信じるか、信じないかは・・『箱舟はいっぱい』/藤子Fの箱舟伝説②
「旧約聖書」のハイライト、大洪水とノアの方舟のエピソードは、その真偽が常に話題になるほどの、世界的な伝説である。
古今東西、この方舟伝説を基にした物語はたくさん生まれている。例えば、「風の谷のナウシカ」は、大海嘯と呼ばれる王蟲の津波が世の中を覆うという設定があり、これは明らかに方舟伝説を念頭にしたものだ。
世界の不思議、伝説、伝承を基にしたお話を多数作っている藤子先生は、当然の如く方舟伝説を土台とした物語も手掛けている。
これまで二本の記事で、3作品を紹介した。
本稿では、ノアの方舟をモチーフにした異色SF短編を取り上げる。全編不穏なブラックテイストなお話だが、都市伝説めいた展開はユーモアも感じさせる。
また、地球の破滅という事態に際して、政府がどのような対応を取るのかが、割とリアルに語られているのも特徴的。色々と広げられそうなテーマを含んだ作品なのである。
まずはよくある「都市伝説」のお話から。
世界の滅亡をいち早く知った世界各国の政府は、徹底した情報統制をするとともに、生き延びらせる人々を選び出し、食料や他の動物たちとともに地下シェルターに閉じこもる。
この手の都市伝説には色々なバリエーションがあるが、ポイントは二つ。
人類の危機が世の中に知れ渡ると、無用なパニックを引き起こすという論理から、一部の組織だけで情報が留められるという展開である。これは最近のコロナにおいても似たような言説が飛び交った。
例えば、コロナウイルスは人工的に作られた殺人ウイルスで、それを世界のトップが隠してる、といったものだ。これは、中国政府が真実を隠しているとか、ワクチンメーカーの陰謀である、など様々なバリエーションがある。
まあ、都市伝説的には、良くあるお話だ。
そうした良くある典型的な都市伝説のスタイルに挑戦した作品が、本作である。先述した二つのポイント通りのお話だが、特に②の部分が少しひねったものとなっている。
主人公は大山家の主人。奥さんと息子が一人。賃貸の家に住む平凡なサラリーマンの一家である。
そんな大山に、隣に新居を立てたばかりの細川から、急に現金が入用となったので500万で家を買ってほしいという申し出を受ける。相場としては土地代だけで2000万の家なので、大山はその話を聞いて、願ってもないと大喜びする。
細川はずっと暗い表情なのが唯一気にかかるところ・・。
大山は家に帰ると、貯金350万とオヤジから100万出させて、残り50万も何とかかき集めると算段を付けて、その話に乗ろうと考える。奥さんは直感的にその話はおかしいと思うのだが、「楽しき我が家(埴生の宿)」を歌いながらご機嫌にお風呂に入ったりしているので、止められない。
そこへ、一人の怪しい男が訪ねてくる。「ノア機構の連絡員」だと名乗り、ご主人に早く話したいという。ピンとこない大山に、男は一方的に話し出す。
話がすれ違っていることに男は気づく。隣人の細川を尋ねるはずだったようだ。勘違いと分かると、あっという間に姿を消す男。大山は何かが引っ掛かる。何だか気に入らない・・。
この大山の「何か」をさらに増幅させる出来事がたて続く。
ここで過去の事実が明らかになる。
今から3年前に「カレー彗星」が地球に向かっており、3年後(つまり今月)に地球に激突するという騒ぎが起こった。世界天文学会議がすぐに公式で否定して、騒ぎは収まっていた。
この一連の騒ぎには後日談があると、大山の同僚が語る。
後から出た否定声明こそがウソ。世界中が大騒ぎとなったので、ネッシンジャー大統領補佐官が世界中を飛び回り、主要国首脳の支持を取り付けたあと、ウソの声明を出させた。その舞台裏では、ひそかに人類救済策を準備してきた。
さる確かな筋からの情報だと語る同僚だが、もう一人の同僚は「まんがじゃあるまいし」と笑い飛ばす。一方では出自の怪しい情報を信じ、一方は相手にしない。これがいわゆる「都市伝説」に対する二大反応である。
大山はこの話を聞いて、さらに考え込む・・。
その晩のテレビ放送。「トップテン」のような音楽番組の司会者が、今週の1位の発表の前にとっておきの特ダネニュースを話すという。その中身が、大山の心をさらに突き刺す。
この司会者はさらに狂ったように、「報道管制が敷かれている」などと騒ぎ立てて、他のスタッフに押さえ込まれてしまう。そして、放送事故のように扱われて、テレビ番組は終了してしまう。
大山はここで確信する。ノア計画は本当である、と。そして、隣の細川家に殴り込むのであった。
この番組に端を発したのか、国民のパニックはあっと言う間に燃え広がっていく。国会前でデモ隊と警官隊が激突。総理は「彗星との衝突は断じてない」と声明を出すが、もう誰も信じようとはしない。
大山もすっかりしょげてしまう。家族を救ってやれないと言って、酒を飲んでは号泣するのであった。
さて、ここからがお話は本番。
大山家では、久しぶりに家族三人の笑い声が響く。ノア機構を自称していた連中が一斉逮捕されたのである。3年前の彗星騒ぎを利用して、ロケットの搭乗券を売ると称して、一世帯あたり100万から7000万を搾取していたという。
このニュースは、さらに報道の解説で強化される。冷静に考えればジャンボロケットなんてものは世界中に存在していない。仮にロケットで脱出してもその先どこへ行こうというのか・・。
ノア機構のロケット騒ぎは、詐欺以前の話として片付けられて、国民のパニックは収まったのであった。
安堵した大山も、先日殴り込んだ細川に謝る。細川は腕を骨折している様子で、かなり酷く大山にやられたのだろう。細川も後ろめたかったと言って、逆にお詫びしてくる。両家は和解となった。
パニックは収まったが、もちろんこれにはもう一段の裏がある。
総理大臣に「特号秘」と書かれた書類を持って官僚がやってくる。彗星が地球をかすめる事実は、やはり本当であるというものだ。
総理と官僚との会話から、ノア機構はダミーとして国民の目を逸らすために仕組まれていたものだとわかる。つまりは一連の国民のパニックは、想定の範囲内だったのだ。
ダミー作戦は大成功と呼べるが、総理にとっては痛恨の極みである。総理もどこかのシェルターに入るため、ヘリコプターに乗り込んで、空へと飛んでいく。
空飛ぶヘリコプターを眺めていた大山の息子は、細川家のやっちゃんを呼び出す。和解した大山・細川は、両家連れ立っての遠足に出かけることになったのである。
すると、別の3人家族が通りがかる。大山と知り合いの家庭らしい。彼らも偶然に今日が遠足なのだという。・・・が、妙にこそこそした感じで、何かいわくありげの様子。大山はその違和感には気づかない。
その家族と別れて、大山と細川両家は遠足へと出発する。不穏な空模様とつむじ風が舞う。世界の終わりは、もう近くまできているようだ・・。
今回の地球滅亡に際して政府が取った行動は以下のようなものだった。
なんか、現実でも起こりそうな手順である。いや、それは我々の預かり知らないところで、既に進行しているかも知れない。
信じるか信じないかは、あなた次第、なのだ。
「SF短編」の考察、紹介しています。
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