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羽アリのゆくえ/ためになる!のび太の観察日記②

前回の記事で、現役東大生が「ドラえもん」はためになると言っているという話題から、ためになると感じる理由は、自然科学などに興味が沸く作品が多いことだと推察した。

「ドラえもん」では「何か生き物を観察する」というテーマの作品がいくつかあって、それらは自然科学への知的好奇心を掻き立てる。作中でも、のび太は生物を観察していくうちに、「自分自身も勉強しなくちゃ」とか「動き出さなくちゃ」と行動を前向きに変容させている。

読者へも、のび太の気持ちの変化につられるように、前向きな向上心を呼び覚ましてくれる仕組みである。

前回ではタンポポを観察したが、今回はアリが観察対象となる作品です。

『羽アリのゆくえ』(初出:うつしっぱなしミラー)
「小学五年生」1981年5月号/大全集10巻

のび太が部屋の中で羽アリを見つけたことから物語が始まる。部屋に入り込んで困っているようなので、庭に放してやるのだが、のび太はその後のアリの動向が気になって仕方がない。

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そこでドラえもんは、「うつしっぱなしミラー」を出して、部屋にいてもアリの動きがわかるようにする。この道具は、対象となるものを写してボタンを押すと、そのままずっと写しっ放しになるというもので、本作の5カ月前に発表された『うつしっぱなしミラー』に続けての登場となった。

今すぐミラーを見たいのび太だが、ママから勉強が先と言われたりして結局次の日の学校から帰って、ようやく見ることができるようになる。

ところが写し出されたアリは、当然のことながらリアルで、アップで見るにはちょっと怖い。そこで、「ファンタ・フィルター」の機能を作動して、童話のキャラクターのような姿でアリを見ることができるようにする。『タンポポ空を行く』に登場した「ファンタグラス」の機能が搭載されていると考えればよいだろう。(後ほどファンダグラスも登場するが)

羽アリは羽が取れて、地中でタマゴを二十個ほど産んでいた。女王アリだったらしい。どうやら庭に巣を作ったようなのである。のび太は、これからもずっと見守ろうと、と喜ぶ。

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そこからは、タンポポ観察に夢中になったように、アリ観察に無我夢中になっていく。タマゴがかえって幼虫アリが生まれ、さなぎになり、マユを破って子供アリがたくさん生まれていく。

のび太の熱中度もさらに上昇。おやつをアリにあげたり、宿題もそっちのけで、ミラーに食い入るようになる。その様子をみたのび太のママは心配になり、パパに相談する。

パパは、男がやたらに鏡をみるなと叱ろうと思ったが、アリの巣の観察だとわかると逆に熱中してしまう。パパも子供の頃、アリをガラス瓶で飼っていたらしい。やっぱり、子供は虫が好きなのだ。パパはのび太側について、「自然を観察することは悪いことじゃない」と、理解を示すのであった。

このあたりの展開は、親となった僕自身を戒める話でもある。勉強以外のことに真剣に向き合う時間も大事であると理解しつつ、学校の勉強に熱中してもらいたいという親心も首をもたげる。そういう親としての葛藤を封じ込めて、子供の熱中することを優先できるのか? もしかしたら、本作では親の側にも訴えかけている意図があるのかもしれない。

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蟻地獄に落ちたアリを助けたりとますます深みにはまるのび太。ドラえもんはそんなのび太を怠けていると判断し、「何とかしないと」ということでしずちゃんと出木杉に相談する。

すると二人が部屋にやってきて、一緒にアリを見たいということになる。そこでドラえもんは、みんなで見られるようにと26インチミラーを出す。(このドラえもんの行動はあまり理解できない。のび太を止めるために、出木杉たちを連れてくるのは逆効果としか思えないからだ)

皆で見ていると、アリ同士が触覚で挨拶したり、体から道しるべフェロモンを出したりといったアリの生態が写し出される。すると、アリよりも体の大きな何かの幼虫が泣いていて、アリたちに巣の中へと運ばれてしまう。アリがその幼虫を食べようとしているのだろうか?

のび太たちは助け出さなきゃ、ということで、スモールライトで小さくなり、ファンタグラスを付けて、巣の中に乗り込んでアリを説得しようと試みる。「ファンタグラス」は『タンポポ空を行く』に次いで二回目の登場である。

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アリのにおいも体につけて、巣の入り口の触覚による挨拶も突破。迷路のような巣の中を歩き始める。迷いつつ、先ほどアリに連れていかれた幼虫がいる部屋にたどり着く。すると、アリたちは幼虫を食べるわけではなく、可愛がっているように見える。

そこで出木杉は本を読んだ知識を思い出す。この幼虫はクロシジミというチョウの幼虫で、アリに育ててもらう代わりに、甘い体液を飲ませてくれるのだという。アリにとっては栄養をもらい受け、チョウにとっては外敵から身を守ることができる、そんな共存関係にあるのだ。

こうした知識を出木杉だったり、「エスパー魔美」の高畑君だったりが、さらりと挿入してくるのが、F作品の「ためになる」部分なのである。

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その後帰り道に迷っているうちに、女王アリの部屋に入り込む。すると女王は、のび太を見て「ようこそ恩人さま」と喜ぶ。部屋から庭に連れて出してくれたことを覚えていたのである。

アリからお菓子を振舞われ、のび太は「芋虫の団子では?」と疑問を抱くが、クヌギのミツで作ったケーキなのだという。これは是非とも食したい・・。「ドラえもん」では、主に大長編などで別世界に冒険に行くと、こういった美味しそうな食事シーンが良く出てくる。

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結局、出木杉もしずちゃんもアリ観察にハマってしまい、いつまでも見てしまう。のび太の熱中を和らげようとしたドラえもんの作戦は、案の定逆効果となってしまったようである。

さて、季節が変わり、いつの間にかアリ観察に飽きているのび太。ドラえもんは思う。

「あんなに飽きっぽいのび太が、一つのことにあんなに熱中し続けたなんて信じられない」

さらに季節が巡る。秋、冬、そして春。

相変わらずゴロゴロしているのび太が、部屋で一匹の羽アリに気がつく。そして、去年の今頃も羽アリを見たことを思い出して、「ミラーを貸して」とドラえもんに頼む。

一年ぶりにミラーを覗くと、ちょうど女王アリから生まれた子供たちが、巣から旅立とうとしていた。

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「王子と王女が生まれたんだ。これから新しい国を作りに旅立つんだよ」
「あのチビたちが」
「みんな大きくなって、それぞれ自分の子孫を育てて…」
「君だってそうだぞ。いつまでも子供じゃないんだよ。しっかりしろよ!!」

ドラえもんは、羽アリの飛び立つ好タイミングで、のび太を大いに励ます。のび太は、そこで机に向かおうとする。

「宿題でもやるかなあ」

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タンポポについで、羽アリの観察の結果、のび太のやる気が少しだけ芽生えたのであった。



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