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忍者ごっこから生まれたオバQ! 『Qちゃん誕生』徹底解説/藤子不二雄と忍者④

1950年代後半から60年代にかけて、一大忍者ブームが到来。小説・マンガ・特撮とジャンル幅広く、忍者を題材にした作品が生み出された。

そうなると子供たちの間では、当然忍者ごっこがメインの遊びに昇格していく。ヒーローは多彩だし、飛んだり跳ねたりと技(忍術)を繰り出すので、騒いで動き回るのにちょうど良かったのかも知れない。


1964年1月。忍者ブームの真っただ中で、後に国民的大ヒット作品となる「オバケのQ太郎」の連載が始まる。まず、「週刊少年サンデー」1964年第5号に「オバQ」の予告が掲載された。大全集に収録されている資料を見ると、毛が6本でずん胴むっくりな体形のQちゃんが描かれている。

ここで注目すべきは、その次号予告の中で、思い切り目立つように「いよいよおもしろい 伊賀の影丸」の文字が謳われ、大枠で影丸のイラストが掲載されている点である。

「伊賀の影丸」は横山光輝の忍者マンガで、1961年から66年まで長期連載された大ヒット作。当時少年マンガ誌上で最も発行部数の多かった「サンデー」の代表作でもあった。

忍者たちがそれぞれ特殊な能力を持ち、活躍するというアメコミヒーローのような構成、キャラクター造形が大いに受けたらしい。


「オバQ」はそんな中で連載スタートとなるのだが、この一作目では忍者ごっこをテーマとしているのである。

そこで、本稿では記念すべきQちゃん誕生の物語を紹介する。Qちゃんの始めての活躍は、実は忍者ごっこだったという驚きも込めながら・・・。

なお、オバQ誕生の生みの苦しみを描いた自伝的作品『スタジオボロ物語』については記事化してあるので、こちらも併せてお読みいただくと理解が深まるものと思います。


「オバケのQ太郎」『Qちゃん誕生』
「週刊少年サンデー」1964年6号

「オバケのQ太郎」についての説明はもうさほど必要ないと思うが、一応簡単にまとめておく。

本作はトキワ荘のメンバーを中心に作られたアニメ制作スタジオ、スタジオゼロが、資金調達を目的に雑誌部を作り、そこで初めて描かれた作品となっている。ネームやアイディアは藤本・安孫子両氏が担当し、他のメンバー(石ノ森章太郎やつのだじろう、後に赤塚不二夫も)が作画で協力体制を敷いた。

オバQは一度連載を終了するが、すぐに復活を遂げ、やがて小学館の学年別学習誌へと連載の幅を広げていく。最盛期は月に12本ものオバQが生み出されるほどの大人気を獲得したのである。

自分(40代後半)より上の世代では、藤子不二雄と言えば圧倒的に「Qちゃん」に愛着を持っている方が多いようである。


上で紹介した『スタジオボロ物語』に詳しいが、オバケをテーマに漫画を描くことは最初から決まっていたものの、実際にお話をどう転がしていくかは、なかなか定まらなかった。

藤子不二雄両氏は、締切に追われながら、あまりパッとしない平凡な少年を主人公にすること、オバケがタマゴから生まれることなどを決め、後はタマゴが生まれるきっかけや、少年との出会い方をどうするかで、悩んだという。

すると、中野のスタジオゼロの近所で子供たちが忍者ごっこに興じていたのに目を留め、これは「使える」ということになった。当時の流行遊びの最中に、タマゴからオバケ(Q太郎)が生まれ、少年(正太)と出会う。そしてまるで忍術のようなQちゃん特技を見せていくにも丁度良いアイディアであった。


では全10ページの記念すべき「オバQ」初回を丁寧に追ってみよう。

まず一コマ目。主人公の少年、正太が「遅れちゃった!」と言って林の中を急いで走っている。忍者のような頭巾を被り、背中にはおもちゃの刀を背負っている。靴下も足袋のようなデザインである。

見るからに忍者ごっこの格好であり、正太はその遊びに出遅れているようなのである。

またコマの上の空白部分にQちゃんも描かれている。まだ毛の本数は大量で数えると10本。白い「服」を着ているのは変わらないが、やや裾が長く、だらしのない印象を受ける。


正太がみんなを探すと、上空からスルスルと4~5名の忍者姿の男の子たちがロープを伝って降りてくる。子供離れした本格的な忍者ごっこの様子だ。そしてリーダー格のガキ大将が正太を潰し、「たるんどるぞ、忍びの道は険しいんだ」と文句を付けてくる。

なお、このガキ大将は後のゴジラだが、まだこの時点では設定は曖昧で、ユウちゃんと呼ばれている。

結局遅れてきた罰として正太は今日の悪役に命じられる。ヒーローごっこの難点は、敵役を作らないと盛り上がらないくせに、誰も敵をやりたくないということだろう。


正ちゃんは「見つかると酷い目に遭うから隠れていよう」と草むらに身を潜めると、正ちゃんの顔よりも一回り大きいタマゴが落っこちている。恐竜の卵かな、などと眺めていると、キュウキュウキュウと音が鳴り出す。

そこでチャレンジャーの正太は「割ってみよう」と、卵を抱えて地面に叩きつけると、殻が割れて、中からビヨヨ~とオバケ(?)が姿を現す。予想をはるかに上回るものが飛び出してきたので、キャッと飛び跳ねて驚く正太。

