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地球空洞説『異説クラブメンバーズバッジ』/藤子Fの地下ワンダーランド①

「タモリ電車クラブ」の次に有名な「藤子F異説クラブ」をまずはご紹介しよう。

SF(すこしふしぎ)作家の藤子F先生だが、大きな不思議も大好きだった。

かつて小学館が発行していた、学研の疑似科学雑誌「ムー」を参考にしたと思われる「ワンダーライフ」(1988年9月発刊)という雑誌がある。その創刊号から「藤子不二雄Fの異説クラブ入門」という連載が始まり、それまで蓄えてきたF先生の「異説」に関する膨大な知識・見解と、「異説」への愛情たっぷりの思いが綴られている。

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テーマはオカルト、科学、SFと、藤子F作品を考察する上で重要なテーマが、丁寧にじっくりと語られている。Fマニア必読の書だ。

非科学的と言われそうなことも、いきなりニセモノだと一刀両断せず、その可能性はないのかと理詰めで検証を行っている。非科学的現象を科学的に捉えていく、もしくは「不思議」に対してそれもあり得るかもとフェアな態度を取る。そういう姿勢や志を持った仲間たちの集いを、F先生は「異説クラブ」と命名したのである。

この「異説クラブ」の名称は、「ドラえもん」の名作『異説クラブメンバーズバッジ』が発祥である。この話は、「地動説」「月の裏文明説」「地球空洞説」といった異説を信じるメンバーがバッジを付けると、その異説が正しいとされる世界に行ける、という異説ファンには夢のようなエピソードである。

全17回連載された「藤子不二雄Fの異説クラブ入門」は、第一回目を飾るテーマが「地球空洞説」だった。これはドラえもんの『異説クラブメンバーズバッジ』のテーマが「地球空洞説」だったことが主な理由ではあるが、藤子先生にとって思い入れのある説だったのは間違いない。

というのも、F作品には地下をテーマとした作品が無数に存在しているのである。

その代表的な作品が大長編ドラえもんの『のび太と竜の騎士』である。地下世界のアイディアの集大成ともいえる作品だが、あまりに膨大な情報量が詰まっているため、この作品の考察はいずれ時間をかけて行いたい。おそらく数回に渡る大考察となるので今からビビってしまうが…。

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今回は、「藤子Fの地下ワンダーランド」と題して、F作品の地下世界を覗き込んでいきたい。全3回のシリーズとなる。

初回はやはり、「ドラえもん」の『異説クラブメンバーズバッジ』から見ていかねばならないだろう。本作を読めば、異説クラブとは何なのかが良く理解できる。


「ドラえもん」『異説クラブメンバーズバッジ』
「小学四年生」1980年11月号/大全集10巻

事の始まりは、学校の裏山で深い穴をのび太が見つけたこと。しずちゃんも「まるで地球の中心まで続いているみたい」と興味津々。そこでのび太は自説を発表する。

「僕の考えでは、これはきっと、地底人が掘った穴だ!! 地底人がひそかに出入りしていんだ!!」

そこにスネ夫が笑いながら登場。バカげたことだと貶したあと、

「地底にどうして人が住めるの。光もない所で。だいいち地球の中心は何千度という高温なんだぜ。これはただの古井戸なんだよ」

スネ夫は、時々こうしたのび太の非科学的アイディアを、真っ向から否定してしまう「科学派」となる。同じパターンで「のび太と竜の騎士」では恐竜の存在を否定していた。

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のび太は納得いかずドラえもんにこのことを話すが、やはりバカにされて拗ねてしまう。そこで取り出した道具が、「異説クラブメンバーズバッジとマイク」である。改めてこの道具の説明をすると、マイクに向かって「本当は天動説が正しい」としゃべると、その異説を信じてバッジを付けたメンバーだけが、天動説が本当の世界にいける、というもの。「もしもボックス」の限定版と言って良いだろう。


蛇足ながらここで「天動説」のことを補足しておくと、地球が宇宙の中心で、太陽や月やその他の天体は全て地球の周りを回っている、とする古くから信じられていた説である。「ドラえもん」では、天動説に地球が球状では無かったという説(地球には果てがある)を加えた世界モデルを提示している。

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さらに蛇足していくが、天動説から現在の「地動説」(地球は公転している)へと考え方が転換するわけだが、これを主張した人物が16世紀に登場したニコラウス・コペルニクスである。世界の中心だと思われていた地球が、実は中心でないということを科学的なデータに基づいて証明した人物で、有名なコペルニクス的転換の語源となった。彼の主張した地動説は、当時の「異説」であり、時代は異説によって進んでいくのだという好例とも言えるだろう。

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「ドラえもん」に話を戻すと、次に紹介される異説が「月の裏文明説」である。月はいつも同じ面を地球に見せて回っているので、その裏側を地球からは観測することができない。よって、月の裏側には高度な文明を持った生命体がいるのでは、と唱える者がいたのだ。

本作ではさらりと登場しただけの異説であったが、このテーマを大長編へと拡大させたのが『ドラえもん のび太の月面探査機』である。藤子Fマニアでもある直木賞作家辻村深月さんが脚本を担当したが、「異説クラブメンバーズバッジ」とF先生が深堀しなかった月面世界に着目した点は、大いに評価できる。(しかも傑作だった)

