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藤子F先生の伸び伸びとした筆致が冴える『山おく村の怪事件』/ドラミ大活躍②

てんとう虫コミックスの「ドラえもん」を読んでいて、唐突に登場してくるドラミちゃん。初登場はコミックス4巻の『海底ハイキング』の前段である。

ここではドラえもんが動かなくなっており、ドラミちゃんが「ロボットは時々休ませなきゃならないので、ドラえもん(お兄ちゃん)が休んでいる時は私が面倒みる」とのび太に告げるシーンが描かれている。

この1ページが挿入されているので、その後一巻につき一本のドラミちゃん話が出てくるが、それほど不思議に思うことなく読み進めることができる。

しかしながら、ドラミちゃんの登場する話を丁寧に読んでいくと、スネ夫っぽいけどスネ夫ではない人物が登場したり、ジャイアンが小さかったりと、色々と違和感を覚えることになる。どこか変なのだ


子供ながらに感じていた違和感の正体は、てんコミに収録しているドラミちゃんの話は、元来「ドラミちゃん」というドラえもんのスピンオフ作品として連載されていたものを、リライトしていたからであった。

単行本に収録する際に、色々と書き換えが行われているのだが、どうしても修正できなかった部分や、修正し損ねた箇所に違和感を覚えていたのである。

そのあたりの経緯などは、是非一度こちらの記事を読んで確認しておいていただきたい。


本稿ではスピンオフ作品「ドラミちゃん」の3話目となる『山おく村の怪事件』について、考察検討していく。

藤子Fノートでは「藤子・F・不二雄大全集」を底本としてレビューを行っているのだが、本作については単行本に収録されたバージョンも適宜比較しながら読み進めていきたい。

「ドラミちゃん」『山おく村の怪事件』(初出:ふしぎなドア)
「小学館BOOK」1974年3月号/大全集20巻

原題となっている「ふしぎなドア」は、もちろん「どこでもドア」のことを指す。時系列では、本作で「どこでもドア」の登場は三回目となるのだが、まだこの時点では呼び名が固まっていない。そのあたりの経緯は前稿にて書いているので、こちらもご参照のほど。


「ドラミちゃん」では、のび太ではなくのび太朗の世話を焼く設定となっている。のび太朗は、外見はのび太そっくりなのだが、性格は少し前向きで、のび太より若干良い子のように思える。

作品冒頭、工事の音がうるさい中、のび太朗はドラミちゃんに「今日は両親の結婚記念日だから何かあっと驚くようなものをプレゼントしたい」と、相談する。のび太ではこのように気を回すことはできないだろう。

ドラミちゃんは悩んだ末、「それとなく何が欲しいか聞いた方がいい」と答える。女の子(ロボット)らしい実践的な発想である。そこで、パパに欲しいものを尋ねにいくと、押し入れの中から這い出してくる。近くの工事の騒音がうるさくて、困っているようである。

ちなみに、のび太のパパと違って、のび太朗のパパは頭頂部が一直線になっているのだが、コミックスでは騒音に悩むシーンで、修正できていないカットが含まれている。


のび太朗は、両親にゆっくりと休んでもらうために、景色が良くて静かな所を用意すればいいと思いつく。ドラミはコンピューターで検索し、ウーウーとPCを困らせた結果、高伊山の山奥村の地図を検出させる。

聞いたこともないが、とにかく行ってみようということで、「どこでもドア」をポケットから取り出す。のび太はこれを見て、「そのドアをくぐるとどこへでも行けるんだね」と解説する。ほとんど「どこでもドア」と言っているのだが、まだこの時点ではその名称は使われていない。


ドアをくぐった先は、まだ雪がたくさん積もっている山奥。家屋はいくつもある集落だが、人気が無く気味の悪いくらいにシーンとしている。コンピューターの検索通りの場所である。

高伊山の山奥村ということなので、おそらくは東京都の高尾山をパロディした名前なのだが、描かれている山深さは、白川郷のようなもっと豪雪地帯のイメージである。


立ち並ぶ家から、一軒選んで中に入ってみると、床が腐っていて底を踏み抜いてしまう。蜘蛛の巣が張り巡らせていて、ドラミちゃんも思わず「キャア!!」と声を上げる。

ホラー仕立ての描写で、のび太朗は「オバケでも出そうだから帰ろう」と言い出す。このセリフと呼応するように、次のコマでは、のび太朗たちの手前に薄気味悪い手がヌウと突き出てくる


単行本と初出の大きな違い一つが、ドラミたちに迫る謎の人物の描写が足されている点である。

初出では、気味の悪い手が二回登場しただけで、山の遭難者の姿が現れるのだが、単行本では手の出現シーンや帽子を被ったようなシルエットを追加している。この追加によって、遭難者の登場をより自然に見えるような効果を与えているようである。


