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「非戦」作家・藤子Fの真骨頂『ぞうとおじさん』/藤子不二雄と戦争①

藤子・F・不二雄先生は1933年生まれ。1945年の終戦時には11歳だった。戦争について当然思うことはあったはずだ。けれど、戦争を直接的な題材にした作品をそれほど残していない。

藤子不二雄の相方・安孫子先生で言えば、疎開していた経験に基づく「少年時代」という心をえぐる傑作がある。色々なテーマを読み取れるが、僕には戦時下の暴力肯定といったものへの嫌悪を強く感じる。


藤子不二雄両氏から感じるのは、二人は反戦ではなく、非戦の作家ではなかったか、ということだ。戦争反対と声高に叫ぶのではなく、戦争など無駄だよという思いや、大部分の人間が無駄だとわかっているのに争いを止めないことへの冷めた視線をいくつかの作品に含ませているように思う。

極端な話、彼らの実質デビュー作「UTOPIA 最後の世界大戦」が、最初で最後の反戦的なメッセージを残した作品だったようにも思える。デビュー作を最後に戦争反対を声高に叫ばず、その後は静かに人間の好戦的な営みを冷徹な目で捉え続けているように思うのだ。


藤子F作品の中から、戦争をテーマとした作品をいくつか抜粋して、藤子先生の戦争についての数少ない見解を抽出してみたい。

名付けて「藤子不二雄と戦争」シリーズ。第一弾として「ドラえもん」の中で最も有名な「非戦」作品を見ていく。


「ドラえもん」『ぞうとおじさん』(初出:スモールライト)
「小学三年生」1973年8月号/大全集4巻

本作は藤子F先生が戦争を扱った作品として最も知られている。タイトルから分かる通りに土家由岐雄著作の絵本「かわいそうなぞう」から着想を得た作品で、太平洋戦争中の上野動物園などでの戦時猛獣処分をテーマとした作品である。

戦時猛獣処分とは、本土への空襲が予想され、動物園に爆弾が落ちて猛獣が檻から逃げ出して、市民を襲ったらまずいという発想の元、予めライオンやクマやゾウなどを処分してしまおうというものだ。

実際に上野動物園では、ゾウを殺そうとしたものの、注射針が通らず餓死させた記録が残っており、絵本の「かわいそうなぞう」では、それを題材としている。

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藤子先生は、この話をベースにしつつ、ファンタジーな彩りを加えて、まさしくSF(すこし・不思議)な感動的なエピソードに仕立て上げている。

この話を考えたときに、僕は『モアよドードーよ、永遠に』を思い出した。これは以前記事にしているが、絶滅動物への藤子先生の強い郷愁や、簡単に他種を乱獲して絶滅させてしまう人間への静かな怒りが込められている作品である。


『ぞうとおじさん』は、人間の都合で動物園で飼育し始めたのに、勝手に起こした戦争でその動物たちを殺してしまうという行為に対しての問題意識を強く感じる作品だ。

戦争を直接批判するのではなく、ゾウを殺してしまう事態を引き起こす戦争に対して間接的な批判を試みている。戦争をするのは人間の自由、だけれど動物たちを巻き込むな、という視点である。


本作初出の掲載誌では『スモールライト』と題されていたが、確かに「スモールライト」の初登場回となっている。大きなゾウを殺させないためには、小さくするしかないという極めてシンプルな発想を感じる。

物語はのび郎おじさんが久しぶりにインドから帰国してくるシーンから始まる。この段階では詳しく描かれていないが、のび郎はパパ・のび助の弟である。

「ドラえもん」にはのび助の兄弟問題というものがある。特に連載初期では一度限りの兄弟が何人も姿を現しており、何人兄弟なのかよくわからない状況にある。またのび郎も、登場ごとに容姿が変化していたりするので、これまた紛らわしい。そのあたり以下の記事で軽く触れているので興味ある方は是非。

のび郎おじさんは、その後も登場し、のび太にお小遣いをくれる気前のいい親戚である。本作でものび太は、すぐにお土産をねだっている。

ただし今回のお土産は、インドでの不思議な体験談である。

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まず前段として、のび郎が子供の頃からゾウが好きで、動物園に何度も足を運んでいたこと、戦争中田舎に疎開し、終戦後戻ってきて動物園に行くと殺されていたことを語る。

これを聞いたのび太とドラえもんは驚き「誰がそんなことをしたのか」と問うと、「動物園の人が仕方なくやった」と答える大人たち。すると、

ドラ「仕方ないとは何ですか!」
のび「あんな大人しい動物を!」

と、二人とも顔を真っ赤にして激怒する。この二人の怒りは、藤子先生の怒りの発露に他ならない。

不思議な話はまだ始まらないが、この時点で二人は離れ、昔に戻ってゾウを助けようと、タイムマシンで戦中の動物園へと向かうことに。

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動物園は既にゾウ以外の猛獣は姿を消しており、ガランとしている。ゾウのいる檻に行くと、一頭のゴツゴツと骨ばったゾウが元気なく横たわっており、餓死作戦が進行中であることが伺える。

