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おばけ嫌いの中年スーパーマン『幽霊が団体で』/しかしユーレイはいない⑨

ユーレイがテーマとなる藤子作品をたくさん見てきた。

何度も書いている通りに、ユーレイの話題は多いものの、大概の場合それは見間違えだったり、人間の悪意ある仕込みだったり、偶然の産物であったりした。

さらには自分たちでユーレイを作り出して誰かを脅すなんていう話もあったりして、そのバージョンは多彩であった。

今回は、藤子マンガの中で、連載作品としてはかなり珍しい大人向けの物語「中年スーパーマン佐江内氏」の中から、幽霊を題材としたお話を選んでみたい。

藤子キャラ、特に主人公の少年少女はほとんど幽霊を極度に怖がる設定となっていたが、「中年」である佐江内氏の場合はどうなのだろうか。

さらに、本作では藤子先生がなぜ幽霊ものをたくさん書いてきたのかが垣間見れる部分もあるので、最後にその点を紹介してみたいと思う。


なお、「中年スーパーマン佐江内氏」について、ほとんどの方は内容を知らないと思われるので、第一話を紹介した以下の記事を先にお読みいただくと良いかもしれない。


「中年スーパーマン佐江内氏」『幽霊が団体で』
「週刊漫画アクション」1978年7月27日号

そういえば、大人になっていつの間にか幽霊とかを必要以上に怖がらなくなった。ところが、数年前に今の住んでいる場所に引っ越してきたのだが、県下でも有名な心霊スポット(禁足地)が近くにあって、その前を夜中に通った時に、異常なる恐怖を覚えたことを思い出す。

ゾクゾクして、禁足地に目を向けられなくなり、小走りになりながらその場を去った。この時以来、日が暮れてから二度とその前を通ってはいない。


いくつになっても怖いものは怖い、ということなのだが、我らが中年スーパーマンの佐江内も、どうやらオバケを怖がる体質のまま大人になってしまったようである。

冒頭、長男が長女と母親に対して他愛もない怪談噺をしていて、佐江内は聞いている様子もなく縁側で涼んでいたのだが、オチの場面で「ヒャア」と突拍子もない声を上げて、他の家族を驚かせる。

「くだらんおしゃべりは止めろ」などと小言を言いながら部屋へと引きこもる佐江内だが、家族たちはいい年してオバケを怖がる父親を小バカにする。そう、佐江内氏は、自他ともに認めるオバケ嫌いなのである。


するとそこへ、困った何者かからの念波が届く。「エスパー魔美」でもおなじみの、事件の始まりを告げるチャイムみたいなものである。

「暑いのに」とブツブツ言いながらスーパーマンの服に身を包み、思念の元へと飛んでいく佐江内。「孫氏の代までもスーパーマンになるものではない」と愚痴りながら・・・。


着いたのは街はずれの原っぱ(草原?)にポツンと立つ一軒家。家の中には誰もいないし、老朽化した躯体はまるでお化け屋敷のようである。

・・・お化け・・・。

佐江内は自分の思いつきに恐怖して、その場を立ち去ろうとするが、家の外の草原に人影を見つける。「誰?」と声を掛けると、ヌウと影が立ち上がり、幽霊(?)が姿を見せる

声なき声を上げて仰天する佐江内は、そのままへたり込むのだが、お化けかと思った男が、「あいつは帰りましたか」としっかりとした言葉で話しかけてくる。

幽霊と紛らわしい風貌の男に対して、佐江内は「人間なら人間らしい態度を取ってもらいたい」とイライラする。男の方は「本当にスーパーマンがいたんならお願いがあります」と、部屋の中に案内してくる。

室内でも男は両手を幽霊のようにぶらんとさせていて気味が悪い。佐江内は「その手つき気になりますなあ」と震えながら注意する。(単なるくせらしいが・・)


