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画家を目指すのび助、運命の一日/野比のび助の青春③

のび太のパパ、野比のび助。うっかり者のイメージがあるくらいで、普段はそれほど脚光が当たることもないキャラクターだが、実は、彼の若き日のエピソードは胸を打つものばかりなのだ。そこで、のび助の青春時代のエピソードを総ざらいして、のび助はいかにのび太のパパとなったかを検証していく!

のび太のパパ、野比のび助は、普通の会社のサラリーマンであり、役職は係長と課長の間くらい?と考えられている。ただ借家ながら、練馬区の一軒家での暮らしを営めているし、ある程度の資金(1000万)を元手に家を買おうとしたこともあった。まあ、可もなく不可もない勤め人、といったところだろうか。

そんなパパは、若かりし頃、なんと画家を目指していた。しかし芸術家の道は険しいもの。のび助は、どのような思いで画家を目指し、そしてその夢を断念したのか? 本稿では、のび助の進路を描いた2本を紹介し、考察していきたい。

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『この絵600万円』「小学四年生」1972年12月号/大全集2巻

のび太がパパと歩いていると、初老の身なりのいい男性がわざわざ車から降りてきて、パパに声を掛けてくる。何十年ぶりの再会らしい。「すっかりご立派になられて」と挨拶すると、男性は「君こそ大きくなったなあ」と感慨深げ。ここで、意味深の会話が行われる。

「今も描いているの?」
「いえ、もうすっかり諦めました」

どうやらパパの過去に深くかかわりあいのある人らしい。のび太たちも新聞雑誌などで見覚えのある人物である。後で聞くことには、のび太たちでも知っている有名な、洋画家の柿原先生だという。

先生との別れ際で、「たまには遊びに来なさいよ」などと言われているが、これについては、後日談があるので、後ほど解説する。

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家に帰って雑誌に載っている柿原氏の絵を見る三人。落書きみたいな絵(Byのび太)だが、なんと600万の値が付いているらしい。パパは近くに住んでいた柿原のところへ絵を習いに行っていて、その頃からの知り合いであったという。

その頃の柿原は絵が認められず、ひどい貧乏暮らしだった。絵は100円でも買い手が付かなかったらしい。なんで買っておかなかったんだと憤るのび太たちだったが、「タイムマシン」で売れる前の柿原先生に会って絵を買おうと思い立つ。

ただ手持ちの所持金は98円。ママにねだって、なんとかお年玉から千円前借して、23年前・昭和24年へと向かう。パパは、『夢まくらのおじいさん』が昭和21年で12歳だったので、15歳くらいの頃と思われる。

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野比家の近く、落目荘というオンボロなアパートの一室に向かい、家賃や各集金を一切払えないスーパー貧乏な柿原と会うのび太たち。絵を買うと言うと泣き出すほどの大喜び。好きな画を、と言ってくれるが、のび太たちの目には落書きにしか見えない。

1098円でいいかと聞くと、「いいとも、夢みたい」とベロを出して喜ぶが、のび太が出した千円札は、当時はまだ発行されていないお札だった。からかわれたと勘違いされ、のび太たちは気まずくなって出て行ってしまう。

本作が発表された1972年の千円札は、伊藤博文であった。タイムマシンで向かった昭和24年はその一代前、聖徳太子の時代である。ちなみに伊藤の後が夏目漱石で、現在は野口英世。2024年からは北里柴三郎となる予定である。

その後古銭収集をしているスネ夫から古銭300円余りを譲ってもらい、それを元手に再度柿原のアパートへ行くのだが、そこで留守番している青年が、のび太のパパ・のび助であった。

のび助も絵を描いており、画家になるのが夢だという。ところがのび助の将来を知っているのび太たちは、

「いや、それは無理だ。あなたはサラリーマンにしかなれませんよ。わかってるんだ」

と、失礼千万な答えをして、のび助を怒らせる。ま、それは当然・・・。

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結局、一枚買うことにして、数ある絵の中から、一番うまい風景画を選ぶ。600万の絵を手に入れた、と喜んで現代に戻ってパパに見せるのだが、何とその絵はパパが中学生の頃描いたものであった。

懐かしがるパパ、そして骨折り損ののび太たちであった。

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柿原先生は抽象画を主戦場としているらしく、のび太たちにとってはパパの絵が、被写体がわかる唯一の絵であった。このエピソードから、中学生ののび助は、ある程度のレベルの絵を描いていたことは間違いないだろう。

ちなみに、柿原が遊びに来なさいと言っていた後日談として、本作の3年半後に発表された『あらかじめアンテナ』という作品で、パパが柿原と思われる人物の家を訪れるシーンがある。

名前は出てこないが、「先生もおかわりなく」と会話をしていることから、柿原で間違いないだろう。『この絵600万円』の再会をきっかけに交流が復活していたものと思われる。ただこの時は、「あらかじめアンテナ」のせいで、やけに用意のいい男と思われて、パパは大いに不服であった。

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『のび太が消えちゃう?』「小学六年生」1981年7月号/大全集8巻

さて、中学生の時に画家になるのが夢だったのび助だが、その後も絵描きを夢見て修行を積んでいたらしい。のび太のパパの人生を左右する、すなわち未来ののび太の運命にも大きな影響を与えかねないエピソードを詳しく見ていきたい。

冒頭、パパがのび太に、「将来をどう考えているのか」尋ねるシーンから始まる。掲載誌は「小学六年生」の2月号とあって、中学に進学間近の読者に向けたお話なのである。

「そろそろ人生の目標を定めて歩き出しでもいい頃じゃないか。例えば学者になりたいとか、芸術家とか政治家とか」
「僕そんなのこだわらないよ。何でもいいの。楽な仕事でカッコよくてお金さえ儲かれば」

