『冥府刀』そこは黄泉の国か? 四次元空間か?/藤子Fの神隠し①

まずは余談から始めます。

「平和」・・・二つの戦争の時期の間に介在する、騙しあいの時期
「幸福」・・・他人の不幸を眺めることから生ずる快適な感覚
「議論」・・・他の人々の思い違いをますます強固なものにする方法

これらは1911年にアメリカのコラムニストで作家・ジャーナリストのアンブローズ・ビアス(ビアース)が発表した著名なパロディ辞書「悪魔の辞典」から、いくつか抜粋した項目である。

皮肉を込めた独自の解釈で「言葉」を切る、痛快な辞書である。

この本はたびたびブームになり、僕などは筒井康隆氏が独自に訳した「完全補注 筒井版悪魔の辞典」あたりが思い起こされる。また、選挙特番などで池上彰氏が、「政界版・悪魔の辞典」と称して政治家が使う用語などを皮肉たっぷりに解釈したりしている。

この「悪魔の辞典」の作者として著名なビアスは、実は、晩年失踪してしまったことでも有名な方でもある。一通の手紙を残して消息を絶ち、そのまま発見されることはなかった。

失踪の原因は謎だが、藤子F先生は、行き止まりで横穴もない洞窟に入ってそのまま姿を消したとされる「神隠し説」を気に入っているらしく、神隠しをテーマとした作品の中で、2度もビアスの名を登場させている。

そこで今回から2回に渡って、ビアスの名が出てくる「神隠し」のエピソードを、「藤子Fの神隠し」と題して見ていきたい。


「キテレツ大百科」『冥府刀』
「こどもの光」1975年2月号/大全集1巻

『冥府刀』はキテレツ史上でも、かなり怖いお話に分類される。てんとう虫コミックスには収録されていないので、少しマイナーな作品かも知れない。

「奇天烈大百科」の中で唯一墨で塗りつぶされているページがある。見るからに不吉で、コロ助は「作ってはいけないものが書かれている」と恐怖するが、キテレツは「だから面白んだ」と強弁。「大百科」に載っていた墨を落とす薬でそのページをきれいにすると、「冥府刀」という道具の作り方が書かれている。

画像1

冥府。冥途のことである。キテレツはコロ助に、「冥府ってのは死んだ人の国。この刀はそこへ行く道を切り開くんだ」と語り、それを聞いたコロ助は「すぐやめるナリ!!」と怖がって、部屋から逃げ出していく。

キテレツは冥府刀をせっせと作っていくが、ページが一部読み取れず作業が止まる。そこに、珍しくブタゴリラとみよちゃんのコンビが遊びに来て、テーブルを囲んで談義をするのだが、キテレツは心ここにあらず。ところがみよちゃんとブタゴリラの会話から、冥府刀制作のヒントをもらい、二人をそっちのけに、自室に戻ってしまう。

画像2

呆れて帰ってしまう、みよちゃんとブタゴリラ。プリプリしながら二人で歩いていると、事件が起こる

ずっと一本道で、曲がり角も隠れる場所もないのに、みよちゃんの姿が一瞬にして消えてしまったのである。焦るブタゴリラ。すぐに恐怖が襲い掛かる。「俺知らない知らない」とその場から逃げ出す。

このみよちゃんが消えるあたりの描写はかなり不気味で、子供の頃「藤子不二雄ランド」で読んだときは、ブタゴリラ同様ゾクゾクとしたことを思い出す。

画像3

その頃キテレツは、冥府刀を完成させていた。しかし、実際に使うとなると、少々ためらいをみせる。そんな姿を見たコロ助は、「いざとなったら怖くなったナリ」とバカにするが、これに発奮して、キテレツは冥府刀をいよいよ使おうとする。

と、そこにみよちゃんの家族とブタゴリラたちがキテレツの家へとやってくる。みよちゃんの姿が消えて大騒ぎとなっているのだ。道の真ん中で消えたとは信じられない大人たち。迷子か交通事故か誘拐か・・。

キテレツは「それは四次元の世界へ迷い込んだんではないか」と推察する。ヨジゲンが理解できない大人たち。キテレツは、ここで神隠し現象について、色々な本からメモしていたといって、例を語り出す。このメモをしていたのは、もちろんF先生に他ならない。

