宇宙の価格差を利用した貿易商『エリ&チンプイ・カンパニー』/藤子Fカンパニー③
物の価値は、需要と供給で決まる。
例えば、安価で美味しい庶民の魚だったサンマは、近年、漁獲量が減ってしまい価格が高騰してしまった。一定数ある需要に対して、供給が減ったことでサンマの価値が高まってしまったのだ。
漁獲量が減った原因は、サンマの個体数が減った訳ではなく、温暖化の影響で日本近海に来遊しなくなったからだとされる。つまり、遠方に出れば獲れるのだろうが、その分輸送費や人件費も膨れ上がる。
サンマの値段は上げざるを得ないが、そうなると安価で食べることのできる庶民の魚ではなくなり、需要が減ってしまう。需要がないものをわざわざ遠くまで獲りに行けば、それは採算が合わなくなってしまう。
こうして、需要側と供給側の事情が交錯して、サンマの価値が定められることになる。これを均衡価格と言う。
この均衡価格を掴み、その値段よりもなるべく低い金額で仕入れができれば、その分利益率が高まることになる。もしくは、何らかの付加価値を加えて価格を上げることで、利益を増やすことができる。
いずれにせよ、私たちが何かビジネスを始める場合には、需要と供給の動向を把握することは必要不可欠のように思われる。
そのような需要と供給、コストと利益という考え方が、子供ながらにすっとわかってしまうお話があるので、本稿にて取り上げたい。「チンプイ」の『エリ&チンプイ・カンパニー』という作品である。
この作品以外にも、藤子作品では会社を立ち上げるエピソードが目白押し。これまで2本の記事を書いているので、こちらも併せてご覧下さい!
不景気顔のエリちゃんが正月早々ゴロゴロしている。お年玉が目標額に届かなかったので不貞腐れているのだ。そんなエリに、何かとお手伝いを申し付けるママが、庭の空き缶を片付けるよう命じてくる。
エリの庭には空き缶がやたらに投げ捨てられているのだが、近くのタバコ屋に自動販売機があって、そこでジュースを買った人がちょうどエリの家の前で飲み干す距離なのだという。
そこでチンプイは家にバリアーを張り巡らせ、これで空き缶を投げ入れた人には、その缶を跳ね返すことができるようになる。
ここの冒頭のくだりは一見お話の本筋とは関係なさそうだが、これがやがてエリたちに一獲千金のビジネスチャンスを与えてくれることになる。
ここでワンダユウじいさんが、パンパカパーンとくす玉の中身をエリに降らせて、「おめでとうございます」と祝いの言葉を投げかける。この唐突なお祝いモードがワンダユウの登場時のパターンである。
今日のお祝い事とは、新年であるということの他に、殿下からこれまでにないような高価なプレゼントがあるのだという。それは純ミルア製のネックレスで、ミルアとは地球のダイヤモンドくらいに高価な貴金属なのだそう。
さぞがし美しい宝石かと思いきや、軽量で白っぽくてカサカサしている金属で、エリからするとまるで貴重なものには見えず、思わず拍子抜け。そんなエリの反応を見て、ワンダユウは「張り合いのないお方だ」と、残念そうに引き下がっていく。
さて、エリがミアル製のネックレスを見てトキメかなかったのも無理はない。ミアルというネーミングからもわかるように、地球におけるアルミ製のネックレスであったからだ。
エリがチンプイにアルミ製の1円玉を見せると大興奮。地球ではありふれた金属なので値打ちが低いが、マール星では大変に貴重なものだったのである。
ここでチンプイは非常に端的に、物の値打ちについて解説する。
需要と供給と価格について、極めてわかりやすい一文となっている。
そして物の価格について思いを巡らせたチンプイが、とあるアイディアを思いつく。それは地球とマール星の価値観の違いをを利用した貿易会社を作ることであった。
地球では価値の低いミルア(=アルミ)をどっさりマール星に運び、代わりにマール星でありふれているが地球では貴重なものを買い付けて、これを地球へと運んで売る。
宇宙空間をまたにかけた貿易商を立ち上げようというのである。しかも元手は1円玉などのアルミを集めるだけでよい。なかなかのグッドアイディアである。
チンプイとエリで話し合い、マール星からマツタケを輸入すれば良いという結論を得る。マツタケは、地球、特に日本では貴重かつ高級な食べ物だが、マール星では採れすぎて、マール豚のエサになっているという。
ここでエリ&チンプイ・カンパニーが設立の運びとなり、エリが社長でチンプイが専務に就任する。互いに「社長」「専務」と肩書で呼び合いながら、今後の事業の進め方について議論する。
まずは大型貨物船を手に入れる必要がある。その軍資金として、ミルア(=1円玉)を集めるべく、エリはお使いのお釣りをもらう作戦を開始する。しかし、一度の買い物で数円分の1円玉しか手に入らず、これでは時間がいくらあっても足りない。
そこで困った時の内木君に、1円玉が溜まってないかと相談に行くと、アルミが欲しいのだったら空き缶を集めればいいのではと助言をくれる。ほんと、友達は物知りに限る。
アルミ=空き缶と言えば・・・、庭に放り込まれる空き缶対策の話題が思い起こされる。本筋と関係ないようなオープニングは、やはりその後の伏線であったのだ。
空き缶のアイディアを聞いたチンプイは、これまでのバリヤーを解除して、科法「逆バリヤー」を家の周囲に張り巡らせる。こうしておけば、500m以内で捨てられた空き缶は全てエリの庭に集まるという。
庭が空き缶で埋まり、ママからすればとんだはた迷惑だが、エリにとっては勝手に軍資金が集まってくる濡れ手に粟の状態。資金繰りのメドが立ち、チンプイは早速貨物船の発注をするべくマール星の造船所へ飛んでいく。
エリは事業の成功を確信し、儲かったらビルを建てて、内木君も重役に取り立てて・・と妄想を膨らませる。
その晩、だいぶ時間がかかったが、チンプイがマール星から戻ってくる。ところが、その様子はだいぶ大人しく、伏し目がちで元気がない。エリがどうかしたのかと尋ねると、チンプイは言う。
すなわち、事業の元手となるアルミの価値が下がって、空き缶を輸出したり、その売ったお金でマツタケを買うこともできなくなってしまったのだ。
事業は、需要と供給から導かれる均衡価格を下回る元手を用意できるかに掛かっている。アルミの輸送の採算が合わず、エリ&チンプイカンパニーは、事業を立ち上げる前に解散ということになりそうだ。
せめてもの救いは、大型貨物船をローンなどで買った後で、ミルアの大暴落に巻き込まれなかったことであろうか。
ただ、「逆バリアー」を使い続けていたので、エリの庭には膨大な空き缶が集まってしまっている。この片付けには難儀しそうである。
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