男はこの幽霊屋敷に関する相談を始める。

法外に安く買ったというこの家は、密輸の麻薬を巡ってヤクザの内輪もめがあり、7人が死んだのだという。その時の血はシミとなって残っており、洗っても洗っても30年近く経っても落ちないという。つまり、かなりの因縁付き(ワケあり)物件であるようだ。

それからこの家には亡霊が出るやらタタリがあるという噂が流れたが、安かったために代わる代わる住人はいたらしい。しかし、タタリは本当だった。入居者たちは皆原因不明の病気にかかって、逃げていったというのである。


ここまでの話を聞いて嫌気が差した佐江内は「急用を思い出した」と言って帰ろうとするが、男は「最近タタリの正体がわかりました」と呼び止める。曰く、近くにある工場から有毒排ガスが放出されていて、そのせいだったというのである。その後の厳しい規制によって、自分は達者であるという。

今では有毒物質の垂れ流しなどはほとんど無くなっているが、1960~70年代の高度成長期には全国各地で公害病が発生していた。本作はそうしたリアリティが背景にある。


さて、ここまで幽霊がいる、実はいない、やはりいる、やっぱりいない、と話題が二転三転して、佐江内の心は穏やかではない。今のところの結論では、幽霊もタタリもないということなのだが、男はそこに付け加える。

「いえ、それが・・・幽霊が出るってことですよ」

佐江内はもはや泣き出して「帰る!!」と席を立つ。するとこの男、「幽霊の正体は始めから分かっているんです」と、佐江内のマントを掴む。いるいないを繰り返す男に対して、「あんたの話は回りくどいよ!」とキレる佐江内である。


さて、ここでようやく幽霊話は佳境を迎える。

夜な夜な現れる幽霊は、男を家から追い出そうとする人間の仕業だという。ガンと居座っていたのだが、殴る蹴るの暴力を働き出し、夜も眠れずに今のようなやつれた姿になってしまったのだと嘆く男。

幽霊っぽい外見は、極度の寝不足のせいだったのだ。

しばらくして、ドカドカと幽霊の格好をした男と、取り巻くヤクザが大挙姿を見せる。相手が幽霊でないとなると、これはスーパーマンの出番である。ヤクザたちは幽霊作戦では男が立ち退かないと分かって、ついに暴力を行使しようと言うのである。

佐江内は相手が人間であれば無敵。あっと言う間に大勢をなぎ倒し、なぜ立ち退きさせようとしたのかを問い質すと、30年前にこの家の地下に3億円もの麻薬が埋められたと知ったからだと答える。

このボロ屋に執念を見せていたのは、幽霊ではなく人間なのであった。


オチとしては、一件落着して帰宅する佐江内が、「幽霊の正体みたり枯尾花」と余裕にしていたところ、夜中に髪の毛を洗っていた長女の姿を見て、幽霊と勘違いして気絶してしまうというもの。

本作において佐江内は、オバケの恐怖に何度もさらされ続けるのであった。


さて、お化け屋敷での男と佐江内の会話の中で、「幽霊に化けて家から追い出そうとする」といった話題が出た時に、佐江内は「落語にそんな話がありましたな」と指摘している。

読み飛ばしそうな箇所ではあるが、割と藤子F的には重要な部分だと思うので、軽く補足しておく。

佐江内の言う落語とは、「お化け長屋」(借家怪談)と呼ばれる噺を指すものと思われる。

内容は長屋の一室を新しい人に借りられないように、他の長屋の住人が結託して幽霊が出ることにする・・・というお話。これは、藤子作品の「しかしユーレイはいない」ジャンルの中でも、よく使われるモチーフであり、明らかに「お化け長屋」を意識して描かれている。

下の記事などはそれ。


藤子先生の落語好きは有名だが、特に怪談ものは創作にもろに影響を与えているように感じる。

次稿では「ドラえもん」の中でいかにも落語の怪談から着想したお話があるので、「しかしユーレイはいない」シリーズの最終作として取り上げてみたい。




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