古民家の掃除をして、食料やテレビを運び込むのび太朗とドラミ。ドタバタと動き回っている二人を見て、パパとママは「何をやっているんだ」と声をかけるのだが、そこでのび太朗とドラミは「どこでもドア」をプレゼントだと紹介する。

ドアをくぐると、そこは山奥村の一軒家。誰も住んでいないことを訝しがるパパとママ。パパは、山奥村ついて以前雑誌で読んでいたことを思い出す。山奥村は電気も水も医者も学校もない不便な集落だったので、2~3年前に住民たちが引き払ってしまったというのである。

軒下に下がったつららがポタポタと水滴を落としている。雪深いようだが、春が少しだけ近づいているようだ。このつららを含む静かな風景を窓から眺めるパパとママは、童謡の「どこかで春が」を口ずさむ。流れるような非常に美しいシーンであると思う。


のび太朗たちはおやつにラーメンを作ろうと台所へ向かう。電気が通っていないので、かまどで調理しなくてはならない。ラーメン一つ作るにも、薪で火を起こす必要がある。

火を起こすのに苦労している姿を背景にして、また黒い手がヌウと突き出される。お湯が沸くまで遊ぼうと、台所から出て行ってしまうのび太朗たち。単行本ではよだれを垂らしてかまどを覗き込む謎のシルエットのコマを追加している。


居間でテレビを見ながらゆったりしているパパとママに声をかけて、雪合戦をしようと提案する。「久しぶりにやるか」と腕まくりするパパ。全員が出た後に、点けっぱなしのテレビからニュースが流れる。

それは、高伊山で行方不明となった金原さんが、7日経っても発見されていないというものだ。そしてこのニュースシーンに続けて、ついに遭難者の姿が描かれる。ここまで手やシルエットだけが写り込んでいた男の正体が、ここで明らかとなる。

男(=金原)は、家の中へ文字通り転がり込み、袋のラーメンを見つけて直接バリバリと食べてしまう。遭難して7日ぶりの食べ物にありつけたのである。

食べたことで、やっと声が出せると金原は安堵する。これまで手を伸ばしても、声を掛けてこなかった理由がここで明らかとなる。そして外からのび太朗たちの声が聞こえてきたので、救助を求めて走り出す金原。


一方ののび太朗たちは、雪合戦に興じている。コントロールの上手なパパに「意外とうまい」と誉めると、パパは「学生野球のピッチャーだった」と答える。

単行本ではのび太のパパのセリフとなっているので、のび太のパパ=野球のピッチャーだったという設定が、やや唐突に思える。また単行本では、この雪合戦のコマを広く奥行きのあるように加筆しているのが印象的である。


金原が、助けを求めてのび太朗たちのもとに走り込んでいくが、運悪く木の枝から雪が大量に落ちてきて、頭から埋もれてしまう。声が聞こえたので、その方向を見たのび太朗たち。雪の固まりをみて、雪だるまを作ろうと盛り上がる。

文字通り人が入れるほどの巨大な雪だるまを作り上げるのび太朗一家。みんなに見せてやりたいということで、東京に運ぼうという話になる。もちろん、この雪だるまには、金原が埋め込まれている

ドラミは小型ながら馬力のあるクレーン車を取り出し、雪だるまを乗せる。出入口の狭いどこでもドアでは通りぬけそうにないが、ドラミのどこでもドアは特別仕様なのか、入り口より大きなものもすっと通過させてしまう。

雪だるまを東京の自宅に運び、そこでラーメンを作りかけだったことに気がついて、山奥村へとすぐに引き返していく。すると、雪だるまの中から金原が這い出して、這う這うの体で道路まで引きずっていき、助けを求める。

コミックスではスネ夫とジャイアンが金原を発見している。


一方の山奥村の一軒家。ラーメンは金原にがっつかれた後。獣の仕業だということになり、のび太朗のママが代わりにご馳走を作ってくれる。いろりを囲んで、ささやかなディナーに舌鼓を打つ野比家の面々。

良き日曜日、良き結婚記念日であった。そして家に戻ると、雪だるまは壊れている。そしてその晩のテレビでは、高伊山で行方不明だった金原が都心で発見されたとニュースが流れている。

不思議なこともあるもんだと思うのび太朗たち。もっとも「山奥村の怪事件」は、ドラミとのび太朗たちによる偶然の産物であったのだが・・・。


本作は15ページの中編で、ホラー仕立ての展開や、どこでもドアを使ったミステリなど、複数のアイディアが詰まった作品となっている。

「ドラミちゃん」は、本作以降も読み応えのある中編が次々と発表されていく。学年誌ではない初めての「ドラえもん」ということで、対象年齢を幅広く捉えた、伸び伸びとしたF先生の筆致が見えてくる



「ドラえもん」の考察たくさんやってます。


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