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自分のことを知っているからこそ、信用できないのだ『昨日のオレは今日の敵』/藤子Fマルチバース短編集⑤

子供の頃から多元宇宙論(マルチバース)が好きだった。科学雑誌Newton(ニュートン)の時間特集・宇宙特集号を熟読し、今自分のいる宇宙のすぐ隣に、全く別の宇宙が広がっていることを夢想していた。

また、タイムマシンによって、未来が変わる話も好きだった。何かをきっかけに人生は変わっていくんだろうといつも考えていた。

でも、思えば、そういうパラレルワールド的なお話を好きになったのは、間違いなく藤子F作品の影響なんだろうと、確信する。

「ドラえもん」やSF短編集などで、パラレルワールドやタイムトラベルものを好きになり、そこから本当に研究されているマルチバース理論に興味を覚えるようになった。

そういう意味で、藤子先生は僕の興味関心を作り上げた人なんだと思う。そして、それが何十年も経った時に、回り回って藤子作品のレビューを毎日書いているわけだから、人生は面白いものだ。


さて、藤子先生が描いたマルチバース(パラレルワールド)をテーマとした短編集を5作品集中的に紹介している。これまでに4作品の記事化を終え、本稿でとりあえずのラストとなる。

ざっくりと振り返っておくと、『分岐点』は王道のパラレルワールドもの。今の妻とは別の女性と結婚していたらどうなったんだろうという、誰もが思いそうなことを、そのまま物語にした作品である。結果的にはあんまり変わらないという皮肉の効いたお話となっている。

『ぼくの悪行』はパラレルワールドからもう一人の自分がやってきて、自分が思っていてもできないようなことをされてしまうお話。自分とは言え、世界が違えば敵になるという、ある種世知辛い展開である。ただし、悪行をできなかった主人公が、最後は何となくいい思いをするラストは清々しい気持ちになる。

『ふたりぼっち』は『ぼくの悪行』と違って、最初はパラレルワールドの自分同士が意気投合して、楽しい時間を過ごす。しかし、徐々に世界がかけ離れていって、二人の意思疎通にもすき間風が吹くようになる。読後感は爽やかだが、自分も他人という藤子先生のメッセージも強く印象に残る。

『パラレル同窓会』では、無数の可能性から分岐していったマルチバースの自分たちが一堂に会するお話。突飛な設定であるが、いかに今の自分でいられることが偶然性に満ちているのかを感じさせる作品となっている。ラストはどちらかと言うとバッドエンドで、『分岐点』と似ているかも知れない。


ここまでをまとめてみると、藤子先生のマルチバース感が何となく浮かび上がってくる。人生に対して辛辣な、皮肉のこもった視線が垣間見える。

①マルチバースの世界観は藤子先生の中で定まっている
②マルチバースの自分はあくまで他人
③マルチバースには今よりいい生活は待っているかもという思いは幻想


今回取り上げるのは『昨日のオレは今日の敵』という作品。SF短編としては後期の発表作となるが、ここでも先ほど挙げた3要素を反映した藤子流のマルチバースの世界観が描かれる。

さらに、本作はタイムマシンものとしても読むことができる。ドラえもんの名作『ドラえもんだらけ』を彷彿とさせるグチャグチャ感がある。

どちらかと言えば「タイムマシン」括りの作品なのだが、今回はドラマ化もされたことなので、早いタイミングでの記事化を狙って「マルチバース」作品の一つとさせてもらった。


『昨日のオレは今日の敵』
「COMICモーニング」1982年11月4日号

本作の主人公は、男性漫画家のオレ。時は水曜日の夜。明日が連載漫画の締め切りの日である。切羽詰まる中、たった一人のアシスタントが喧嘩して出ていってしまい、真っ白な原稿24ページがまるまる残されている。

追い込まれているのにアイディアが浮かばず、悩み抜いていると、黒崎と言う友人が雀荘から欠員募集の電話を掛けてくる。当然オレは断るのだが、敵前逃亡呼ばわりされて、一度は出掛けようとする。

するとタイミング良く(悪く?)コミックイヴニングの石田から原稿の進行を聞く電話が掛かってくる。これで我に返り、悪魔の誘い(麻雀)を断り、再び原稿に向き合うことする。


なお、主人公の漫画家の名前は作中に登場せず、「オレ」としか出てこない。そしてほぼ一人の役柄(+編集者)で完結する物語である。その代わり、オレが一人ではないのだが。

「オレ」が連載している漫画は時空を舞台にしたSFで、登場人物たちがパラレルワールドに迷い込んだところで、前回は終わっているようだ。少々ややこしい展開に持ち込んでしまったせいで、続きが思い浮かばなくなってしまっている。

オレはもっと先々まで考えておけば良かったと嘆く。そして先々まで考えて麻雀するべきだ、などと明後日の方向へ思考が進んでしまう。

このように、オレは意志薄弱な性格で、自分でも立ち直らないと大変なことになると焦ってたりもするのだが、その次の瞬間には別のことを考え出してしまうのだ。

作者がアイディア浮かびに集中できない場面は、『ドラえもん誕生』などでも描かれおり、藤子先生が常にアイディアを求めて苦労していたことが伺える。

そして『ドラえもん誕生』と同様に、一時間だけ寝て能率を上げようなどと安易に考えてベッドに入ってしまい、結果翌日の午後二時まで眠り込んでしまうのであった。


オレは編集者の石田の訪問で起こされる。ネームを出せと言われるが、描いてないので当然出せない。そして近くに居られると集中できないからと言い訳して、石田に部屋から出ていってもらう。出来たらすぐに電話をすると約束して。

絶対絶命のピンチに陥ったオレ。怠惰に寝てしまった昨夜の俺が憎いなどと言い出して、「おれのばか、ばか・・・」と叫んでグルグルと部屋の中を走り回る。

・・・すると、何かよくわからない衝撃が走る。気がつくと窓の外は真っ暗。時計の針は夜中の一時。部屋の中をウロウロと半日も歩き回ったとでも言うのか?

