出木杉くん弱る『真夜中の電話魔』/対決・電話魔①
携帯電話の登場で、物語の作り方が変わったと言われている。
携帯電話のおかげで、時間と場所をしっかりと決めての待ち合わせや、公衆電話を探すことや、家の電話が鳴るのをじっと待つといった行動もなくなった。
現実として便利さを手に入れたことになるが、物語としては逆に不便な事態となってしまった。なぜなら、不便さこそがストーリーを転がす要素であるからだ。
例えば待ち合わせのシーンがあるとして、これまでだったら片方の電車が遅れるだけでドラマは生まれた。今では、いずれかの携帯電話を無くしたり、壊したりするシーンを加えなくてはならない。ひと手間増えてしまったのだ。
携帯からスマホの時代となり、今後5Gの世の中となる。便利な道具によって不便さが解消されていくが、フィクションの世界では、ストーリーに必要な「困難な状況」を新たに作り出さなくてはならない事態となっている。
さて前置きが長くなったが、藤子作品の中で、家の固定電話を小道具として使うことは良くある。例えば以前「誘拐」をテーマにした作品をいくつか紹介したが、誘拐犯との攻防は、公衆電話と家の固定電話が使われた。
また、ドラえもんでは、「電話」系のひみつ道具が数多く登場する。例えば「糸なし糸電話」などは、完全に携帯電話である。スマホの世の中では、もはや放送できないエピソードである。
そして今回から3回に渡って取り上げていくのが、「電話魔」をテーマとした作品群である。なぜか藤子作品には、電話を使った嫌がらせを受ける話がいくつも存在している。プライベートで何かあったのだろうか??
犯人は、なぜ電話で嫌がらせをするのか、そしてどのようにそれを止めさせたのか。そういう点に着目して「電話魔」エピソードを検証していく。
シリーズの第一弾として、まずは「ドラえもん」から見ていこう。
「ドラえもん」『真夜中の電話魔』
「小学六年生」1983年5月号/大全集11巻
本作での「電話魔」のターゲットは、かの天才少年・出木杉である。出木杉と言えば、テストは常に満点、スポーツも万能で性格も良く、話も面白く物知りで、何より賢い。出木杉の初登場の瞬間からしずちゃんと親しい姿を見せており、以来のび太の心は休まらない。
出木杉については、特集記事を執筆予定である。
そんな出木杉の成績が下がっていると先生から注意を受ける。それを聞いて意外そうな表情を浮かべるのび太たちだが、一人「ニヤリ」と喜ぶ男の子がいる。
帰り道、ここぞとばかりにジャイアンたちが近づいてきて、
「気にすんな、これまでが良すぎたんだよ。のび太を見ろ。しょっちゅう0点でも明るく生きてる」
と、全く励ましになっていないフォローをしてくる。これを聞いてのび太は「そうとも!」と心強い・・。
落ち込む出木杉に、しずちゃんが近づいて「顔色が良くない、何か心配事はないか」と気に掛ける。その様子を見て、少々腹立たしいのび太。
のび太が帰宅すると、パパが家に忘れていった大事な書類を届けるようママから用付けられる。「宿題が忙しい」と断ろうとするのだが、「どうせやらないくせに!!」と叱られる。それを聞いてのび太は、
「どうせやらないだって。あれが親の言う言葉か!当たってるけど」
と憤る。
そこでドラえもんが「物体伝送アダプター」というひみつ道具を出す。これを固定電話の送話口に取り付けると、物体を送ったり取り寄せたりできるという優れものである。イメージとしては、E-mailの添付ファイル送信を彷彿とさせる。
さっそく試そうと、家の電話に取り付けて、パパの会社に電話して、電話口から書類を手渡す。ちなみに野比家の電話は、昔ながらの黒電話で、いわゆるダイヤル式。これを起用に使いこなすドラえもんを見て、のび太が一言。
「ダンゴみたいな手で良くダイヤルできるね」
と、おそらく今ならカットされそうなセリフを吐く。
便利な道具を見るとイタズラが始まるのび太。夕飯用のトンカツのお肉を取り寄せるまでは良かったが、次にしずちゃんをびっくりさせようと電話を掛ける。
しずちゃんは、受話器を取ると突然手が出てくるので驚いて逃げようとするのだが、のび太はこれを追いかけて、しずちゃんのスカートを掴んで、むしり取ってしまう!
