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それは奇跡の交錯だった。手塚治虫と藤子F夢の合作「ピロンちゃん」大解説

一般的にはあまり知られていない作品だが、語るべきことがとても多い作品でもある。なにせ、かの手塚治虫先生の原作を、藤子F先生が描いていくという夢のようなタイトルなのである。

しかもテレビドラマ化と同時進行というメディアミックスの先駆的作品でもあるのだ。

本稿は、以下のような内容、順番で詳細していく。つい熱くなって5000字を超えてしまった。

①原作・テレビドラマ版の概要
②登場人物とプロローグ
③藤子版「ピロンちゃん」の解説
④手塚版・藤子版から二人の作風を手塚眞が語る

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①原作・テレビドラマ版の概要

本作は、テレビドラマとマンガ2種が同時進行するという、メディアミックスの先駆的作品だ。

原作は、マンガの神様こと手塚治虫先生の『ピロンの秘密』。本作は手塚先生の手により、「小学四年生」1960年10月号から翌年4月に学年が繰り上がって「小学五年生」1961年7月号まで連載された。全10回の連載で110ページ超の分量である。

同名タイトルのテレビドラマは、日本テレビ系列で毎日15分(月~土)の帯ドラマ形式で放送された。マンガより一足早く1960年8月1日から始まり、翌61年4月末まで全39話・234回オンエアされた。

提供は「小学館」。主題歌「ピロンの秘密」の作詞も手塚先生が担当されている。まだテレビ黎明期でのドラマなので、フィルム原版は別の作品に重ね撮りされたかで現存していないという。


そして、『ピロンの秘密』の幼年版の連載も企画され、藤子F先生に白羽の矢が立った。タイトルは対象雑誌に合わせて「ピロンちゃん」として、「幼稚園」1960年9月号にて連載が始まる。初回は手塚先生が執筆し、2話目から藤子先生が連載を引き継いだ。夢のようなバトンタッチである。

翌61年の4月号と5月号は、「幼稚園」に加えて「小学一年生」でも連載された。手塚先生の初回と、藤子先生担当分で10話あり、全部で11話が残されている。

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本作はまだ民放が開局して間もないテレビ黎明期に、小学館が提供する放送枠で、自社の学年誌での連載を原作としたドラマを放送するという、メディアミックスのお手本のような仕掛け。

原作の漫画は、当時30歳を超えて、漫画家・画家の長者番付トップとなった頃の、脂が乗り切っていた手塚治虫に書かせるという豪華なアイディア。

さらに、幅広い視聴者層を取り込むファミリー番組にしていきたいという狙いからか、手塚版の「小学四年生」と同時に、「幼稚園」で幼年版の連載を企画し、当時「海の王子」で小学館内での評判がうなぎ上りだった藤子F先生を抜擢した。

原作が手塚先生と聞いて、二つ返事だっただろうF先生が目に浮かぶ。


②登場人物とプロローグ

物語の主要登場人物は、星の国から来たピロン(原作ではふたご座の「カストル星」の王子)と、ピロンを守るロボット(人造人間)のミラ。ピロンと交流を深める少年あきお(昭男)と、あきおのお兄さんで刑事のてつお(鉄男)。

ピロンの星では、大臣のバレスが謀反を起こし、政権を掌握。ピロンは人間に姿を変え、お守り役のミラと共に地球に亡命してきた。山奥でキャンプしていた昭男と鉄男の二人とピロンが出会って、すぐに打ち解ける。

バレスはピロンに対してくろぼし(黒星)という追手を放つ。「ピロンちゃん」では一人のキャラクターにしていたが、手塚先生の原作では一号・二号・三号と複数名登場する。

殺し屋である黒星と、ピロンを守る昭男兄弟の攻防が作品の主たるストーリーとなっている。「ピロンちゃん」では、悪役のくろぼしからは、殺し屋というような恐ろしさは感じられない。


手塚版の「ピロンの秘密」についての、解説・考察は「手塚治虫全巻チャンネル【某】」さんに是非お願いしたいと思います!!(一方的お願い)

そして・・書いていただきました。。何倍も素晴らしい記事です。こちらも是非!


