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ドラえもんとの別れの時『のび太もたまには考える』/シリーズ・考える②

考えることが好きである。

逆に言えば、考えないで行動することはとても苦手である。考えて行動しないことはあっても、考える前に行動することは僕の場合ありえない。


藤子作品では、深く考えずに突発的に行動するキャラクターがとても多い。その代表選手が「オバQ」と「のび太」である。

オバQは思いついたことをそのまま行動してしまう天才だ。人の助言を鵜呑みにしてしまうことも多い。後先考えない言動が、周囲に騒動を巻き起こし、時に自分に跳ね返り、なぜかスルッとうまくいったりもする。

のび太は、直前の感情に流されやすい人物である。悔しい→仕返し、楽しい→調子に乗る。止めろと言われても、やりたいことはやってしまう男だ。そして結局は痛い目に遭ったりする。


じっくり考えてから行動するタイプの僕からすれば、のび太やQ太郎の衝動的とも言える行動力は、半分呆れつつ、半分は憧れを抱いている

のび太は怒られると分かっていても宿題をやっていかない。僕としては絶対に考えられない行動だが、これができてしまうのび太に、少しだけ嫉妬心を覚える。考えずに行動することの、ある種の潔さに心惹かれてしまう自分がいる。


ただ、一般的にのび太のような無鉄砲な行動は、大人のするべきことではない。感情に身を任せていては、周囲とうまくやっていけないし、仕事や社会生活に支障をきたしてしまう。

本稿で見ていくのは、そんなのび太が、小学校卒業を目の前にして自らの行いを「考える」お話となっている。タイトルは直球的な『のび太もたまには考える』である。


『のび太もたまには考える』
「小学六年生」1983年3月号/大全集10巻

「小学六年生」三月号の「ドラえもん」は、来月から中学生となる読者にとって最終回のようなものだ。よって、F先生は意識的にこの号に、卒業生に向けたエールを送るお話を発表してきた。せっかくなので、以下に一覧させてみよう。

1975年『ツチノコ見つけた!』
1976年『シャラガム』
1977年『りっぱなパパになるぞ』
1978年『あの日あの時あのダルマ』
・・・
1983年『のび太もたまには考える』
1984年『のび太の息子が家出した』
1985年『右か左か人生コース』
1986年『具象化鏡』

すると今回読み返してみてわかったのは、1979年から1982年の期間は全然エールを送ってないという事実であった。理由は不明。。ただし、その他の年は何か前向きな気分にさせてくれるお話となっている。

なお『ツチノコ見つけた!』はコミック版ではカットされているが、ラストにちょっとした「エール部分」が描かれている。カットの部分は大全集などで確認できる。


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冒頭、のび太はドラえもんに聞こえるように「破滅だ、おしまいだ!!」と騒ぎ立てる。明日算数のテストがあり、もし0点を取れば幼稚園に返すと先生に言われているのだという。

本作のタイミングは小学校卒業目前である。中学校に送り出すのではなく幼稚園に戻すという先生の気の利いた叱咤激励を想起させる。

のび太は悩んでいると言うが、ドラえもんは納得しない。

「いや、悩んでなんかいないね。単に甘ったれているだけだ。一遍でいいから本気で悩んでみろ!!自分というものをしっかり見つめろ。悩んで悩んで悩んで悩み抜くのだ、そうすれば…そこに新しい道が開けるだろう」

のび太のことをよーくわかっているドラえもんなのだ。

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この言葉が理解できないのび太だが、ドラえもんが助けてくれないとわかると、「やるしかない」と机に向かう。ドラえもんの思いが一応伝わったのだ。

しかしその矢先、ママが現れてお使いを命じてくる。ドラえもんが代わりに行こうとするが、お使いも教育のうちだとママは譲らない。

そこでドラえもんは「能力カセット」という、色々な人の能力が入っているカセットテープセットを取り出す。そこから「マラソン選手」と書かれたテープを取り出し、のび太の体の中に吸い込ませる。一時間テープなのでその間マラソン選手並みに足が速くなるのだという。

