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世界の水没が見えた!『世界沈没』+『大こう水がくるぞ』/大予言のウソ②

旧約聖書の「創世記」序盤(天地創造と原初の人類)のクライマックスは、堕落した地上人に対して大洪水が引き起こされるシーンであろう。事前に神の警告を聞いていたノアは、巨大な箱舟を建設して家族と動物たちを乗船させ、大洪水の災厄を逃れることができた。これがノアの箱舟伝説である。

この話のポイントは、予言を得て箱舟を準備していたノアを、堕落した人間たちはバカにして見ていたという点である。神の存在を忘れてしまった人間の愚かさを描いた部分ではないかと思う。


藤子作品では、ノアの箱舟を題材とした作品がいくつかある。『箱舟はいっぱい』のようなシリアスな話もあるが、大洪水を事前に知った登場人物たちが、ノアのようにバカにされながら洪水の準備をしつつ、結局は洪水が起こらないというギャグ篇もある。

本稿では後者、結局予知は外れてしまうという2作品を紹介していく。

ちなみに以下の記事にて、「予言」についてのF先生の懐疑的視点を明らかにしているので是非こちらも合わせてお読みください。


「ドラえもん」『世界沈没』
「小学四年生」1972年11月号/大全集2巻

まずは初期ドラから『世界沈没』を見ていく。これはてんコミでも最初の方に収録されている有名な1本である。雑誌掲載時からかなりの加筆修正が行われているようだ。

本作ではズバリ未来を見ることができる凄いひみつ道具が飛び出す。その後未来予知を否定する作品を描いているF先生だが、本作では初期ドラ特有の大らかさが現れているように思う。


冒頭、いきなり大洪水に人々が流される「世界のおわり」から始まる。その中で船を走らせ、のび太の家族やしずちゃんたちを救出する。そしてみんな口々にのび太に感謝の言葉をかける。

・・・すると、これはのび太が見ていた幻想のようである。


のび太が見ていたのは、未来を見ることのできる「イマニ目玉」という目の形をした道具で、10時間後に実際に起こる映像であった。のび太は信じられないが、道具が本物であることを知っているドラえもんの方が、

「なにィ。世界の終わり!?」

と衝撃を受けている様子。

ドラえもんは気象台やテレビ局、新聞社や国連事務総長に電話して警告するが話が全く通じない。しずちゃんやスネ夫、ジャイアンも笑うばかり。

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イマニ目玉の故障の可能性もあるので、メモリを10分後に合わせるとのび太のママに叱られる映像が流れる。ママは夕方まで外出中なので、やっぱり故障かと思っていると、ママが出掛ける途中で帰ってきてのび太のいたずらを叱るのだった。

イマニ目玉は壊れてなんかいない。予知が当たれば、大雨でおぼれ死んでしまう。急いでドラえもんたちは、「自動のこぎり」「自動かなづち」などでノアの箱舟を作ることにする。

友人たちに大笑いされるが、

「気にするな、ノアがはこ船を作った時も笑われたんだ」

とドラえもんは意に介さない。

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ママやパパの反対の中、食料もありったけ船に積み込む。ママたちも乗るようお願いするが、逆に怒られてしまう。突然の世界の終わりなど、誰も信じてくれないのである。

洪水の映像は深夜12時のものだった。それまで晴天の夜空の下でその時を待つ。全く雨が降りそうもないので疑心暗鬼になる二人だったが、ともかくその時まで休むことにする。

「こんな時に眠れるわけないや」とのび太とドラえもんは船の中で寝床に就くが、次のコマでさっそくいびきをかいて寝てしまう。

すると、にわかにポツポツと雨が降り出し、あっという間に滝のような豪雨となる。雨音で起きだすと、一面泥水の海となっている。世界の終わりが本当に来てしまったのだ。

そして冒頭でのび太が見た映像のように、ママやパパや友だちを救出していく。そして皆に感謝され、いい気持ちとなるのび太。すると、そんなのび太にドラえもんが呼びかける。「起きろ」と。