顔でも洗おうと書斎を出ると、寝室ではオレがベッドで眠っている。オレはそこで思う、ひょっとして・・・と。念のため隣の部屋の夫婦を起こし、今日は何曜日かと聞くと、日付が変わって木曜日になったばかりだという。オレが直感した通り、12時間、時間を逆流していたのである。

ちなみに起こされたご夫婦は、昨晩行為に及んだ様子をオレに聞かれそうになった新婚さんである。少々髪が乱れているようだが・・・。


さて、この不思議な状況をSF作家の端くれであるオレが考察する。思い出したのは、時間はらせん状に流れているという説である。どうにかして、となりのラインに乗り移れば近い時間までタイムトラベルできる。

今回オレは部屋の中を猛スピードで駆けずり回ったので、ラセンを12時間分過去に飛び越えてしまったのかも知れない。・・・あまりに安直なアイディアで、SF漫画のネタにしたら抗議がくるレベルだと思うオレであった。


ともかくも、ベッドでは昨日の俺が寝ている。今のオレが絶体絶命のピンチに陥っているのは、こいつのせいなのである。そこで寝ている場合ではないと、水を掛けて強引に起こす。起こされたオレは、もう一人の自分を見て仰天する。

オレが説明すると、すぐに納得する昨日のオレ。さすが、自分同士の話は実に早い。しかし、このまま起きるかと言うとそうではない。寝れば能率が上がはずだと言い出して、もう一度ベッドに転がる。

このままでは明日苦労するぞと忠告し、二人の関係はやや険悪に。それでも、知恵を貸すからと言って、何とか二人の自分でアイディア会議を始めることにする。


今回の自分の経験を生かして、パラレルワールドの先にもう一組の主人公たちがいるので、4人で敵と戦うというアイディアを考え出す。そしてネームを起こすのは昨日のオレの仕事ということになるのだが、「オレ一人に押し付ける気か!?」と、またも一触即発の雰囲気に。

今日のオレは、昨日のオレが書いたネームに絵を入れねばならない。そう納得させて、もう一度未来へと戻ることに。方法は過去に戻った時と逆方向に走ればいいと考え、まんまと成功する。これもまた安直な方法と言わざるを得ないだろう。


戻ってみるとネームが仕上がっている。ここまで来れば、1ページ1時間半のペースで何とか間に合うだろうと算段する。ところが、あれだけ寝たはずなのにバカに眠い。それは当然で、徹夜してネームを描いた過去に修正されたからである。

そこで、「神がかりの死に物狂いで頑張れば1ページ1時間で終わるはず」と、あまりに楽観視した目論見をして、三時間だけ寝ようとベッドイン。案の定爆睡モードに突入するのだが、そこで水を掛けられて強制的に起こされる。

目の前に立っているのは、立派にネームを仕上げた12時間前のオレ。オレの絵入りが気がかりで、タイムトラベルして未来へとやって来たという。もはや、自分で自分の事を信じられなくなっているのだ。


過去のオレに発破を掛けられながら、セッセと作業を続けるオレ。次第に小うるさいオレに嫌気が差してくる。忠告がまるで他人事ではないかと思うのだ。すると、過去のオレは言う。

「結局は他人さ。いや、離れられないだけに他人より始末が悪い。誰だって過去の自分の尻ぬぐいにウンザリしてるんだ。未来の自分の責任が持てるわけもないし」

藤子先生のパラレルワールド感が良く出ているセリフである。今の自分がこんな有様なのは、過去の自分のせい。常に過去の自分の行為の責任を取らされている。でも、これは逆もしかりで、未来の自分は未来から今の自分のせいだと思うしかない・・。

これは、今の素晴らしい自分になったのは、過去に頑張った自分のおかげ、などとは人は思わないという考え方なのである。それよりも、何であんなことしたんだろう、もしくはしなかったのだろう、と恨めしく思うことがほとんどだというのである。


過去のオレはこれで元の時間軸に戻ろうとするが、その前に自分たちのさらなる未来の自分が、きちんと仕事を引き継いでくれるのか心配になってくる。

そこで二人して部屋中を回転して、未来に飛ぶと、危惧していた通りにベッドでぐっすりと眠りこんでいる。二人は未来のオレを殴って叩き起こすと、「こうなるのはわかっていたけど、我慢できなかった」と言い訳する。

そして、眠さのせいか、逆ギレして、「だいたいアシスタントなしで一ページ一時間なんて、やれるもんならやってみろってんだ!」と泣き叫び、怒る。

アシスタントに逃げられたのは過去の自分のせいである。そうなった責任を取ってもらおうじゃないかと、未来のオレは怒り狂う。


・・・ということで、3人で漫画の絵入れを協力して行うことに。だが、寝不足でカッカしているし、互いに自分のことを信じられなくなっているから、3人同士で怒号が飛び交う羽目となる。

自分のことを良く知っているのは自分自身だが、そのため、自分のことが信用できなくなる時がある。これまで見てきた作品では、パラレルワールドの住人同士で争いが起こるような話が多かったが、自分の嫌な面が見えすぎるほどに見えてしまっているからなのだ。

本作はタイムトラベルを使ったトタバタ劇という体裁を取ってはいるが、テーマ的には「パラレルワールドの自分への不信感」が活写されている。立派な「パラレルワールド=マルチバース」ものの一本として、これまで見てきた作品との類似性が確認できるものと思われる。



SF短編集まとめてます。


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