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さていよいよ「地球空洞説」の出番となる。ドラえもんは、地球の内部が空っぽだという説だと簡単に紹介しているが、ムー界隈では地球に飛来するUFOは地球内部から北極の穴を通じてやってくる、とする有名な都市伝説である。月の裏と一緒で、地底内部は観測することができない。分からないことが多いとなると、そこには「異説」が紛れ込む余地があるのである。

地下文明説・地球空洞説は、大勢のフィクション作家にも愛された「異説」であり、最近では「アイアン・スカイ 第三帝国の逆襲」という地球空洞説とヒットラーがその空洞に逃げ込んだという都市伝説を真っ向から描いた映画があった。こちらオススメです。

大長編ドラえもんでも、「のび太と竜の騎士」の他に『ドラえもん のび太の創世日記』で、北極ではなく南極だったが、この地球空洞説を使った世界観をテーマとしていた。

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本作では、スネ夫を見返すために、バッジを付けて裏山の井戸に飛びこんで、地底世界へと向かう。さりげなく、重力が地表側に働いているように描いているのにも注目しておきたい。また、水を引くために、山中湖の裏側から(地表に向かって)地面を掘っている。こういう細かい設定を蔑ろにしないのがF作品の好きなところだ。

水を引いて植物の種を植えたら、次は地底人を作ることにする。「動物粘土」で可愛いアダムとイブを作る。この時、最初はグロテスクな怪物も作っているが、可愛くないという理由でポイと捨てられているが、これが少しあとでの敵として登場する。

その後、何回か地底世界へと行き、火のおこし方、住まいの作り方、石器の作り方など、地底人に「文明」を教えていくのび太たち。ドラえもんには、文明を一から作るエピソードがいくつかある。本作もこの辺りは文明が起こる過程にテーマが移っているようだ。

地上世界では、スネ夫がジャイアンを巻き込んで、地底人を信じるのび太を幾度となくバカにする。悔しいのび太だが、ここは我慢して地底人たちの文明が発展していく様子をみていく。この辺りの物語の構成は「のび太の恐竜」とほぼ一緒だ。

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地底人に懐かれたのび太たち。地底人は自分たちで石造りの家を建てたり、ダイヤや金を掘り起こしたりして、都市文明を築き上げる。いよいよ、スネ夫たちを連れてきて驚かす時が来た。

バッジを付けさせ、井戸に飛び込ませる。すると、そこに待っていたのは、地底人たちの大歓迎であった。車に乗せられて街頭をパレードし、地底で採れたごちそうでおもてなしを受ける。驚くスネ夫とジャイアンは、「お前の勝ちだ」と地底国を否定したことを謝り、胸がスーッとするのび太なのであった。

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ところが話はここでは終わらない。地底国を騒ぎ立てるスネ夫たちによって噂が広まっていき、ついにテレビ番組の取材も現れる。マスコミが騒ぐと、いかにも悪そうな顔つきの不動産業者・開発業者なども集まってきて、スネ夫とジャイアンは、地底国に案内をすると言い出す。

この、超常現象に群がるマスコミ、というモチーフもF作品ではしばしば見かける。異説を信じる人へのシンパシーを隠さないF先生だが、異説を金儲けに利用しようとする輩は許せない、というわけだ。

いかにも金満な風貌の大臣までもがテレビで地底国について話しだして、地底人の平和な暮らしが壊されることを危惧したのび太たちは、バッジとマイクを埋めてしまう。スネ夫たちに案内されて井戸に入っていったマスコミ・業者の人々は、地底世界など見つからず真っ黒になって穴から出てくる。地底世界の秘密は守られたのだ。

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ただ、よく考えてみれば、古井戸に入っていった人々はバッジを付けていないので、「異説」世界に行くことはできないはず。つまりバッジさえ渡さなければ、地底人の平和は保たれていたことにはなる。それでも、世界の痕跡を残さないためにも、バッジの存在は無かったことにした方が良いという判断だろう。

またもう一つ気になる点として、バッジが失われた場合に地底世界はどうなってしまったのか、ということだ。

これは一つのパラレルワールドだと考えるのが適切であろう。このバッジに近い働きとして「もしもボックス」がある。もしもの世界(=パラレルワールド)を作りだす道具である。もしもボックスを通じて新しい世界に行って、戻ってきたとしても、新しく作られた世界はその後も続いていく。この設定をきちんと定義したのが、「ドラえもん のび太の魔界大冒険」であった。

この設定を援用すれば、本作の地底世界は、なおも続いてくことになる。もしかしたら、バッジを壊してしまうとその世界も消えてしまうのかも知れない。だからバッジを穴に埋めたのではないかとも想像できる。


この世界ではあり得ないことだとしても、並行世界では存在するのかも知れない。そのようなロマンに思いを馳せるのがF先生であり、「異説クラブ」のメンバーにも求められる素養である。

この思想に賛同いただける方。是非あなたも「藤子F異説クラブ」へのご入会をお待ちしております。

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