まるでタマゴの中で昼寝をしていたかのように、大きな欠伸をするオバケ。そして彼は名乗るのである。

「僕はオバケのQ太郎さ。卵から出る面倒を見てくれて感謝ね」

・・・たった一行のセリフだが、なかなかツッコミどころが満載。

まずQ太郎はどこまで自分のことを分かっているのだろうか? 生まれたばかりだとすれば、名前を名乗るのはおかしいので、Qちゃんはもともと自分の名前を知っていた可能性が高い。

とすると、元々別の形で生まれていて、その後卵の中に自ら入ったのか、誰かに閉じ込められたのか、そのいずれかだと考えられる。その上で、「卵を割ってくれて感謝」と言っているので、何か不本意な形でタマゴに入ってしまい、中から自力で割って出ることが難しかったようだ。


また、後のお話でオバケの国へタマゴを運んでいる時に人間世界に落としてしまった、というような設定が加わってくるが、これが真説だとすれば、オバケは生前(もしくは前世)の記憶が残されていて、生まれた瞬間に自分が何者かわかるのかも知れない。

そう考えれば、いきなり日本語をペラペラとしゃべったり、正太と友だちになりたいと考えたりするのも合点がいく。

・・・まあ、何はともあれ、Qちゃんは人間社会に生まれ出て、この後大騒動を繰り広げていくのである。


さて、いきなりのオバケの登場で、うまく事態を飲み込めない正ちゃん。よって、友だちになりたいと言われたものの、オバケの友だちはいらないと拒否る。

めげないQちゃんは、「冷たいこと言わないでさ、ねえねえ愛してる」と猫なで声を出して、ペロペロと長い舌で正太の顔を舐め回す。思わず、「キャッエッチ!」と声を上げる正ちゃん。


この声を忍者隊に見つかってしまい、いきなり手裏剣を打ち込まれる。樹に刺さっているので、どう見ても本物の手裏剣である。樹の上からロープで降りてきたり、本物の手裏剣を飛ばしたりと、彼らの忍者ごっこはかなりの本格派であるらしい。

しかし、手裏剣と一緒にサイフまで投げてしまっている少年もいて、その点はやはり半人前の忍者であるようだ。


正太は「忍法草隠れ」で草むらに潜るが、「火とんの術」で火を点けられてしまう。たまらず逃げ出し、竹筒を加えて池に潜って、今度は「水とんの術」を繰り出す。しかし、それは無防備そのもので、空気穴である筒の中にミミズを入れられて、水からも逃げ出すことに。

忍者隊は、木に変装して後ろから正太に近づき、棒で殴りかかるのだが、正太が危ないと見て、Qちゃんは、プーッと息を吐いて土煙を起こして、正太と石を入れ替える。これで敵の忍者は石を思い切り棒で叩くことになり、手を痛める。


ここで、Qちゃんは「言いたかないけど面倒見たよ」と正ちゃんに告げるが、「余計なことをするな」と、ここでも冷たい対応。

物語の鉄則として、友情が育まれるまでには、一度お互いを反目させてから、それを反転させる必要がある。ここからはQちゃんが面倒を見て、正ちゃんが放っておいてくれと突き放す、の繰り返しが行われ、その反復の後に、二人の急接近が描かれる構成となる。


まきびし攻撃も透明になったQちゃんの活躍で難を逃れる。女装した忍者に呼び込まれてしまう正太を、掘った穴に匿うと、Qちゃんが自ら出ていって、忍者コンビをやっつける。

Qちゃんはその度に「言いたかないけど・・」と面倒見たアピールをするのだが、正太は「あんな奴らは一人でたくさんだ」と強がる。

しかし、さすがに冷たくされ続けたQちゃんは、「よそで友だちを探すよ」と言って姿を消してしまい、正ちゃんはたった一人で忍者5人と戦うことになる。そうなると明らかに苦戦となり、正ちゃんはたまらず、

「Qちゃん、言いたかないけど・・・面倒見てよー!」

と正ちゃん側からお願いの声を上げる。

すると近くで姿を消していたQちゃんは、「それじゃ僕と友だちになるかい」と逆提案。なぜかQちゃんは、正ちゃんに友だちロックオンなのである。


ボコボコにされながら、「なるよなるよ」と答える正太。するとQちゃんは、ビューと高速でどこかへと飛んでいき、少年忍者たちの母親を連れて戻ってくる。悪いことしていると、ママにチクる作戦なのである。

そして、各ママにつねられたりして、忍者隊は解散。そして最後はQちゃんの決めゼリフ。

「言いたかないけど、まとめて面倒見たよ」

・・ということで、正ちゃんQちゃんは、グッと距離を縮めたのであった。


ちなみに「オバQ」第二話は、単行本の副題が「まとめてめんどうみてよ!!」となっており、第一話での重要なセリフを再利用している。オバQ当初の計画では、Q太郎が正太の面倒を見るといった、ドラえもんとのび太のような関係性を作ろうとしていたのかも知れない。


さて、本作にモチーフとなった忍者であるが、本作と同月に発表された「とびだせミクロ」においても忍者との対決を描いている。(先日記事化済み)

また、本作の共同執筆者である安孫子先生は、この9カ月後に氏の代表作となる「忍者ハットリくん」の連載をスタートさせている。(次稿で紹介)

忍者ブーム、恐るべしといったところなのである。



「オバQ」解説行っております。


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