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方舟伝説の起源を探る『誰が箱舟を造ったか』/藤子Fの箱舟伝説①

「旧約聖書」の「創世記」に記された、大洪水と、予め惨事を知らされたノアが作り上げた巨大な船の物語。それが、ノアの方舟伝説だ。

神の怒りを買った人類が大洪水で一掃されるというショッキングな出来事は、信者たちの神への畏敬の念を強く感じさせる。

伝説ではあるものの、時おりノアの方舟が実際に見つかったというニュースが流れてきたり、聖書のモデルとなった大洪水は実際にあったのでは?と指摘する声もよく聞かれる。

調べていくと、実際に方舟を作って動物たちを入れることができるのかを研究している人がいたり、聖書の成立以前のギルガメッシュ叙事詩で、全く同じような記述が見つかっているなど、興味深い事実はどんどん出てくる。

方舟に関することを深掘りしているとキリがないので、ここでは重要なポイントだけ列挙しておく。

・神は大洪水によって悪い人間を一掃することを考える
・正直者だったノアとその一家だけは、方舟を作らせて助ける
・ノアは神の指示通り、全ての生物を一つがいだけ船に乗せた
・方舟の大きさは長さ135m×幅23m×高さ13.5mほどだった
・雨は六日六晩降り続き、150日間水は引かなかった
・方舟はアララト山の頂に漂着。アララト山はトルコに実在する
・メソポタミアの神話「ギルガメッシュ叙事詩」に同様の記述がある


伝説の基になった事実があったかどうかは、結局は憶測の域を出ないし、時々発見される方舟が本物かどうかは明らかとなっていない。

しかし、伝説や神話が実際の出来事を踏まえて作られているケースは、世界中どこにでもあって、それが古今東西の作家たちの創作意欲を掻き立てているのは間違いない。


当然、藤子F先生も「方舟伝説」には着目をしており、「ドラえもん」「ジャングル黒べえ」などで、ギャグ漫画として昇華させている。

こちらは既に記事化させているので、興味ある方はこちらへ・・


本稿と次稿の二回に渡って、方舟伝説から波及した作品を2作紹介したい。シリーズ名は「藤子Fの箱舟伝説」。本稿では、方舟伝説は実在したのでは、という観点の作品を取り上げる。


「T・Pぼん」『誰が箱舟を造ったか』
「コミックトム」1984年10月号/大全集3巻

「T・Pぼん」とは何ぞやという方も多いと思うが、既に何本も記事にしているので、できればそちらで補っていただけると助かります。「目次」から飛べます。


「T・Pぼん」は、主人公ぼんとタッグを組む女の子との組み合わせによって3部構成となっている。本作は第3部の3本目の作品である。

第一部:見習い隊員(メイン隊員はリーム)全14話
第二部:正式隊員(見習い隊員がユミ子)全11話
第三部:正式隊員(ユミ子が正式隊員に昇格)全11話


ぼんは、クラスメイトに方舟伝説が本当だと熱弁するのだが、そんなのは迷信だとして、ロマンチスト扱いされて笑われる。

ぼんはバカにされたのが悔しくて、T・P本部の資料室に方舟伝説の原形となった大洪水があったのかどうかを問い合わせる。すると、何とそれは実在していた。

有史以前、紀元前5000年ほどのチグリス・ユーフラテス河口一帯が大洪水に見舞われ、一部の村はペルシャ湾の底に沈んでいるという。実際にこの世の終わりのような大洪水は存在していたのだ。


ぼんはT・Pのパートナーであるユミ子に、大洪水の現場に向かって、ノアを見つけ出そうと提案する。神様の役割を担おうというのだ。

歴史改変が禁じられているT・P隊員が、本部の指示なしで伝説をなぞるようなことをしてはまずかろう。ユミ子は懸念を示すが、ぼんは助けても歴史に影響を受けない人をチェックカードで選べば大丈夫だと主張する。

それで大丈夫なのか・・。ユミ子の悪い予感は、この後的中する・・。


なお、メソポタミア神話における方舟伝説は、旧約聖書と固有名詞が異なっている。その点もまとめておこう。

エホバの神 → エンリル
ノア → ウトナピシュティム
アララト山 → ニシルの山

紀元前5世紀頃のメソポタミアは、灌漑技術の発達によって平野でも農耕が可能となっていた。しかし、チグリス川もユーフラテス川も毎年のように氾濫しており、洪水は日常茶飯事だった。