カセットという形態が22世紀とはかけ離れているが、まあレトロな道具ということなのだろう。


能力カセットのおかげであっという間に買い物を終えるのび太。そして、こんな便利な道具の存在を知って放っておけるのび太ではない。「他にも色んなカセットがあった」といって、中から「数学者」のテープを見つけ出す。何とも悪い表情を浮かべるのび太。そして、

「そんなものに頼らずに勉強しろなんて言うんだろけど、僕は使うからね」

と確信犯的に、ドラえもんの道具の悪用宣言をするのだが、対してドラえもんは「使えば」と背を向ける。

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のび太は宿題をスラスラ解き、満足げに寝る。そして翌日も登校時にカセットを全部借りていってしまう。ドラえもんは暗い顔をしてのび太を見送る。

「止めるべきだったかしら・・・。いや、どうせ止めても無駄だったろうな・・・。成り行きを見守るしかあるまい」

そう。もうのび太はドラえもんがおせっかいをするような年ではなくなってきているのだ。このドラえもんの逡巡は、大人になった今読むと泣けて仕方がない。子供を見守るしかない時が来るのだと思うと、胸に迫るものがある。

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のび太はカセットを使い、学校では授業中ヒーローとなり、ますます気分を良くしていく。帰宅後もドラえもんに「絶対返さないもんね」とまたも悪い表情をする。ドラえもんは小声で、

「僕なんかいなかった方が・・・君のためには良かったのかもしれない」

と呟いて、部屋から出て行ってしまう。のび太の成長を自分が止めてしまっていたのではないかと思うドラえもんなのだ。ここも泣ける。


のび太はこの後も野球で大活躍。空き地で美声を披露し、向かってくるジャイアンたちには「強い人」というテープを使ってカンフーで撃退する。のび太は「このカセットがある限り自分は何しても超一流だ」と大喜びするのだった。

そして、他のカセットを物色すると「考える人」というテープが見つかる。これを挿入すると、のび太はロダンの「考える人」のようなポーズを取る。

そしておもむろに考え出すのである・・。

「考えてみれば…さっきからのこと…すべてカセットのおかげじゃないか。僕自身は相変わらず…ドジでのろまで弱虫で…思えば虚しい…。ドラえもん、何にも言わなかったな…。僕のこともう諦めちゃったのかな…」

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そして、のび太は、さらに踏み込んで考え抜く。ここからが圧巻である。

「ドラえもんともいつかは別れの時がくる…。いつまでも子供じゃいられないものな…。わかってるんだよ、このままじゃいけないってことは…。しかし、何度決心してもズルズルと元へ戻っちゃうんだよな…。でも、やっぱり努力はしなくちゃいけないんだよな。諦めずにな」

ドラえもんとの別れに言及したのは、これがおそらく最初で最後かも知れない。カセットの力を借りたとはいえ、のび太は自分の頭で自己分析して、これからのことをしっかりと考えたのである。


のび太は無言で「能力カセット」をドラえもんに返す。

「えっ、自分から返す気になってくれたの!?珍しい」

と意外そうに喜ぶドラえもんなのであった。

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本作では少しだけ大人の顔を見せるのび太が印象的。ドラえもんとはいずれ別れの時がくると、かなり踏み込んだ思考を巡らせている。


なお、ドラえもんがいつまでのび太の元にいたかは、作品の中でははっきりしていない。『45年後…』などを読むとドラえもんとの交流はずっと続いていることが明らかとなっている。

未来のエピソード『のび太の結婚前夜』や『雪山のロマンス』ではドラえもんの姿が見えないが、大学生ののび太が「タイムマシン」で未来からやってくるエピソードもあるので、大学まではドラえもんがいた可能性はある。

しかし本作ののび太の考えからすると、遠くない将来にドラえもんとの別れが迫っているように僕には思えるのである。


「ドラえもん」のことたっぷり考えてます!


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