なんとのび太は布団の中でおねしょをしており、今まで見てきた映像はのび太の夢であった。つまり、昼間にイマニ目玉で見たのは、のび太の夢であったのだ。

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未来を見ることのできる「イマニ目玉」は、その人の夢までも見ることのできる道具なのであった。でも、夢の可能性を残してしまうと、見えた映像について常に夢でないかと疑わなければならなくなる。半信半疑の未来予知の道具だとすると、使い勝手は悪そうである・・。


「ジャングル黒べえ」『大こう水がくるぞ』
「小学五年生」1973年8月号

そして「ドラえもん」『世界沈没』から9か月後、再び同じようなテーマの作品が発表される。なぜ似通った話が続いたかは不明だが、「ジャングル黒べえ」は極めて多忙の中執筆された作品で、しかもオリジナル設定を他人に委ねていたため、あまりネタ作りに時間をかけていなかったのかもしれない。

とは言え、少々ヒネリも効いているのでこちらも詳しく見ていきたい。

まずそもそも「ジャングル黒べえ」をよく分からない方は、下記の記事をご覧いただくと良いかと思います。

こちらは冒頭から、黒べえたちが大洪水に備えて大きないかだを制作している。その様子をみて「何を寝ぼけているんだ」とバカにするしし男。すると、黒べえには証拠があるのだという。

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庭に立てているベッカンコ神像が、近ごろ快晴なのに、なぜか毎朝濡れているのだという。これには、ピリミー王国の言い伝えがあると黒べえは言う。

「昔、世界中に大雨続いたとき、ベッカンコの神お告げを下さった。いいお天気の日神様ぐしょ濡れ、ピリミーの先祖 箱舟作って助かった」

ノア箱舟伝説そのものである。

これを聞いても、しし男やママは「きっと神さまがお漏らししたんだよ」と相手にしない。その反応に「神様バカにする者きっと滅びる」とがっかりする黒べえ。

そこで何とか信じてもらうために、成功したことのない「水鏡の魔法」で未来を写し出そうと考える。お風呂に水を張って水鏡として、そこにウラウラベッカンコーと魔法を掛けると、何かが写ってくる。

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その様子は、水浸しの家の中で大慌てのしし男やママたちの姿であった。黒べえはこれこそ大洪水の場面であると自信を深める。そんな矢先に雨が降り始め、しし男は黒べえ側に「転ぶ」。

急ぎいかだ作りを手伝おうとするが、材料が足りない。仕方なくミニプールに入ってこれをいかだ代わりにしようとする。ところが、雨は強くならずに降り止んでしまう。単なる夕立だったのか・・?

すると、ザアザアと水の音が聞こえ、部屋の中にチョロチョロと水が流れ込んでくる。廊下に出ると水浸し。先ほど水鏡の魔法で見た事態である。黒べえも「お告げの通り、ウーラ!」と叫ぶが、この水はお風呂場から流れ出てきたようである。

先ほど水鏡の魔法をする際に出した水ををそのまま流しっ放しにしていたのである。黒べえの未来予知の魔法は成功したのだが、家の中だけの洪水であった。。

どうやら、洪水は起きない模様。ではなぜ神像が濡れたのだろうか。黒べえが真相を明らかにするべく徹夜で見張っていると、タイガー(ジャイアンに相当)が犬の散歩に現われ、神像をトイレ代わりにしていたことが判明。罰当たりな行為に怒る黒べえなのであった。

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今回見てきた2本は、間違った未来予知をしたわけではない。その意味で「大予言のウソ」という括りにしてはいけない作品である。しかしながら、一方では夢、もう一方は凡ミスと、大洪水や世界の終わりとは一切関係ないものだった。

つまり映像によって未来予知ができたとしても、確定的な未来を見るのは難しいということなのだ。

前回の記事で書いたが、解釈の余地がのこされる未来予知は、あまり信じることはできない。今回の二本も、ほぼ同様の結論が導き出されるのではないだろうか?


藤子作品の考察・レビューやっています。目次にお立ち寄りください。


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