③藤子版「ピロンちゃん」の解説

まず手塚先生が執筆された初回では、あきおとピロンが出会って友だちになるまでを、たった4ページでまとめ上げている。

「ピロンの秘密」冒頭で描いているモチーフ・・・「ハーモニカ」「テントでキャンプ」「流れ星」等をしっかり取り入れつつ、逆立ちして挨拶をしたりテントで空を飛んだりと、幼年版ならではの楽しさも盛り込んでいる。

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続けて、藤子先生が担当された二話目以降をザッと見ておこう。

『エネルギー人をやっつけろ』「幼稚園」1960年10月号

二話目にして、唐突に悪者が登場する。この悪者の名前は、原作では「黒星一号」だったが、幼年版の最初の頃は、単なる「わるもの」としている。

わるもの=くろぼしは、エネルギー人というロボットを操って、ピロンや昭男たちを襲う。目から光線を出して木の根元を溶かすが、倒れてきた木にくろぼしが下敷きとなってしまう。

鉄男たちは「そらの博士」の家へと逃げ込む。そこへエネルギー人が現れるが、光線を鏡で跳ね返すと、ロボットが溶けてしまう。くろぼしが逃げ出し、鉄男たちの初勝利となる。


『空とぶめだま』「幼稚園」1960年11月号

再び「わるもの」が別のロボットで、ピロンちゃんを狙う。最初は、ロボットの目玉だけを飛ばして、ピロンちゃんの居場所を突き止める。昭男と鉄男がロボットに応戦するが、ロボットの腕だけが外れて、奥で身を隠していたピロンちゃんに襲い掛かる。

するとミラが助けに現れて、ピロンを襲う腕を壊す。またしても黒星の攻撃を追い払ったのだった。

なお、ロボットのミラは、手塚版と比べて柔和なお母さんのような雰囲気を出していて、ロボットのようには見えない。第一話ではロボットだと紹介されていたが、藤子先生の中の設定としては人造人間という風に変わっているようだ。

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『さらわれたピロン』「幼稚園」1960年12月号

藤子先生お得意のクリスマスもの。ミラがクリスマスツリーを探しに行っている間に、海賊に攫われてしまうピロン。昭男と鉄男とミラで、海賊船を追い、救出に成功する。

この話などは、完全に原作から離れた、藤子ワールドな作品である。


『まだら仮面あらわる』「幼稚園」1961年1月号

ピロンには「まだら仮面」という兄がいるという設定がぶち込まれる。名前通りまだら模様の仮面被った男である。この話をこっそり聞いていた黒星は、まだら仮面に変装して近づき、油断したピロンを攫ってしまう。

そこへ本物のまだら仮面が登場、黒星の後を追う。黒星は、体が小さくなる薬をピロンにかけようとしたところをまだら仮面に邪魔され、自分が薬を被ってしまうのであった。

なおまだら(マダラ)仮面は、テレビドラマには出ていることが確認できた。

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『ピロン、星の国にかえる』「幼稚園」1961年2月号

ピロンは、兄のまだら仮面と星の国に帰ることに。父である王様ともあっさり再会するピロン。確か王は謀反で捕まっていたはず・・と思って読み返すと、藤子版では最初から謀反の設定はなかったことに気がついた。

そして黒星は、となりの国の悪者だということがここで判明。となりの国から花が贈られてくるのだが、これがなんと食虫植物であった。ところが物陰で様子を見ていた黒星をまだら仮面が見つけて、花に向かって投げつけると、「ぱく」と食べられてしまう・・。


『星の谷の怪物』「幼稚園」1961年3月号

本作で黒幕の「バラス」が登場。いつも失敗ばかりの黒星を叱る。黒星の次なる作戦は、ピロンを竜がいる谷へと突き落とすというもの。

黒星は、チョウチョウを囮にしてピロンを谷底へと突き落とす。ミラが気がついて落下直前にキャッチ。そこに竜が襲い掛かってくるが、これをミラが蹴飛ばすと、バラスと黒星の前に着地し、二人が追われてしまう。

ここまでくると、なぜピロンがバラスに狙われ続けているのか謎に思えてくるのと、バラスたちの出来の悪さに驚くばかり。


『空とぶマント』「幼稚園」1961年4月号

新しい年度となった「幼稚園」の一本目。新しい読者が読むことが想定されるが、特に設定の説明もなく、「ほしのおうじ」ピロンが、空とぶマントを貰って地球まで飛んでいき、飛行機事故からパイロットを救出して、おしまい。


『けが人をはこべ』「幼稚園」1961年5月号

前回で空飛ぶマントを着て地球にやってきたピロン。本作はおそらくその続き。今度は自動車とぶつかってケガをした女性を、ピロンが空を飛んで病院に連れていき、おしまい。

4月・5月では、空飛ぶヒーローとしてピロンを活躍させていこうという目論見を感じたが、残念ながら4月末でドラマの放送が終了してしまい、このまま漫画もフェイドアウトしてしまう。

