絶滅しなかった、というお話が描かれている。本稿では、そんなある種の寓話でもある『オオカミ一家』という作品を取り上げる。


『オオカミ一家』
「小学三年生」1973年11月号/大全集4巻

ニホンオオカミの最後の目撃情報は、確実な所では1905(明治38)年の奈良だとされる。古代よりオオカミは信仰の対象にもなっていたが、明治に入ってからは野に分け入った人間たちにとって、害獣扱いにされることになる。全国的に捕獲または銃殺され、一気に姿を消してしまったようである。


本作では、そんなニホンオオカミが山上峠で見つかったという新聞記事の話題から始まる。なぜかオオカミの絶滅情報に詳しいしずちゃんが、「見つけたら日本中の大評判になる」などと言うので、のび太が「僕、見つけよう!」と、軽い調子でしゃしゃり出る。

よりによってのび太が言うかということで、皆に大笑いされる。するとそこへドラえもんが駆けつけてきて、一緒にのび太を笑うのではなく、「のび太が必ずニホンオオカミを捕まえるぞっ!」と、のび太も引くぐらいに前のめり。

その自信満々な態度から、ジャイアンやスネ夫たちに、「捕まらなかったら目でピーナッツを噛むか」と挑発を受けるが、「何でもやってやる」と全く意に介さない。


さっそく山上峠へ向かうドラえもんとのび太。滅多に人が寄り付かない山奥・・・のはずなのだが、オオカミ目撃のニュースが報じられたため、多くのハンターたちが集っている。「探検隊」の幟を持っている人もいて、さながら観光地のようになっている。

これではオオカミがいても隠れてしまうということで、ドラえもんたちは、さらに深い山奥へと入っていく。この時、ドラえもんがオオカミ発見に自信を持っていたのは、22世紀にはニホンオオカミの群れがいるので、20世紀にも生き残っているはず、ということが根拠であることがわかる。


のび太は「オオカミ発見機」とか「オオカミ捕まえ機」でオオカミを捕獲するのかと思いきや、ドラえもんが出した道具は「月光灯」というライトであった。「月光灯」は、未来の国の子供たちがオオカミごっこに使うおもちゃで、この光を浴びると、一定時間オオカミの姿に変身できるのである。

オオカミは群れを成す習性があるので、のび太がオオカミになれば、向こうから寄ってくるはず。そして近づいてきたところを、一瞬で眠らせることのできる銃で撃って、捕獲しようというわけだ。

なお、ここまで「オオカミ発見機」や「オオカミ捕まえ機」をのび太が夢想しているが、これはラストのオチに繋がるフリとなっているので、覚えておこう。


「本当に効くんだろうね」と半信半疑ののび太は、うっかり麻酔銃を撃ってしまい、それがドラえもんに命中してあっさり気絶してしまう。

銃の性能は抜群だと分かり、慌てふためくのび太の背後から、すぐさまニホンオオカミが登場。このあたり、抜群のスピード感である。のび太は「オオカミ」とビックリ仰天して飛び上がり、近づいてきたオオカミを逆にビックリさせる。


月光灯は、格好をオオカミにさせるだけではなく、オオカミ語もわかるようになるらしい。オオカミは「仲間に会うなんて久しぶり」と尻尾を振って喜び、のび太を自宅にお招きする。

仕方なくついていくのび太。オオカミは、「仲間はもう自分たち家族だけになってしまった」と寂しげに語る。そして見晴らしのよい尾根にのび太を連れて行き、人間への恨み言を連ねる。

「俺たち先祖はこの山一帯に住んでたんだ。あの峰もこの尾根も俺たちの平和な住処だった。そこへ人間どもが入ってきやがった。住処を奪われ、餌を奪われ、罠や鉄砲に追い詰められてよ・・・」

このセリフは、藤子先生の「絶滅種」への見解が多分に含まれている。下記に整理してみると・・・

・元々オオカミと人間は別の世界に住んでいて、お互い平和だった。
・しかし、人間が一方的に山中にも開発を広げて、オオカミ世界に踏み込んでいった。
・人間の都合で山に入ったのに、そこに住んでいたオオカミを邪魔な存在だとみなして、排除してしまった。