そこに一人の飼育員が入ってくる。エサのジャガイモを持ってきたのだが、なかなか食べさせようとしない。その様子に腹を立てたのび太たちは、飼育員に詰め寄りジャガイモの入ったバケツを取り上げて、「たっぷり食べろ」とゾウの檻の中にイモを流し込む。

それを見た飼育員は「それは毒のエサだぞ」と飛び上がる。餓死を待っては時間がかかるので、エサを使って毒殺しようということなのである。

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ところが利口なゾウは、そのジャガイモを食べようとしない。ホッと胸をなでおろす三人。なぜそんなことをするかということで、飼育員は、戦時猛獣処分について説明するが、

「誰が殺せるもんか。子供みたいに可愛がってきたのに」

と、ゾウの鼻をなでる。F作品では、心優しい飼育員など市井の人々への視線は常に温かい。


それと対照的なのが、この後出てくる将校である。ゾウの殺処分が進まないことに怒っているのだが、発言がまたイカレている

「今、日本は大変な時なのだ。毎日大勢の兵隊たちが頑張っているのですぞ。動物の命など問題ではない。いや、たとえ動物でもお国のためなら喜んで死んでくれるはずだ

もはや正気ではない。

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そしてハナ夫(ゾウの名前)が毒のエサを食べなかったと聞いてさらに怒り狂い、自分が銃殺すると言って飛び出していく。止めに入る飼育員。

そこにドラえもんとのび太が仲介に入る。将校はドラえもんを見て、

「園長、気をつけなさい。タヌキが檻を出てる」

とギャグ一閃。この緊張と弛緩が藤子作品の大いなる魅力の一つである。

続けてのび太が将校に「ゾウを疎開させたり、インドに戻したりはできないのか」と尋ねると、「今はそれどころではない」と将校。ここで、かの名言が登場する。

「戦争なら大丈夫。もうすぐ終わります。日本が負けるの」

戦争中、最も禁じられていたことを、にこやかな表情で語るのび太とドラえもん。

後になっては誰でもわかるが、一方的に本土に空襲されているこの時点で日本の負けは確定的だ。負けと分かってなおも戦いを続けることは愚行そのものである。戦争を始めること自体への批判ではなく、闇雲に負け戦を続けることで、奪われる必要のない生命が失われることに対する厳しい目を強く感じる。

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この時代の最大の禁句「日本の敗戦」を聞いて、将校は刀剣を振り回して激怒する。と、そこに空襲警報が鳴る。さっと避難してしまう将校や園長。すると一個の爆弾が近くに落ちて爆発する。

飼育員は「ゾウの檻の方に落ちた」と走って見に行く。すると壊れた檻からハナ夫が姿を現す。飼育員はどこかの山奥に連れて行こうというのだが、ゾウが逃げ出したことを知った将校たちが捜索を始める。

万事休す。・・けれど、僕らにはドラえもんがいる。

やっぱりインドに返すしかないということで、「スモールライト」でハナ夫を小さくして、「郵便ロケット」に入れてロケットを飛ばす。あて先はインドの山奥である。

この様子を呆気にとられながら見ていた飼育員。「君たちは一体・・」と目の前の奇跡に涙を流す。

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はたして、ハナ夫は無事にインドに辿り着いたのだろうか。うまくいったか半信半疑で現代へと戻ってくるドラえもんとのび太。すると、のび太のパパとおじさんが、まだ話し込んでいる。なかなか不思議な話にならないようである。

「いよいよこれからだよ」と言うことで、のび郎はインドでの出来事を語る。インドの山奥で仲間とはぐれて何日か経ち、歩けなくなってしまう。死を覚悟し走馬灯のように、家族や庭の柿木のことを思い出す。(野比家にとって柿の木は重要!)

そして動物園で何度も見たハナ夫の姿がぼんやりと見えてくる。「ハナ夫」と声を掛けて、そのまま気が遠くなったのび郎。それから、ハナ夫の背中に揺られていた気もするが、夢かも知れない。気がつくとふもとの村の近くに倒れていた。のび郎は助かったのである。

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この話を聞いたパパは「それは夢だ」と感想を述べる。死んだはずのハナ夫がインドで生きているわけがない。「夢でも嬉しかった」とのび郎。

このやりとりを聞いて、のび太とドラえもんは、

「ハナ夫は無事にインドに着いたんだ。今でも元気でいるんだ。わあい、良かった良かった」

と涙を流しながら、手を取り合って大喜びするのだった。

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『ぞうとおじさん』は、広義の意味で戦争の愚かさを訴える作品であることは間違いない。しかしF先生が最も着目するのは、戦時下での人間の行動の愚かさであり、それをファンタジーに包み込みながら、自然と読者に感じさせる作りとなっている。下の作品もその同系統作である。

次稿ではさらに別角度で戦争作品を検証する。


「ドラえもん」考察たくさんやってます。


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