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『つかまったピロン』「小学一年生」1961年4月号

「幼稚園」の読者が、そのまま小学校に入学して読むのがこちら。扉絵には、「てれびまんが」というロゴが確認できる。

改めて冒頭でキャラクター紹介がなされ、ピロンとまだら仮面が、悪者のバラスたちを追いかける、というところから始まる。

ピロンはまだら仮面から空飛ぶマントを切り分けてもらい、さっそく空を飛ぶのだが、バラスたちの巨大ロボットに捕まってしまう。ピロンを連れて海へと入っていくロボットだが、そこでまだら仮面と対決となる。

一度は海に落とされたまだら仮面だったが、モモに化ける計略でロボットの中に入り込み、驚いたバラスたちは逃げ出してしまう。


『ガムのみがわり』「小学一年生」1961年5月号

一人で飛んで行こうとするピロンを、危ないからと言って制止するまだら仮面(兄)。代わりの遊び道具として、色々な形に膨らませることができるガムをもらう。いかにも藤子っぽいアイテムである。

それでも遊びに行きたいピロンは、ガムで自分の身代わりを作って、外へと飛んで行ってしまう。外で出会った少年にガムで空飛ぶ鯉のぼりを作ってあげて、空中を飛び回るのだが、黒星たちの乗ったヘリコプターに鯉のぼりごと捕まってしまう。

ガムで作った飛行機に乗り換えて逃げ出すが、後ろから黒星が追いかけてきて拳銃で狙われてしまう。そこへ、まだら仮面が飛んできて、黒星のヘリを大破。助かったピロンは、兄に一人で外に出たことを謝るのだった。

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さて、藤子版の「ピロンちゃん」はここまで。あくまでテレビドラマが放送中での企画なので、テレ終了と同時に中途半端なところで連載は終了してしまう。

なお、テレビドラマも途中からは、バレスと戦うお話から、別の展開になったようだが、詳細は不明・・。

手塚版の「ピロンの秘密」は、ドラマが終了後も連載が数回続き、きちんと黒星三号までをやっつけて、苦労を共にしたピロンと昭男の友情が深まるような終わり方となる。


テレビドラマ×手塚治虫×藤子不二雄×小学館という、今考えれば凄い座組の企画ではあるが、当時はある種試験的な試みだったのだろうと想像する。



④手塚版・藤子版から二人の作風の違いを手塚眞が語る

本作が収録されていている「藤子・F・不二雄大全集」では、巻末の解説に手塚治虫の長男である<ヴィジュアリスト>の手塚眞が寄稿している。手塚先生と藤子先生を、少し引いた目で見ることができる稀有な方のインタビューで、かなり興味深く読ませてもらった。

お話が少しぶっ飛んでいるところもあるので、本来なら全文掲載して読んでもらいたいところだが、ここでは一部を抜粋させてもらう。

「F先生のマンガは、日本の子供マンガの良識だと思う」

「F先生のマンガを読むと、誰もが自分に正直で、自分の居場所を知っていて、自分の存在価値に気付いている。そんな当たり前の勇気をもらいます」

と、藤子マンガを独特の言い回しで持ち上げる。その上で、では手塚マンガはどうなのかと言うと・・

「地球を代表するマンガと言っていい。・・・まるで最初から外国で描かれたマンガのように違和感がありません」

と、父上への絶賛も忘れない。

この後、手塚マンガは大人が読むマンガであるとして、思春期以前の本当に子供らしいマンガはF作品だと解説している。

そして、「ピロンちゃん」をテキストに、二人の作家性を分類する。

「手塚はピロンちゃんを登場させるといきなり逆立ちをさせている。とんでもない非常識ながら、他の星ならさもありなんと思わせる説得力がある」

「ところがこの設定は、F先生に引き継がれるとパタッと影を潜めてしまう。・・・F先生のマンガは、読者が住んでいるであろう町内の、誰しも納得できる物ごとの在り方から逸脱することはほとんどありません」

このあたりは少々分かりづらいが、僕なりに解釈すると、手塚マンガでは「異なるもの」を物語においても邪道そのものとして描くのに対して、藤子マンガは「異なるもの」を物語世界に中和させてしまうと、対比しているようだ。

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僕は正直手塚マンガの神髄をわかっていないが、藤子先生が「非日常」を「日常」に溶けこませてしまう作家性を持つことは強く感じる。まさしく手塚眞さんが指摘する通り。


「ピロンちゃん」は、悪者との対決をメインとした小学校中高学年向け作品だった手塚版を、児童版として藤子先生が子供たちの世界に馴染ませていたことは確かである。

大人向けの作品を増やしていった30代前半の手塚先生と、さらに子供向け作品を追求していった20代後半の藤子先生。「ピロン」とは、そんな天才二人が、この瞬間だけ奇跡的に交わることができた、稀有なる作品だったのかもしれない。


藤子作品の考察、たくさんやっています。


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