人間にも生活があるので、住む場所や農地を広げていくこと自体は、致し方無い部分がある。けれど、野生動物が暮らしている場所に入り込むのならば、もともと生活している生き物たちに配慮をする必要があるはず。

つまりは人間が、自分たちのことだけしか考えなかった結果、多くの種の絶滅という事態を引き起こしたというのが、藤子見解なのである。これには深く同意をしたい。


また、本作の設定では22世紀にもニホンオオカミの群れは生存しているとされるが、それはつまりニホンオオカミは絶滅を逃れていた、ということを意味する。

これは明らかに事実と異なる寓話であるのだが、そうあって欲しいという藤子先生のロマンみたいなものを感じさせる。

実際はニホンオオカミが絶滅したと、本作の8年後の作品『のび太は世界にただ一匹』でドラえもん自身が、語っている。けれど、本作においては、生きていて欲しいという願いが全面的に詰めこまれているのである。


のび太はオオカミ一家の住む洞窟に連いていき、ママと子供たち4匹のオオカミに迎えてもらう。オオカミ子供たちは小さくて可愛く、お客が珍しいということで、のび太にすり寄ってくる。傍目にも良い雰囲気のオオカミ一家なのだ。

ところが、人間たちの魔の手が近づいてくる。大勢のハンターが絶対にオオカミを探し出すと息巻いている。オオカミは「風に乗って人間のにおいがする」と警戒感を強める。ここはだいぶ山奥だが、大勢の人間たちが接近してくることを確信する。


子供のオオカミを抱っこしていたのび太だったが、徐々に顔が丸くなり、人間の姿へと戻っていく。どうやら月光灯の効き目が切れてしまったようである。完全に人間の姿となり、オオカミは「貴様人間だったのかっ」と激昂。人間の姿になっても、オオカミ語は引き続きわかるようである。

凶暴化したオオカミ夫婦がのび太に襲い掛かってくる。キャアと逃げ出したところ、間一髪でドラえもんの麻酔銃が二匹に撃ち込まれ、すぐに眠ってしまう。

倒れたオオカミの両親に、四匹の子供が心配そうに寄ってくる。オオカミ捕獲作戦はこれにて成功なのだが、のび太は捕まえるのを止めたとドラえもんに告げる。

ドラえもんは「命がけで苦労したのにばかみたい!!」と反対姿勢だが、のび太は裸のまま、涙ながらにオオカミたちを守ろうと主張する。ほんのひと時であったが、オオカミと交流したことで、オオカミの追い詰められた立場だったり、家族思いの気持ちに共感を覚えたのである。


ハンターたちには、この辺は隅々まで探したと言って捜索を諦めさせる。この時ののび太たちの好判断によって、22世紀までニホンオオカミが生存できたのかも知れない。

しかし、良いことをした反動もある。オオカミを捕まえることが叶わなかったために、ジャイアンやスネ夫たちに「約束だ、目でピーナッツを噛め」とけしかけられる。後ろではしずちゃんも笑っている。

そしてオチ。のび太はドラえもんに「目でピーナッツ噛み機」を出してくれと頼む。「そんなのないなあ」とドラえもん。のび太に都合の良い機械は、ドラえもんも持ち合わせていないようである。


ちなみに、本作のように、ジャイアンたちとの約束を反故にして、無茶苦茶な罰ゲームを課せられる展開は、本作の二年後「のび太の恐竜」でも使われている。その時は「鼻でスパゲッティを食べる」羽目になったのび太であった。


さて、オオカミと人間は相容れないものであるが、オオカミに育てられた人間の物語が、古今東西には存在する。

その中での代表作とも言える「ジャンルブック」というお話があるが、実は藤子先生はキャリア初期の頃、これをマンガにしている。

次稿ではそんな初期作品「ジャングルブック」をご紹介したいと思う。



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