ここで神隠しの例として2件挙げている。

・1832年11月3日フィリピン・マニラ市で、エドアルド(10歳)が父親の目の前で壁の中に消えた
・1914年作家アンブローズ・ビアーズがメキシコのほら穴で消えた

ここで、ビアーズ(ビアズ)氏の名前が挙がっている。

画像4

案の定、キレテツの言うことに誰も耳を貸さず、皆みよちゃん探しに行ってしまう。キテレツは、冥府=四次元世界に自分が行くしかないと、冥府刀を使うことを決意する。

冥府刀のスイッチを押して空間を切り裂くと、強い風が吹き込んでくる。裂け目を開いてのぞき込むと、そこは不気味な空間の歪んだ世界。これぞF先生の描く四次元世界である。

キレテツはみよちゃんを連れ戻すため、引き留めるコロ助を振りほどいて四次元空間へと入っていく。「キテレツどの」とコロ助の叫び声を聞きながら、フワーと水中に潜るように落ちていくキテレツ。底についてしばらくすると、コロ助も四次元空間に降りてくる。怖くて半泣きだが、キテレツのことを放っておけないのである。

「おまえ・・・やっぱりきてくれたんだね」

と、二人の友情がジワッとくる。

画像5

ところで、四次元世界とは何か? 作中でもコロ助がキテレツに尋ねるのだが、答えは少し曖昧だ。

「僕らの世界より次元が一つ多いってことなんだ。まあそのへんは難しいから省くとして…」

と言って、赤と青で描いた絵を重ねて、それぞれの色のセロハンで覗くと一方の色の絵しかみることができないと説明する。続けて、

「僕らの世界と四次元とはこの二つの絵のように重なり合っている。普段僕らには四次元を見ることも感じることもできない」

四次元空間とは何か、という問いの答えにはなっていないが、次元が異なる世界は今いる世界では探知できない、ということを説明している。これは宇宙にいる我々が外宇宙を感知できないことと似ている。

画像6

キレテツたちは静まり返った世界を歩いていく。すると突然道が川となり、流されて、気がつくと、四次元世界の住人たち5人と横たわったみよちゃんの姿が目の前に現れる。「みよちゃん」と大声を出すと、慌てふためいて「シーッ」と声を出すことを制止する四次元人たち。

この世界では声を出さずとも心に思うだけで話が通じる。テレパシーでコミュニケーションする世界であった。みよちゃんは気絶しているだけで命に別状なし。偶然にできた次元の綻びから四次元世界へ転がり込んだというのである。

画像7

さて、みよちゃんも見つけたので帰ろうとするも、冥府刀が手元にない。四次元人たちが、自分たちの世界の秘密を守るために、この冥府刀を奪っていたのである。

主人公たちが別世界に入り込み、その世界から出してもらえなくなるという展開は、F作品ではお馴染みのモチーフである。「海底鬼岩城」「竜の騎士」「雲の王国」など、「大長編ドラえもん」では毎回のように出てくる展開である。

四次元人たちは霧の中に姿を消し、帰れなくなったキテレツたち。あてどなく歩き回り、疲れたみよちゃんが泣きごとを言うと、それにつられてコロ助が「かえりたいナリ!!」と大号泣する。

・・・すると、ドサドサと四次元人たちが目を回して大勢落ちてくる。

「とてもじゃないがあなた方みたいな騒がしい人たちを置いておけません。三次元に帰しましょう。その代わりこの世界の記憶をあなたの脳から消させてもらいます」

テレパシー前提の四次元人たちにとって、騒音が大の苦手なのであった。

画像8

みよちゃんは道の真ん中で見つかり、どこに行っていたかの記憶は失われていた。

キテレツとコロ助も記憶がなくなり、手元の冥府刀を見て、

「これ、何の機械だろう。僕が作ったのかな」
「わからないけど、壊した方がいいような気がするナリ」

四次元人の穏やかな暮らしは取り戻されたようである。


本作では、神隠しを四次元世界に迷い込む現象と捉えているのがF先生らしい。この四次元世界は、たびたびFワールドに登場してくるのだが、個人的には「海の王子」で四次元人と戦うエピソードがあって、これが秀逸だった。

さて次回では、また別の神隠しの理由を掲げた作品をご紹介したい。



この記事が参加している募集

コンテンツ会議

マンガ感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?