とても小六とは思えない、情けない人生設計なのである。

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パパは書斎にのび太を呼んで画集を見せると、自分の進路選択の思い出を語りだす。画集の書き手である大家画伯はテレビにも出演するほどの有名人だが、パパの絵描き友だちであったという。ひょっとしたら自分がこうなっていたかもしれない。ちょうど20年前(1961年・昭和36年)運命の別れ道があったのだという。

パパは画家になるのが夢だったが、父親の反対で美術学校へは進めなかった。そこに、本式に絵を勉強をするための資金提供を申し出てきた人がいた。フランスでもイタリアでも留学させてやると言われたが、ぐずぐずしているうちにチャンスを逃したのだという。

「もしあの時決心していれば、今頃は…。だから!のび太には自分の思い通りの道へ進ませてやりたいんだよ!!」

のび太を思うこの親心。自分の後悔を経験則に、のび太に目標を見つけて欲しいという切なる気持ち。とても子供思いのパパだが、のび太にはそれほど響かないようで・・・。

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のび太は自分のことは棚に置き、パパが画家の道に進まなかったことが惜しくてたまらない。ドラえもんまでも、画家になっていればどら焼きもいっぱい食べられたのに、とパパの気持ちを汲み取らない。

そこで二人はいつものごとく「タイムマシン」で過去ののび助に会って、画家を目指して頑張れと後押しをすることにする。

20年前の野比家。おじいちゃんとおばあちゃんが居間で、迷えるのび助を話題にしている。おじいちゃんは「もう子供じゃない、自分の一生のことは自分で決めさせろ」と、『夢まくらのおじいさん』の頃と変わらず厳しいオヤジでいる。

のび助は、一人部屋で迷いに迷っていた。3時までに金満さんに返事をしに行く約束だが、踏ん切りがつかない様子である。行くか行かないか、自分の両手でジャンケンさせるが、当然決着はつかない。さすがはのび太のパパである。

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これでは日が暮れる、ということで、「やりとげ」というひみつ道具を出すドラえもん。このとげを刺すと、思ったことを何が何でもやり遂げようとするのだという。さっそくのび助に刺すと、決心を固め金満家へと走り出す。

その様子を見て喜ぶのび太たちであったが、そこにパパを訪ねて一人の女性が現れる。名前は金満兼子(かねみつかねこ)、いかにも金持ちの洋装で、のび助と結婚する予定であるという。のび助の決意を聞いて、満足して帰っていく。

ドラえもんは、パパがこの人と結婚すると、のび太が生まれなくなることに気が付き、慌ててのび助を止めようとする。しかし「やりとげ」の効果で足を止めることはできない。このまま婚約に至れば、その瞬間にのび太が消えてしまう

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のび太は、パパの将来を邪魔しちゃ可哀そうだと、引き下がろうとする。ドラえもんは、それはマズいと金満家に入り込んで、邪魔しようと試みる。

金満家のオヤジは、いかにも胡散臭い風貌で、若い頃自分も絵描きになりたくて、その夢を娘婿で果たそうと考えているのだった。「金とコネを駆使してのび助を世界的な大画家にする」、「結婚式には各界の名士千人、いや一万人を呼ぶ」、などと金満な会話が続く。

のび助はそこで切り出す。何とこの話を断りに来たのだという。

「金をかければ画家になれるというわけじゃないのです。それにどんな仕事をしながらでも絵は描けますから」

堅実な将来にきちんと向き合っているのび助。もっと早く断りたかったが、兼子の気持ちを考え決意なかったということで、人への思いやりの心も持ち合わせていることがわかる。

これに怒ったのは金満親子。「こんな美人をお嫁にしたくないのか、金からいくらでも出すというのに、・・・」。結局、第二候補として、大家さんに電話すると言って、のび助は家から追い出されてしまう。

この第二候補の大家は、本作の冒頭で名前の出ていた有名画家だが、この金満家の力を借りて世に出たのだろうか? そうであったとしても、そうでなくても、世に出ているからには、実力はあったものと思われる。

おそらくパパも大家も、既にこの時点で有名になっていた柿原画家の弟子であったので、金満家に目を止められていたものと思われる。大家が第二候補でパパが第一候補なので、パパの方が実力が上だった可能性がある。

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のび助は帰り道、「僕の人生は僕自身の力で切り開いていくのだ」と急にエンジンがかかり、走り出していく。無理しているように見えて、可哀そうに思うのび太たち。

と、無鉄砲に走っていくのび助が、セーラー服の女学生とぶつかる。その女性は定期券を落として行ってしまったので、のび助は追いかける。定期券に記載されていた名前は、「片岡玉子」。そう、若き日のママである。

パパとママは学生時代に知り合って、その後結婚に至ったというわけだ。ちなみに二人のプロポーズのエピソードについては、『プロポーズ作戦』で描かれている。記事にもしているので、興味あればご一読のほど。

本作の冒頭で言っていたように、この日はのび助にとって運命の分かれ道であった。パパは画家の道に挑み切れなかったことに後悔を滲ませていたが、でもこの日に将来の伴侶となるママと出会っている。人生全般の点で、良い方向に進んだ運命の一日であったのだ。

現代に戻ってみると、パパが珍しく絵を描いている。

「久しぶりに描いてみたくなってね」

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野比のび助は、自分自身で運命を切り開き、立派な家庭を持ったのである。


「ドラえもん」の考察たくさんやっています。下記リンクへGO!


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