ぼんたちが向かった年は、そこへさらにペルシャ湾からの大津波が発生して、平野部のほとんどが水没したのだという。ぼんたちは、この世界で「ノア=ウトナピシュティム」を見つけて、方舟を作らせようと画策する。


ぼんたちは旅人を装って心清き人を探す。が、村の長に敵対するヘブライ人(ユダヤ人)だと勘違いされ、迫害を受けて、逃げ出す二人。

ノアごっこは止めようかと思い始めた矢先に雨が降ってきて、近くにあった小屋で雨宿りをさせてもらおうとする。その家はアシで器用に編んで作られている。

心優しきこの家の主の名は、ウトナピシュティム。いきなり伝説の人物と遭遇である。チェックカードで調べると救出可能だとわかる。

そこでぼんたちはこれから大洪水がくるので、大きな舟を作るよう告げる。が、洪水は珍しくもなく畑の土を肥やすのに必要なことだと言って、本気で受け止めない。そればかりか、ぼんたちは頭がおかしいのではと思われてしまう。

T・Pぼんにおいて、しばしば出てくる「神様ごっこ」は、ここでも通用しない。人々は神のお告げなど簡単には信じないのである。

さらにユミ子は、この時代は石器時代なので、水漏れしない大きな船体など最初から作れないと思っていたと考えを述べる。方舟伝説は、やはり伝説だったということだろうか。


ところが、ここから話はおかしな方向へ。

ウトナピシュティムが、村の長にぼんたちのお告げの話をすると、村長は策を巡らせて、大舟を作るようウトナピシュティムに依頼する。おかしな発言を信じたのかと、驚くウトナピシュティムだったが、もともと大きな舟を商売で使いたいと思っていたという。

なぜウトナピシュティムにお願いするかというと、アシで器用に自分の小屋を作る技術を見込んでのことだった。ウトナピシュティムは、借金の棒引きとどっさりと食料をくれることを条件に舟建造を引く受ける。

巨大な船を作っていると、村長の気が知れないと影口を叩かれる。ぼんたちは、チェックカードで村長を調べると、大きな反応が出てしまう。この男は、歴史上重大な影響を及ぼす人物であるらしい。

洪水が起こったとして、舟を建造している村長を救出することはできないという、ややこしい事態となってしまったのである。


どうしたらよいかわからないうちに、豪雨が降り始める。大洪水は近い。船は未完成だが、仕方なく時間を停止させてぼんたちが完成させる。そして村長は、船の中に家畜や種もみや食料を詰め込ませる。

村長は洪水に備えて舟に荷を積んでいるわけではない。しかし、村中のネズミが何かの前兆を察知して逃げ出す姿を見た村民たちは、村長が何かを知っているのではないかと疑い始める。


一方のウトナピシュティムは、船が完成したので、豪雨の中家族のもとへと急ぐ。しかしその途中で、大地震が起こる。この大地震が大洪水を引き起こしたのである。

津波を察知したウトナピシュティムは、家族を連れて山岳地帯へと逃げ出す。けれどもう間に合わない。丘の上にはたどり着いたが、そこへ急流が押し寄せる。これ異常増水すると、水に吞み込まれてしまう。

絶体絶命のピンチに、ウトナピシュティムが村長のために作った舟が波に運ばれてくる。この舟を巡って村長と村民で争いが起こり、その間に舟が漂い出してきたのであった。

ウトナピシュティム一家は、この舟に乗って一命を取り留める。まるで奇跡のような展開に、ぼんたちは思う。

「神様ってほんとにいるのかもしれないね」


話をまとめると、結局ぼんたちがウトナピシュティムに大洪水の話を聞かせたことで舟は建造され、それによって大洪水からウトナピシュティムは助かる。この事実が、ギルガメッシュ叙事詩で語られ、後の旧約聖書に採用される。

つまり、ぼんの思いつきの行動によって、方舟伝説は作られたということだ。なので逆に、ぼんが何も行動しなかったら歴史は変わってしまったかも・・。

そんな遊び心がT・Pぼんの魅力の一つである。



「T・Pぼん」の考察も多数しています。


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