漫画界の真打ち! 藤子先生の爆笑怪談『怪談ランプ』/しかしユーレイはいない⑩
藤子F先生は落語が大好きで、仕事場でも良く流していたという。怪談については、落語仕込みの話芸を身につけていたようで、仲間内にも披露されていたという話もある。
そんなバックグラウンドをお持ちなので、藤子作品においては落語から着想を得たお話は数多く存在するわけだが、残念ながら僕自身が落語に疎いため、それを拾い上げることができない。
先日も「ドラえもん」の『ホンワカキャップ』を題材に記事を書いたが、コメント欄で落語の「らくだ」から着想されているという指摘をいただいた。慌てて「らくだ」のお噺を確認すると、酔ったスネ夫がジャイアンと立場が入れ替わるところなどが、完全に「らくだ」となっている。
先日、以下の記事を書いたが、作中で幽霊に扮して家を借りようとした人を追い出すという落語「お化け長屋」を仄めかすシーンが登場していた。
この作品と同じように、幽霊を使って別荘から追い出したり、逆に追い出そうとするお話もあり、それらは全て「お化け長屋」を下敷きにしているのである。
このように、落語と藤子作品は切っても切り離せない関係にあると言えるだろう。
さて、「お化け長屋」パターン以外にも、幽霊がいると見せかけて実はいないというお話を、藤子先生は幾度も繰り返し描いている。僕はそれらを総じて「しかしユーレイはいない」と括り、これまでかなりの本数の作品を紹介してきた。
そろそろこのネタも尽きてきたので、総仕上げとして、「ドラえもん」の怪談代表作を見て、シリーズを終えることとしたい。
今夜、怪談の会をジャイアンの家で開くことになり、怖い話をしなければならなくなる。のび太はネタに困ってママに頼ると、少しだけ怖そうな話が始まる。
話の流れからすれば、おばあさんは死んで化けて出そうなものだが、この後意外な方向へ。
怪談ではなく、オチのついた笑い話だったため、のび太はカンカン。ママはしてやったりといった感じで笑うのであった。
・・・と、この冒頭場面、子供の頃はそれほど気にせず読み飛ばしていた部分なのだが、今になって考えると妙なことに気がつく。7日前のご飯だと、なぜ「こわい」のか、意味不明なのである。
これについては、出典を忘れてしまったが、「こわい」とは富山弁で「かたい」という意味の方言だと言うのである。藤子先生は、ご存じの通り富山県出身なので、昔から「こわい」という言葉の使い方を気に留めていたに違いない。
本作では、どこまで藤子先生が意識的だったかはわからないが、富山弁がわかる人だけにわかるギャグを突っこんでいるのである。
さて、困ったのび太にドラえもんが助け舟。「怪談ランプ」という火の玉のような形状のランプを取り出す。この前で怪談をすると、話の通りの出来事が起こるという。
デタラメをしゃべってもそれが本当になる道具ということで、考えようによっては、非常に危ない道具のようにも思えるのは僕だけだろうか・・・?
その晩、ジャイアン宅に、スネ夫としずちゃんも集まってくる。電灯を消してろうそく一本に火を灯す。早くも怖がるのび太に対して、「おれへっちゃら」とスネ夫は余裕そうだ。
一番怖い話をした者が優勝ということで、のび太以外の3人は大いに張り切る。まずはジャイアンから、次にしずちゃん、スネ夫の順で怪談が始まっていく。
この3人の怪談噺は、「番長皿屋敷」「鬼婆伝説」「のっぺらぼう」と、非常に定番な演目となっていて、しずちゃんは「何だか聞いたような話ばかり」と拍子抜けをしている。
ただ一人、のび太だけは縮こまって震えており、「ずるいわ、自分ばっかり怖がって」としずちゃんに嫉妬されるほどである。
なお、この3人の定番怪談が、この後ののび太のデタラメ怪談の伏線にもなっているので、念のため抜粋しておきたい。
さて、真打ちのび太の登場である。のび太は「僕が怖い話をすると、怖い出来事が・・・」と躊躇するのだが、ジャイアンたちに急かされて、嫌々怪談を始めることに。
ポケットに仕舞ってあった「怪談ランプ」を取り出し、「昔・・・」と話出すのだが、すぐに続きに詰まってしまう。「口に出すのも恐ろしい」と一人で勝手に怖がり、「話が進まない」「まじめにやれ」と怒られてしまう。
仕方なく、さっき聞いたばかりの怪談の一節を適当に(雑に)しゃべり出す。
ジャイアンは「俺の話そっくりだ」と感想を漏らすが、そこへガチャンと皿の割れる音が聞こえてくる。今日はこの家には誰もいないはず・・・。4人は一気に恐怖に慄くが、ジャイアンは「ネズミだよ」、と自らに言い聞かせるようにして、のび太に続きを促す。
「不吉な予感がする」と怖がりながら、のび太は続ける。
その瞬間、部屋の中央に立ててあったろうそくの火が消えて、真っ暗になる。ヒイ~と悲鳴を上げるのび太、「すき間風が入ったんだよ、構わず続けてくれ」と怒るジャイアン。
ちなみに、こののび太の行燈の火が消えるという一節は「百物語」であろうか。
のび太はさらに続ける。
すると、他の部屋から「一ま~い、二ま~い」という声が耳に入ってくる。のび太はこれは空耳ではないと大騒ぎし、しずちゃん、スネ夫は震え上がってきているが、ジャイアンだけが「聞こえるわけないじゃん」と鼓舞し続けている。
さて、ここでネタバラシが行われる。実はジャイアンの家に、少し前から空き巣が忍び込んでいたのである。泥棒は台所で転んで皿を割り、家中探して貯金箱を見つけ、中に入っていた十円玉を一枚、二枚と数えていたというわけだ。
なお、この貯金箱には十円玉が9枚入っているのみ。泥棒はろくでもない家に入ったと後悔していたのである。
のび太がデタラメの怪談を続けている。
話に合わせて、廊下から足音が聞こえ、障子が開いて、出刃包丁がヌッと出てくる。「ギャア」と4人同時に大きな悲鳴を上げると、部屋に入ってきた泥棒もビックリ仰天して、家から飛び出していく。
泥棒が飛び出した先にはちょうど警官が巡回中で、おそらくこの後逮捕となるのだろう。
怪談ランプの怖さを思い知った4人。ジャイアンたちも「参った、畏れ入った」と音を上げる。デタラメではあったが、のび太は怪談大会の優勝者となったのである。
のび太は「番長皿屋敷」と「鬼婆」と「百物語」を引用した話をしていたが、スネ夫の演目である「ノッペラボー」については触れぬままである。
そのことをのび太も分かっていて、家に帰った後で「どうせならノッペラボーなんかも出したかった」とドラえもんに告げる。すると、のび太の脇には怪談ランプが出しっ放しになっていて・・・。
のび太の部屋の扉が開き、ノッペラボーのママが登場する。「そら、ノッペラボーだ!!」と声を上げるドラえもんたちだったが、ノッペラボーのママはパックをしているだけなのであった。
本作、改めて読み直してみたが、中盤以降のギャグセンスが素晴らしいと再認識した。よくある怪談を並べる前振りの後、つぎはぎだらけののび太の怪談に合わせて、空き巣が影の演者として動き回って、ジャイアンたちを恐怖に突き落とす。
怖がるしずちゃんたちの表情を見ているだけでも笑えてくるし、コマの構成もお見事。ちょっと並大抵ではないセンスと才能を発揮している。さすがに漫画界の真打ちはレベルが違うのである。
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