「もう二度と口をきいて貰えない」と大弱りののび太。そこに勢いよくしずちゃんがやってくる。平謝りののび太だが、しずちゃんは「もうそのことはいいので、さっきの電話で出木杉を助けてほしい」と相談を持ち掛ける。
出木杉は自室の電話を引いているのだが、毎晩夜中になると怪電話が掛かってくるのだという。「出木杉、お前なんか死んでしまえ」と、朝まで何度も何度も続くのだと。
出木杉が成績を落としたのは、電話魔のせいだったのだ。
この話を聞いたのび太たち。「いたずら電話は卑怯で汚くて最悪の犯罪だ」と憤る。さっそく今夜、出木杉宅で張り込んで犯人を捕らえようと、しずちゃんの願いを聞き入れる。
ここで、しずちゃんは帰宅の途につくのだが、先ほどのび太が引っぺがしたスカートを持ってドラえもんが現われ、声を掛ける。
「しずちゃあん!! スカート忘れた!!」
人が聞いたら変に思うから大声で言わないで、と真っ赤になって抗議するしずちゃん。このスカートのやりとりが、本作の天丼ネタとなっている。
タイムマシンで夜の出木杉宅に向かう。出木杉を寝かして、電話魔の対応を引き受けるのび太とドラえもん。しばらくして、電話が掛かってくる。すかさず、「物体伝送アダプター」を受話器に取り付け、手を入れて犯人を確保しようとするのび太。
「捕まえたぞ! 柔らかいぞ」
柔らかい?? スポッと抜けて出てきたのは、またスカート。受話器の向こうは、様子を聞こうと思って電話してきたしずちゃんなのであった。これについては、この時間に電話をしてくるしずちゃんの自業自得の気がする。。
さらにしばらくして、再び電話が鳴り、受話器を取ると「死んじまえ」という物騒な声が聞こえてくる。そこでドラえもんが「物体伝送アダプター」に両手を潜り込ませて、電話魔を捕らえて引っ張り出す。
するとその男は、クラスで二番のガリベン君であった。冒頭でニヤリとほくそ笑んだ男の子である。
ガリベン君の言い分はこうだ。「出木杉がいる限りどうしても一番になれない。悔しくてやった」のだと。毎日、学校から帰って昼寝をして、夜中はずっと勉強をしながら、その合間に電話を掛けていたのである。
ガリベン君は、謝るでもなく、「皆にこのことが広まるともう僕はおしまいだ」と嘆く。そこはまずきちんと謝罪じゃないの??と思っていると、人間のできた出木杉は一言、
「しゃべるつもりはないよ。もうしないと約束してくれればね」
と、どんだけいいやつなのか、と。
ともかく、これにて電話魔事件は解決。しずちゃんも喜んでくれることだろう。
翌朝、通学中のしずちゃんに、のび太が大声で呼びかける。
「しずちゃん、夕べのスカート返す」
完全に周囲からあらぬ目で見られて、「知らないっ!」と逃げていくしずちゃんであった。
本作とは別の形の嫌がらせだったが、「エスパー魔美」でも高畑くんが成績2番の男に、勉強を妨害されるエピソードがある(『高畑くんの災難』)。出木杉と高畑、藤子世界の二大天才は、あまりの天才ぶりに人から妬まれる存在なのであった。
さて、電話魔との対決シリーズは、次稿に続く。
ドラえもんの考察たくさんやっております。
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